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王太子妃になるのは……
しおりを挟む「父上、納得できません!」
ルシアンは酷く狼狽した様子で国王に食ってかかる。
不安げにルシアンを見守っていた王妃はとうとう耐えきれずに口を挟んだ。
「ルシアン、貴方にはセリエが居るでしょう。イブリアの事は忘れなさい。そもそも貴方はセリエを愛しているのではないの?」
「それは……分かりません、セリエは清らかで癒してくれる上に放っておけない女性ですが……離れてみて、私はイブリアを愛していると気付きました。どうか、私に彼女を取り戻すチャンスを下さい」
「ルシアン……」
王妃は当惑した。
ルシアンの本音を聞いた以上、蔑ろには出来ないがイブリアは国にとってたった一人の聖女を虐げた性悪なのだから。
自分は、貴族の家に生まれた女として頂点に立つ為に茨の道を選んできた。
汚い手も使ったし、持てる権力は全て手に入れて活用した。
けれども、だからこそ息子であるルシアンには自分みたいな鬼のような花嫁を娶らせたくはないのだ。
(王になる事、幸せになること。自分の子には茨の道を歩ませない為に私が手を汚してきた。だからイブリアは駄目よ)
ルシアンがそれを望むかどうかは関係なかった。
子を愛する母の行き過ぎた想いだった。
そして、国王もまた父として、国王としてルシアンに対する想いを持っていた。
王であるが故に、息子として構ってやれる暇は少なかった。
けれどもちゃんと愛していた。
王妃が過保護になる気持ちもある程度理解はしていた。
(だが少し、甘やかし過ぎているようだな)
国王はルシアンに次期国王として、厳しい言葉をかけてきたつもりだった。
けれど、その都度ルシアンが選ぶのは王妃の言葉だったのだろう。
(たまにしか話さん父親の言葉などそんなものか。だが……)
「チャンスならもう充分にやった筈だ、ルシアン」
「そうよ、陛下……イブリアはルシアンを愛していたわ。きっと話せば喜んで側妃に……」
「まだ分からんのか!!!」
「「!!」」
「バロウズは馬鹿な王家の為にかなりの譲歩をしている。お前達の我儘にこれ以上イブリアの人生を巻き込むべきではない!!」
「父上っ……」
「陛下、ルシアンは息子じゃないですか……」
「だからこそ、多くの者に迷惑をかけてしまった……イブリアとルシアンの婚約解消はこちらの有責で早急に公表し、シュテルン侯爵とイブリアとの婚約を認める。……これは決定事項だ」
ルシアンは虚脱感のまま、その場に崩れ落ちた。
「執務に戻るんだルシアン、イブリア無しでも王位に相応しいと皆に認められる王太子になれ」
「それは……どういう意味ですか?」
まるで、イブリア無しでは自分は未熟だと言われているような気分だった。
「まだ気づいていなかったのか?」
「え……」
「お前を補う為に、彼女を選んだ。切磋琢磨しお互いを高めていけるようにとも願っていた。だが、お前はどうだ?」
「私は、必死で王太子として努力してきました!」
「剣をふり、友と遊び、他の女にうつつを抜かし、いつも尻拭いはイブリアがしていただろう?お前を支持する貴族達の殆どはイブリアの存在に後押しされた者達だ」
ルシアンは絶望的な気分だった。
何より辛かったのは父の言葉にどれも反論できない事だった。
自分が王太子である為に努力をしていたのは、自分ではなかった。
悔しくて、情けなくて涙が出た。
「ああ、それと……聖女とは交際しているのか?」
「……はい」
「近頃は良からぬ噂も多い。交際しているのなら腹をきめろ」
「……」
「王妃……聖女を支持しているのは王妃らしいな?」
「そんな大それた事じゃありませんわ」
「ルシアンの自由恋愛についての方針は認めるが……もしもの時はちゃんと責任を取る覚悟はあるのだろう」
「へっ……」
「王太子妃候補の教育は王妃の仕事でもあるんだ、しっかり頼むぞ」
「……はい、陛下」
王妃の肩に重い何かと、不安が乗りかかっている気がした。
(あの子は大丈夫かしら……)
ルシアンとイブリアの婚約の解消が公式に発表されたのはほんの数日の間でだった。
そしてうまく滑り込む形でルシアンの隣に並んだセリエだったが、まだ正式な婚約者としては認められず……
相変わらずの王太子妃教育に疲弊していた。
「セリエ、貴方はルシアンの隣に相応しい女性になって頂戴。イブリアに負けてはダメですよ」
「イブリア様……はい、王妃様」
王太子妃教育が始まってみると、どうみてもセリエがイブリアに劣るのは一目瞭然だった。
それでも王妃は心の綺麗な聖女を選んだ自分を失敗だったとは思いたくなかった。
「優しいだけではダメよ、ちゃんと学びなさいセリエ」
「はい……」
セリエもまた、もうセオドア達に希望は持てない為により良い男と結婚するにはルシアンと離れるわけにはいかなかった。
(他の雑魚じゃ満足できない……王太子妃にならないと!)
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