元カレの今カノは聖女様

abang

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越えられない壁を隠す

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「セリエ!なんでここに居るんだ?」

「ルシアン……私とても疲れてて、祈りを捧げてすぐに王太子妃教育だなんて過酷過ぎるわ」

弱々しくそう言ったセリエだったが彼女は今、王太子妃教育から逃げてきたのだ。

「大抵はそういうものだ、執務と授業が交互にある上に剣や魔法の稽古をして、社交界にも出る」


「それは……イブリア様がそうだったって事?」


「いや、それは……とにかく少し休んだらまた頑張ろう」


「…ルシアンは変わったわ。私はイブリア様じゃないわ」


セリエは度々王太子妃教育の授業を抜け出しては執務に向き合うルシアンの元へ会いにきた。

初めこそ「大変だったな」とセリエを優しく受け入れていたルシアンも日に日に前婚約者との差が縮まらないセリエの様子に焦りが出た。


王妃に至っては、セリエの出来が思ったよりも良くない為にかなり焦っている様子だった。


渋々と授業に戻ったセリエだったが言葉には決して出さないが明らかにセリエを比べて落胆する教育係の視線に耐えきれず、とうとう三人目の教育係をクビにした。


「王妃様に今度は何て言おうかしら……全部イブリアが悪いのよ。私の前にしつこく立ちはだかって……」



イブリアなど、居なくなれば良いと思った。

勿論、聖女と言えど公爵令嬢に手を出せば首が飛ぶだろう。

では……公爵令嬢が聖女に手を出せば?



「幽閉なんてことになれば、私の幸せを目一杯見せつけてやれるのに……」


自分の口から出た聖女らしからぬ言葉にセリエは驚かなかった。

ずっとずっと、この内なる自分が本心だったからだ。

聖力を持って生まれた故に、聖女になれたが聖女である事に疲れていたのだ。


本来の彼女は嫉妬深く、傲慢な性格だったからだ。






「あはっ!そうなれば策を練らないと!」



先ずセリエはイブリアの筆跡が必要だった。

有名人であるが、出来るだけ多くの文字を欲するセリエは苦戦した。

バロウズ公爵家にもシュテルン侯爵家にも近づく事が出来ないからだった。


けれども、イブリアの筆跡は不本意ながら案外近くにあった。


まるで大切な宝物でも隠すように、大切に保管されているのはイブリアからの手紙で伏せてある写真立ての中にはまだ幼いルシアンとイブリアが笑っている。


(未練なんてある訳ないわよね……)

「これを使って、脅迫しなきゃね」


いくらか手紙をくすねると、自室へと保管してから何食わぬ顔でルシアンの元へと足を運んだ。


「セオドア?」


「これは、聖女殿」


「……この間はごめんなさい。私焦っていたの」


「何に?」


「皆が私から離れて行きそうで、だからあんな形でも繋ぎ止めてかおきたかった……っ私、聖女失格ね……」


そう言って大粒の涙を流すセリエにハンカチを手渡すセオドアにセリエはパァッと表情を明るくして顔を上げる。



「セオドア………っ」



けれどもセオドアの表情は、思っていたものとは違ういつも通りの彼が皆に向ける感情の薄い綺麗な笑顔だった。


「恋人に会いにいくなら、涙は拭かなきゃな。あと……その涙、ティアードだったら少しは焦ってくれたかもしれないな」


全部お見通しだというような戯けたセオドアにセリエは顔を真っ赤にして俯く。



「なんで……っそんな風に言うの?セオドア」


「比べるつもりはないよ。ただ……違うんだよセリエ、イブと君は違うんだ。自分が嫌になるほど彼女は真っ直ぐだから」


ずっとセオドアはイブリアが公爵令嬢で良かったとさえ思っていた。




平民であったなら?

狡い人間や、毒を持つ人間との戦い方を学べなかっただろう。


王族ならば?

その真っ直ぐさ故に、心を痛める選択を時に強いられただろう。




彼女を溺愛し、けれども厳しく育てたイルザの元で彼女が育って良かったと思っていた。


そして何故か今は、

「俺じゃなくて、奴で良かった」

「なに?理解できないわセオドア」



「俺はいつも逃げ道ばかり探してたんだ結局。セリエ……君も自分と向き合わずに人のものばかりを欲しがると大切なものを失うよ」



「……な、何を言っているの?」



「ディートリヒ」


「!!」


「欲しがってるだろ」


「……セオドア、ほっ本当にどうしたの?」



「やめておけ、俺と違って奴は賢くて忠実だ。イブのいる所になら何処へでも着いていく。……地獄でもな」



「脅しているの?」


「まさか!……もう行くよ。じゃ、


セリエはセオドアの背中を見送る他なかった。


そして、数日後だった。






「きゃあ!!こ、こんなものが……っ!」


「セリエ!どうした!?」


「ルシアン……っ、こんな手紙が届いたの……」



「差出人は書いていないな………これは……!!」






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