25 / 56
騎士のひとつの願い
しおりを挟む「お疲れ様、怪我はないかしら?」
小走りで駆け寄ってきたイブリアが愛おしいかった。
抱きしめて、すぐに「愛してる」と伝えたい程に。
出迎えたイルザ、カミル、マルティナの笑顔はとても晴れやかでイルザからは少しの安堵も伺えた。
イブリアの表情は今までディートリヒが見たことのない複雑なものだったが、なぜか擽ったいような焦れた気分になった。
「ディート、おかえりなさい」
皆、勝つのは当然だと言わんばかりに平常心で、大袈裟に喜んだりはしなかったがイルザから「よくやった」と褒められたことでディートリヒはやっと優勝したのだと実感が湧いた。
「願いはお前のものだ、望むものを手にしてこい」
「ディート、俺は光栄だよ。ずっと待ってたから……」
イブリアにも何となく分かっていた。
彼がバロウズの騎士では無くなる事が。彼はイルザの許可を得た。
次は自分に問うのだろうと……
「イブリアお嬢様」
「ディート、もう分かっているわ。貴方がいつも私の味方で居てくれたように理由なんてなく私はディートの味方。だから行って」
「ですが……」
「言葉など要らないわ、貴方はずっと私の……大切な人だもの」
ディートリヒはイルザとカミルが騒ぐのを見ないふりをしてイブリアの手を引いて抱きしめた。
「そうです、僕はずっとイブリアお嬢様のディートリヒです」
「ーっ」
イブリアの頬を名残惜しそうにそっと撫でてから放心するイルザ達に礼をして王の元へと向かう。
イブリアの潤んだ瞳はずっとディートリヒだけを追っていた。
王座の周りには有力貴族達や、神殿の者達、各騎士団長も居て、その中で魔法騎士団長ミステルはディートリヒにただ頷くと少しだけ微笑んだ。
ディートリヒもまた答えるように頷くと、王の前に片膝をついた。
隣に立つ王妃の瞳はまるでディートリヒを悍ましいものでも見るかのような視線で見つめていたが、流石にその表情は貼り付けたように微笑んでいた。
「ディートリヒ、お前の望みを述べよ」
国王のその一言で会場は轟く歓声に見舞われる。
国王が手を挙げて制止するとシンとした武闘場にはディートリヒの少し低い、けれど清涼でどこか色気のある声だけが響く。
「伯爵位以上の叙爵を望みます」
騒ついたのは一瞬だけだった。
兼ねてより歴史的なこの武闘大会では道徳的な範囲内であれば何でも手に入るのだ。
それでもディートリヒが望んだものはただの爵位だった。
「ほう……叙爵の話は、貢献の褒章に何度か此方からも申し上げた事があるが、お前は主以外には国にすら属さんつもりで断っているのだと思っていたが?」
「他意はありません、ただ彼女の傍にずっと居たいだけです」
「……愚息は惜しい人材を逃したな。お前も、彼女の事もだ」
「勿体ないお言葉です」
「ミステルより魔法騎士団長の後継にと、魔法騎士団へのお前の所属の申し出があったが事実か?」
「はい。僕がイブリアお嬢様以外に属さぬと言う陛下のお言葉のままの決心です」
「はははは!!見習って欲しいものだ、まぁ身に染みただろう……」
「……陛下っですが彼は平民では」
王妃は慌てて国王とディートリヒのやりとりに割って入るが、笑顔ながらどこか冷ややかな国王の視線にグッと押し黙った。
「イルザからは、騎士ではなく家族だと聞いている。それに……剣も魔法の才もどれを取っても適任は他におらんだろう。頭も涼しい……」
「有難きお言葉……」
「次期魔法騎士団長という事も考慮し……ディートリヒに侯爵の位を授ける!そうだな……シュテルンはどうだ?」
「有難き幸せでございます」
「今日を持ってこの者をディートリヒ・シュテルン侯爵とする。詳細については明日、登城を命じ追って公表する」
「そんな……!?」
「一気に僕たちと並んだ……」
ティアードとレイノルドはディートリヒへの国王の褒章に驚愕する。
国王はそれが全て、イブリアだけの為だと知っているからこそ許諾したようにも感じた。
そして、王の言葉は皮肉とも取れた。
まるで不甲斐ない自分達とバロウズの者達を比較したように感じた。
彼らにとって、国王の態度は指摘だった。
「いや……爵位を持ったという事は俺たちを越えたんだよ」
「「セオドア!もう大丈夫なのか?」」
「かなり加減されてたみたいだな、本気なら死んでたよ」
「元気そうだな」
「ほんとに、びっくりしたよ!!」
「まぁお前達よりは重症だがな」
「ルシアンは、怒るだろうな」
「僕は明日が怖いよ……」
「まぁ俺はまだ諦める気ないよ、生まれ変わったテディになるさ」
口調こそふざけているものの、悔やんでいるような声色に思わずティアードもレイノルドも返事が出なかった。
ただ、彼のようにまだ「イブリアが好きだ」と言えるだけマシだと思った。
ルシアンを膝枕しながら大粒の涙を零し治癒をかけるセリエが、多くの子息達に囲まれ慰められている姿を冷静に見ていた。
今までなら、子息達を払い避けて真っ先に駆け寄っただろうティアードもセリエの涙に困った顔でハンカチを差し出しただろうレイノルドもどうしてだろうか、彼女の涙が偽りに見えた。
セオドアが「何で……気づかなかったんだろう」と呟くとバッと顔を彼に向けた二人が「何がだ」と尋ねると、セオドアは顔を青くして呟く。
「確かに、手加減されていた……あれ程長い治癒が必要なわけがない。ましてや聖女の力だぞ、まるで注目を浴びる為にワザと時間をかけているようだ……」
「「!!」」
「あれじゃルシアンは晒し者だぞ……愛している者がする事とは思えない」
思わず言葉を失ったティアードとレイノルドは、セリエの異常性を垣間見て幻滅というよりは恐怖を感じた時……
「退きなさい」
「いっイブリア様ッ……」
カミルもディートリヒも連れずに子息達を退けさせて、囲まれるルシアンとセリエの元に向かったイブリアに異様に怯えるセリエ。
「聖女がお疲れのようだから、王太子殿下を治療しに来ました。私では全快には出来ませんが少なくとも見せ物にはしないでしょう」
「……っイブリア様酷いわ!それじゃ私がまるで!」
「申し訳ないわ、言葉が強くてよく誤解されるの。大切な私のディートリヒがした事の責任を取りに来ただけよ誤解しないで」
飄々と言ったイブリアは、ルシアンを瞬間で起き上がれる程に治癒すると絡まれては面倒だと思ったのか瞬間移動でディートリヒの元へと戻った。
「意地悪なんて……どうしてそう思ったんだろう」
レイノルドが涙を瞳に溜めて言うと、ティアードもセオドアも俯いた。
「私もだ、彼女を知ってたのに……正しい人だとずっと見ていたのに……」
「俺もだよ。面倒事なんてありえないだろ……いつもあんなに格好よく一人で解決してしまうのに……」
46
お気に入りに追加
4,855
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」
まほりろ
恋愛
【完結しました】
アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。
だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。
気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。
「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」
アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。
敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。
アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。
前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。
☆
※ざまぁ有り(死ネタ有り)
※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。
※ヒロインのパパは味方です。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。
※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。
2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる