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武闘大会 決勝戦
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セリエが何不自由無く暮らすには、ルシアンの隣に立つ事が必要である。
聖女として慎ましやかに暮らすのでは満足出来なかった彼女は、目をつけたルシアンの婚約者であるイブリアを嫉視した。
彼は高貴な血筋な上に容姿端麗で親切だった。
王族らしい抑強扶弱の精神を利用したのは正解だった。
貴族達の中で聖女として活躍する平民でか弱いセリエの手をルシアンは取った。
完璧で憎らしいイブリアは完璧に孤立していった。
男達はセリエに夢中だったし、未来の王妃も確定したも同然で、
満足している筈だった……
(なのに、あんな生意気な平民の男が気になるなんて)
ルシアンの煌めく金髪と青い瞳、程よく鍛えられた白い肌は全部セリエのモノだと考えるとゾクゾクした。
けれどあの細身なのに鍛え抜かれた身体も、さらりとしながらも色気を感じる黒髪も、涼しげな目元も、星空のような瞳もぜんぶ魅力的で何故彼が自分のモノではないのかと思うと発狂してしまいそうな程嫌だった。
けれど今もっと気に入らないことは、向かい合う二人の瞳がイブリアに向けられている事だった。
王妃も驚いたように目を見開き、国王は楽しそうに笑った。
周りの者達は「どういうことだ?」と騒然としたし、セリエは屈辱的な気分だった。
(まるで、イブリアを愛しているみたいじゃない!)
「ディートリヒ、噂は聞いてるが負けてやる訳にはいかない」
「……そうですか。手加減は要りませんね?」
「ーっ当たり前だ!!!」
確かに、剣も魔法もルシアンは長けていると言ってもいい程だった。
カミルやディートリヒ程ではないもののそれなりに王族らしい魔法の才も、立場に胡座をかかぬよう努力もしたのだろう剣術も見事だった。
それでも、ディートリヒにすればその程度の力は仕事をイブリアに放り投げてまでしなければならない程でなくても手に入るだろう。
と言う程度のものだった。ましてや、くだらない女と遊んでいるのなら婚約者だったイブリアを手伝ってやる方が良かったとさえ思えた。
そして、イブリアの血の滲んだヒールを思い出して腹立たしさが蘇った。
「それなりに、努力をされたようですね」
「ふん、素直に凄いと言ったらどうだ?」
「……果たして足りていたのでしょうか?」
ルシアンの攻撃を交わすどころか弄ぶようにギリギリで避けながら、珍しく挑発的な態度を示すディートリヒに苛立つルシアン。
「努力して、その程度なら……」
ディートリヒはルシアンを剣で弾き返すと眉を顰めて考える仕草をしてから、呟くように言う。
「セオドアの方がマシだったな」
「なっ!?私は必死で……!!」
「婚約者を放り出して、聖女にうつつをぬかす者がですか?」
「お、お前のような者がイブリアのような高貴な者に似合うか!!」
「生憎ですが今日は……それを獲りに来た」
爛々とする星空のような瞳は、まるですべてを夜に覆ってしまいそうなほど深くて思わず引き込まれてしまうほど美しい。
ルシアンは一瞬、自らがディートリヒよりも全てにおいて劣っているような感覚に苛まれるが振り払って、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「イブリアは私の隣に立つ為の努力を惜しまなかった!!」
「……」
「私の為だけに生き、微笑んだ!そしてセリエに嫉妬し心を病んだんだ」
「……とんだ妄想ですね」
「けれど……、そんなイブリアも私が愛そう」
ルシアンの身勝手な言い分にディートリヒは怒りが沸々と湧き上がっていく想いだった。
思わず、強い魔法でルシアンを地面に叩きつけると彼を冷ややかに見下ろしたがルシアンとてディートリヒをニヤリと口元を歪めて睨んだ。
「あぁ……けれど見向きもしない私の為に健気に努力するイブリアはいじらしくて可愛かったかもしれないな」
「!!!」
「ディートリヒ、お前は彼女の犬だが……イブリアはまるで私の……」
「それ以上の侮辱は許さない」
ディートリヒの魔力が巻き上がり、捲れ上がる地面。
段々と防御壁には亀裂が入り捲れるように崩れていく、地響きと巻き上がる魔力の風を切るような音にとうとう観戦している者たちも動揺し始める。
「ディートリヒ!!」
イルザの言葉も耳には入って居ないようで、制止しようとしたイブリアの前にそっと手を伸ばして引き留めたのはいつの間にかやってきたカミルだった。
「お兄様……」
「気持ちを汲んでやれ」
そっと頷いたイブリアは目線をディートリヒに戻した。
腰を抜かし、後ろに尻餅をついたルシアンは動けない。
そんなルシアンの姿に幻滅するセリエ。
必死で「ルシアンが危ないわ」と叫ぶ王妃、もう諦めたように魂の抜けたような姿のイルザは感情の抜け落ちた声で返事をする。
「ダイジョウブデス……殺しはしません……はは」
自分の為に憤るディートリヒのセリフを聞いて、胸が苦しくなるイブリアは、彼が愛おしく感じた。何故か誰にどんな言葉をかけられるよりもディートリヒの信頼が、想いがいちばん嬉しかった。
ゆっくりとディートリヒが歩いてルシアンに近づくと、ルシアンの前にしゃがみこんで彼に触れる事もせずにただ、
「どうやら、殿下にイブリアお嬢様は勿体ないようですね」
「はっ!?」
「お疲れ様でした」
「ーっ!何だ!……イブリアは私の……っわぁあ!!!」
ディートリヒの言葉と共に、ルシアンは遥か背後の王妃達が座る席の観客席まで吹き飛ぶ、辛うじて防御壁に当たって突っ込まなかったものの、ルシアンはもう起き上がれる状態ではない。
「イブリアお嬢様を妨げるすべては僕が退けます、あなたは僕の全てだ」
愛の告白とも、騎士の誓いとも取れる言葉に婦人達は頬を染め色めき立つ。
見つめ合うディートリヒとイブリアの甘い雰囲気に皆が引き込まれそうになった時、相変わらず空気を読まないカミルの叫び声が大きく響いた。
「ディート!イブは俺の妹だぞーーー!!!」
「カミル……」
「お兄様……」
マルティナに叱られている様子のカミルを見て少しだけ、場が和む。
セリエは、「大丈夫、それでも彼は王太子だもの」と言い聞かせてルシアンを想って涙するフリで観衆の同情を引くが観衆はセリエの涙よりも、
ルシアンとディートリヒがイブリアを巡って派手にやり合った
と言うロマンスだけに夢中だった。
「優勝者は……バロウズ家の総副騎士団長、ディートリヒだ!」
聖女として慎ましやかに暮らすのでは満足出来なかった彼女は、目をつけたルシアンの婚約者であるイブリアを嫉視した。
彼は高貴な血筋な上に容姿端麗で親切だった。
王族らしい抑強扶弱の精神を利用したのは正解だった。
貴族達の中で聖女として活躍する平民でか弱いセリエの手をルシアンは取った。
完璧で憎らしいイブリアは完璧に孤立していった。
男達はセリエに夢中だったし、未来の王妃も確定したも同然で、
満足している筈だった……
(なのに、あんな生意気な平民の男が気になるなんて)
ルシアンの煌めく金髪と青い瞳、程よく鍛えられた白い肌は全部セリエのモノだと考えるとゾクゾクした。
けれどあの細身なのに鍛え抜かれた身体も、さらりとしながらも色気を感じる黒髪も、涼しげな目元も、星空のような瞳もぜんぶ魅力的で何故彼が自分のモノではないのかと思うと発狂してしまいそうな程嫌だった。
けれど今もっと気に入らないことは、向かい合う二人の瞳がイブリアに向けられている事だった。
王妃も驚いたように目を見開き、国王は楽しそうに笑った。
周りの者達は「どういうことだ?」と騒然としたし、セリエは屈辱的な気分だった。
(まるで、イブリアを愛しているみたいじゃない!)
「ディートリヒ、噂は聞いてるが負けてやる訳にはいかない」
「……そうですか。手加減は要りませんね?」
「ーっ当たり前だ!!!」
確かに、剣も魔法もルシアンは長けていると言ってもいい程だった。
カミルやディートリヒ程ではないもののそれなりに王族らしい魔法の才も、立場に胡座をかかぬよう努力もしたのだろう剣術も見事だった。
それでも、ディートリヒにすればその程度の力は仕事をイブリアに放り投げてまでしなければならない程でなくても手に入るだろう。
と言う程度のものだった。ましてや、くだらない女と遊んでいるのなら婚約者だったイブリアを手伝ってやる方が良かったとさえ思えた。
そして、イブリアの血の滲んだヒールを思い出して腹立たしさが蘇った。
「それなりに、努力をされたようですね」
「ふん、素直に凄いと言ったらどうだ?」
「……果たして足りていたのでしょうか?」
ルシアンの攻撃を交わすどころか弄ぶようにギリギリで避けながら、珍しく挑発的な態度を示すディートリヒに苛立つルシアン。
「努力して、その程度なら……」
ディートリヒはルシアンを剣で弾き返すと眉を顰めて考える仕草をしてから、呟くように言う。
「セオドアの方がマシだったな」
「なっ!?私は必死で……!!」
「婚約者を放り出して、聖女にうつつをぬかす者がですか?」
「お、お前のような者がイブリアのような高貴な者に似合うか!!」
「生憎ですが今日は……それを獲りに来た」
爛々とする星空のような瞳は、まるですべてを夜に覆ってしまいそうなほど深くて思わず引き込まれてしまうほど美しい。
ルシアンは一瞬、自らがディートリヒよりも全てにおいて劣っているような感覚に苛まれるが振り払って、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「イブリアは私の隣に立つ為の努力を惜しまなかった!!」
「……」
「私の為だけに生き、微笑んだ!そしてセリエに嫉妬し心を病んだんだ」
「……とんだ妄想ですね」
「けれど……、そんなイブリアも私が愛そう」
ルシアンの身勝手な言い分にディートリヒは怒りが沸々と湧き上がっていく想いだった。
思わず、強い魔法でルシアンを地面に叩きつけると彼を冷ややかに見下ろしたがルシアンとてディートリヒをニヤリと口元を歪めて睨んだ。
「あぁ……けれど見向きもしない私の為に健気に努力するイブリアはいじらしくて可愛かったかもしれないな」
「!!!」
「ディートリヒ、お前は彼女の犬だが……イブリアはまるで私の……」
「それ以上の侮辱は許さない」
ディートリヒの魔力が巻き上がり、捲れ上がる地面。
段々と防御壁には亀裂が入り捲れるように崩れていく、地響きと巻き上がる魔力の風を切るような音にとうとう観戦している者たちも動揺し始める。
「ディートリヒ!!」
イルザの言葉も耳には入って居ないようで、制止しようとしたイブリアの前にそっと手を伸ばして引き留めたのはいつの間にかやってきたカミルだった。
「お兄様……」
「気持ちを汲んでやれ」
そっと頷いたイブリアは目線をディートリヒに戻した。
腰を抜かし、後ろに尻餅をついたルシアンは動けない。
そんなルシアンの姿に幻滅するセリエ。
必死で「ルシアンが危ないわ」と叫ぶ王妃、もう諦めたように魂の抜けたような姿のイルザは感情の抜け落ちた声で返事をする。
「ダイジョウブデス……殺しはしません……はは」
自分の為に憤るディートリヒのセリフを聞いて、胸が苦しくなるイブリアは、彼が愛おしく感じた。何故か誰にどんな言葉をかけられるよりもディートリヒの信頼が、想いがいちばん嬉しかった。
ゆっくりとディートリヒが歩いてルシアンに近づくと、ルシアンの前にしゃがみこんで彼に触れる事もせずにただ、
「どうやら、殿下にイブリアお嬢様は勿体ないようですね」
「はっ!?」
「お疲れ様でした」
「ーっ!何だ!……イブリアは私の……っわぁあ!!!」
ディートリヒの言葉と共に、ルシアンは遥か背後の王妃達が座る席の観客席まで吹き飛ぶ、辛うじて防御壁に当たって突っ込まなかったものの、ルシアンはもう起き上がれる状態ではない。
「イブリアお嬢様を妨げるすべては僕が退けます、あなたは僕の全てだ」
愛の告白とも、騎士の誓いとも取れる言葉に婦人達は頬を染め色めき立つ。
見つめ合うディートリヒとイブリアの甘い雰囲気に皆が引き込まれそうになった時、相変わらず空気を読まないカミルの叫び声が大きく響いた。
「ディート!イブは俺の妹だぞーーー!!!」
「カミル……」
「お兄様……」
マルティナに叱られている様子のカミルを見て少しだけ、場が和む。
セリエは、「大丈夫、それでも彼は王太子だもの」と言い聞かせてルシアンを想って涙するフリで観衆の同情を引くが観衆はセリエの涙よりも、
ルシアンとディートリヒがイブリアを巡って派手にやり合った
と言うロマンスだけに夢中だった。
「優勝者は……バロウズ家の総副騎士団長、ディートリヒだ!」
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