18 / 56
どう足掻いたってもう
しおりを挟む「ディート、何処かしら……」
会場からやっと逃げて出てこられたイブリアはディートリヒを探すが、王宮は広い。
薄暗い渡り廊下は会場の賑やかさとは打って変わって静かだ。
(演武場かしら……)
「イブリア……っ」
背後から聞き慣れた声がして、振り返らぬまま立ち止まる。
(聞こえないフリをしようかしら?ほんと次から次へと……)
返事をしないイブリアに痺れを切らしたルシアンは駆け寄って、イブリアの細い手首を取るともう一度彼女の名を呼んだ。
「イブリア、お願いだ……返事をしてくれ」
「申し訳ありません考え事をしていましたわ……離して下さる?」
「すまない……君とは、別れても良好な関係で居たいんだ。今までのように」
「それは、どう受け取ればいいのでしょうか?」
「その……私はイブリアに傍にいて欲しい」
(この台詞をもう少し昔の私が聞けば、喜んだでしょう……けれど)
「貴方にはセリエ様が居るのではないのですか?」
「セリエは……その、彼女を正妃にするには少し周りから不安視する声が多い。だが私にはイブリア、君が居ると皆は考えているんだ」
(何て身勝手なの、皆……早く婚約破棄を公表しなければならないわ)
「では、私をお飾りの正妃にしてセリエ様を側妃にしようと?」
「いや、セリエには耐えられないだろう。君には側妃として支えて欲しいんだ。勿論君をずっと大切にする」
「お断りします、殿下」
「それに…….君を他の誰にも渡したくないんだ、幼い頃から君は私のイブリアだっただろう?君は、私のものだ」
(馬鹿にしているのね……私はまるでモノののようね)
「いいえ、違います。私は私だけのものです」
「イブリア!もう私を愛していないのか!?」
「私を物として扱うような人をどうして愛せるのでしょう。それと……」
「??」
「貴方は私を愛しているの?ルシアン……」
「!!」
ルシアンは鈍器で頭を殴られたような気がした。
「愛している」かと問われれば愛しているのだが、イブリアとセリエに対する気持ちは違う。
どちらが正しい「愛している」なのかは分からないのだ。
イブリアがルシアンに対して愛していたのは殆ど刷り込みのようなものだっただろう。
けれども彼女は確かにずっとルシアンだけを大切にしてくれた。
なのに自分は二人を天秤にかけ、どちらも選べずにいる。
「イブリア、私に少し時間を……」
「私達を競わせて、貴方に選ばせる時間?あのね……ルシアン」
「イブリア、口が過ぎるぞ」
「きっと、皆が心配しているのはセリエ嬢ではなく貴方のことです」
「なっ!?」
「一度捨てた婚約者に構う暇があるのなら、貴方の新しい恋人を正妃に相応しい人になるよう支えてあげて。それが貴方の行動の責任でしょう?私に助けを求めるべきじゃありません」
「イブリア、だが……っ」
「貴方の婚約者だったイブリアはもう居ません」
イブリアがそう言い切った所で、ゆっくりと近づく気配に気付いたルシアンは段々と近づくその人物の瞳が見えた瞬間に思わず一歩後ずさった。
暗闇に溶け込む黒髪に、暗闇でも耀く星空のような瞳。
そして離れていてもわかる刺すような魔力。
「ディートっ!」
いつも高貴な雰囲気を崩さないイブリアが安心したように目元を和らげ、ふわりと微笑んだ。
その表情に、ぎゅっと心臓を掴まれるような身体が痺れるようか感覚がしてルシアンはイブリアに手を伸ばしたくなった。
(行かないでくれ…….)
「ーっ!」
ルシアンよりも先にディートリヒの腕は彼に飛び込んだイブリアを閉じ込めた。
「イブリアお嬢様、申し訳ありません」
「いいの、……帰りましょう」
「宜しいのですか?」
「ええ。貴方も明日は武闘大会でしょう?」
「問題ありません」
(アイツも出場するのか?)
目の前で仲睦まじ気な二人に苛立ちと焦りを感じつつもディートリヒが明日の大会に出ると言うことにニヤリとした。
「ディートリヒ」
「……殿下」
「前回の優勝は私だ」
「そうですか」
「願いは今決めた。せいぜい頑張るんだな」
「……」
「殿下、失礼しますわ」
「イブリア、待っていてくれ。きっと明日君に勝利を捧げよう」
(結構よ……)
「優勝出来ればですが殿下。では……さようなら」
ディートリヒや、カミル、そしてセオドアまでもが王妃によってあえて遠ざけられルシアンの栄光の妨げにならぬよう仕組まれたことだったと言う事を知らぬルシアンは、自分が優勝すると信じて疑わない。
彼の頭の中では、勝利しイブリアを傍に置くその瞬間に生意気なディートリヒが悔しがる姿が想像されていた。
「そうだ、今までのずっと私が一番だった。心配する事ない」
53
お気に入りに追加
4,855
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」
まほりろ
恋愛
【完結しました】
アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。
だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。
気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。
「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」
アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。
敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。
アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。
前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。
☆
※ざまぁ有り(死ネタ有り)
※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。
※ヒロインのパパは味方です。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。
※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。
2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる