30 / 56
崩れていく聖女の微笑み
しおりを挟む何やら急いで陛下の元へと行ったルシアンは、やっぱり近頃様子がおかしかった。
元気がなかったり、上の空だったり、執務で酷く疲れていたり。
前なら「休んでも良いのですよ、ルシアン」と彼の頬を撫でれば、「セリエは優しいな」と私の側に出来る限り居てくれたルシアンは今ではまるで誰かの背を追うように執務に打ちこんでいた。
それは、ティアードやレイノルドも同じで私に対する態度が特別悪くなった訳じゃないが、まるで眼中にないかのようだった。
それでも聖女である私をもて囃す子息達は沢山の居たが、ルシアンが離れて見て分かったことは大人達からの冷たい視線だった。
そしてそれはルシアンも同じだったようで、腹が立つことに偶然聞いてしまったのだ。
"バロウズ嬢が居ない殿下では弱いな……"
"聖女の力はあくまでシンボルだ、バロウズ嬢無しでは殿下は成り立たない"
"そうだ、聖女様では駄目だ……"
落胆する大人達の嘆き、国王陛下はきっと私をよく思っていないし私の味方は王妃様だけだった。
「苦労したんだもの……娘が欲しかった王妃様をイブリアから引き離すのは」
王妃様はイブリアに期待していた。
それも、つい過剰な教育を施してしまうほどかなり執着してた。
だからこそ期待を裏切らせることと、私自身が王妃様の娘のように振る舞う事でコツコツと寵愛を稼いだのだ。
「厳しいし、お茶は多いし面倒だったわ……」
「失礼します。ルシアン……孤児院訪問の件だが……」
「あっ、セオドア!ルシアンは突然飛び出して行ってしまって……」
しおらしくそう言ったセリエはもう夕方だと言うのにネグリジェのままでセオドアは目のやり場に困る。
と、同時に冷静だった。
「そうか、じゃあ出直すよ」
「待って、セオドア!」
胸を押しつけるようにセオドアに抱きついたセリエにセオドアは低い声で言う。
「ずっとその格好なのは、男を誘惑する為か?」
「そんな、違うわ!ただ今日は起きるのが遅くてっ」
「イブは……子供の頃寂しがりやだった。奴が居なければいつも泣いてた。なのに引き離された時も、皆が君の味方をした時も、俺は側にいなかった」
「そ、そんなのセオドアの所為じゃないわ!好きな子を優先するのは仕方がないことよ」
「じゃあ、俺は君が好きだったと?」
「そ、それは……」
「ただ、不思議と興味が湧いたし君が言うことに疑問や不快感は持たなかった。隣にいると安らげたし……聖女たる者の力のおかげでね」
「違うわ!私は心からセオドアを想って……」
「それ、何人に言った?何故だろう、今も不快感は無理にかき消されるような感覚がある……けど、冷静だ」
(ルシアンに取っておいたけど、イブリアイブリアとうるさいし仕方ないわね……セオドアは味方じゃなきゃ困るのよ)
「セオドア……傷付いているのね……」
そう言ってネグリジェの肩紐を解いて、セオドアの手を引いてソファへ押すと彼の膝にまたがるように乗った。
(従順じゃない……やっぱりこうするのが一番ね)
「先に言っておくが、俺は初めてだから上手くしてやれないぞ」
全くセリエを愛さない瞳はまるでセリエを拒絶している。
「王妃になりたければ、今まで通り初めてだけは取っておくんだ。ならばお飾りでも王妃になれるだろう」
セオドアはいつも女性に囲まれて居たが、食事以上の先の話は誰の口からも聞いたことが無かった。
てっきりセリエは自分が好きだからだと思っていたが、どうやらセオドアの様子はおかしい。
「私の為に、取っておいてくれたのよね?」
「否……本当に愛した女には近づく事が許されなかっただけだ、ずっと君の後盾のヒトにね。彼女が俺を選んだら……俺は王位に近づいてしまうから……だから俺だけは彼女に近づけなかった」
「じゃあ……何故私の味方を」
「だから、冷静じゃなかった。愛する女が面倒を起こすと考える程に、セリエがとても清らかで真っ直ぐに見えた、イブのように……」
「ーっ!」
「そろそろ退いた方がいいよ」
「セオドア、誤解しないで……っ」
セリエが乱れた格好のまま縋るようにセオドアに迫る。
セオドアの顔色は何処か青白い。
「ルシアン殿下!大変だ!」
「ルシアン、もう聞いたか!?」
慌てた様子で部屋に飛び込んで来たのは、幼馴染であり側近でもあるティアードどレイノルドだった。
「「えっ……」」
「あー、誤解してくれるなよ。俺は意外にも潔癖なんだ」
「こ、これは……っ」
「セリエ……もう良い。私達は君を誤解していたようだ」
「不思議と今も怒りは無いよ。でもセリエがそういう人だってもう気付いてたから……大丈夫」
ティアードとレイノルドは自嘲気味に言うとセリエに悲しげに微笑んだ。
「君を愛してると錯覚して、大切な人を失ったのに君に怒りは湧かないなんて不思議な力だ……」
「安らぎ、なんてその格好のセリエを前にすれば偽りにしか感じないはずなのに……ねぇセリエは本当は誰を愛してるの?」
ティアードに続いたレイノルドの悲痛な問いかけにセリエはぎくりとする。
「セオドアから退いてやってくれないかセリエ」
ティアードが努めて優しくいうと、ゆっくりと頷いて退いたセリエは泣きまねをする。
「酷いわセオドア……愛してると言ったのに、まるで私が無理矢理貴方を襲ったみたい……っ!」
その場の全員がセリエはセオドアを切り捨てたのだと理解した。
「セリエ……あのね、それは無理があるんだ」
レイノルドが悲しげに、ゆっくりとセリエに言い聞かせるように話出す。
「レイノルド、やめろ」
「セオドア……後ろ盾が誰か忘れたのか?放っておけない、いいがかりで処罰されるぞ」
「セオドアは、イブ以外の女性とエスコート以上の触れ合いは出来ないだからデキる訳ないんだ」
「幼い頃に、数名の歳上の令嬢達に襲われかけてから女性との距離をコントロールする事で自分を守ってる。それ以上は誰も踏み込めない」
セオドアは決して女性が嫌いではない。愛らしくて好きだ。
けれどそれは小動物に対するもののような感情で、ギラギラと燃えるような瞳で迫られると恐怖を感じるのだ。
触れたいとも思えないのだ、イブリア以外には。
「え………?」
セリエは鈍器で頭を打たれた気持ちだった。
力のお陰で、陥れようとしたセオドアもティアードもレイノルドもセリエに怒りをぶつけたり罵倒したりはしないが
今までとは違う、三人の冷ややかな幻滅したような目線にヒヤリとした。
「ルシアンには……言わないで、お願い」
64
お気に入りに追加
4,880
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!

初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる