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眩しい君は……
しおりを挟む「バロウズ令嬢、お久しぶりです。……ディートリヒ、少し良いか?」
魔法騎士団長、ミステルがディートリヒを呼び止める。
「……」
「ええ、お久しぶりです。ディート、大丈夫よ。行ってきて」
(また、勧誘かしら?それとも何か相談事?)
ディートリヒは平民の出だが、バロウズ公爵家の騎士として総副団長の地位がある。
それでいて彼は魔法の天才なのだ。
ミステルはディートリヒを度々勧誘したが、決して彼が首を縦に振る事は無かった。
ミステルは礼儀正しくイブリアに挨拶すると、ディートリヒを連れて席を外す。
無表情だがイブリアには分かる、渋るような視線で名残惜しそうにミステルに続いて行ったディートリヒが少し可愛らしくてくすりと笑った。
「イブ、何か楽しい事が?」
「セオドア卿……」
「テディと」
「いやよ」
ツンとした突き放すようなイブリアの態度にセオドアは胸がチクリとしたが、行動せねば伝わらないと気を持ち直してイブリアの指先に少しだけ自分の指を絡めて逃げられぬように手を取った。
彼のミルクティーアッシュの髪が柔らかく光って、ルシアンと同じ銀色の瞳はまるでイブリアに熱い何かをぶうけているように燃えている。
ギクリとした。セオドアはいつもこうだった。
何か言いたげな熱い瞳でイブリアを見つめては、逃げるように距離を取るのだ。
幼馴染と呼べる彼らの中では、いちばん気安く話の合う人だったが彼は時々このように軽い言葉に似合わない瞳で語りかけてくる。
イブリアは居心地が悪くて思わず後退りした。
「は、離して……一体なによ」
「イブ、この間の話の続きだけど」
珍しく真剣な表情をするセオドアの手が思ったよりも強くて振り解けない。
チラチラと視線が集まりかけているのが分かる。
(まずいわ、早く離れなきゃ)
「テディ…….っ、お願いだから離してっ」
「俺が優勝できたら、チャンスが欲しい」
「はぁ、……何に対してのチャンス?」
「今度はちゃんとイブと向き合いたい」
「テディ、意味が分からないわ」
「俺から逃げないで、一人にした分はちゃんと償うから」
(避けていた事を言っているのかしら?)
「貴方は元々立場上、殿下の婚約者だった私とは距離をおかなければいけなかったのでしょう。辛いからと誰かを恨んだりした事なかったわ。だから、もういいの……テディ」
何故か、セオドアにバロウズの後ろ盾が付くのを危惧する王妃は彼がイブリアと仲がいいのを嫌がった。
出生上、権力を持つことを恐れられる事は仕方がなかったが剣の腕は劣れど魔法の才にルシアンよりも恵まれたセオドアを王妃はあまりにも過剰に警戒したのだ。
イブリアもそれはよく知っていた。
聖女が現れ、ルシアンに近づくまで王妃はイブリア自身もバロウズという家門も全て他の誰にも横取りされないように独占したがったからだ。
イブリアを愛さないルシアンよりも遥かに王妃からの束縛は酷かったのだ。
(けれど用無しになってしまえばあっさりしたものだし)
セオドアが継承権を放棄しないのは、心優しい父と母を、家門をせめて王妃から守る為の権力を蓄えておきたいからだった。
目立つ事を許されず、能力をひけらかさないように過ごさなければならない以上。放蕩息子に味方する者など血筋以外なにがあろうか?
セオドアにとって、出生は枷でもあるが母を恐れ嫌う王妃から自衛する切り札でもあった。
「でも……もうイブはルシアンの婚約者じゃない」
「ええそうね」
「俺にもチャンスが欲しいんだ」
「だから何の……」
「イブの隣に立つ男になる為のチャンスを」
「……あなた、可笑しくなったのね?」
「イブ……、ふざけているんじゃない」
「貴女は聖女が好きでしょう、何かのゲームかしら?」
「それは……違っ、何か雰囲気が違う子だなって……少し特別な感じがして気になっただけだ。俺が今まで惚れた女性はイブしか居ない」
「……っからかわないで頂戴」
「本気だ」
そう言ってセオドアに解放されたものの、まるで本気でイブリアを好きだと言っているかのようなセオドアの眼差しに動けずにいると、
目の前に輝く銀色が広がった。
「あれ……セオドア、なにしているの?」
「セリエ……殿下はいいのか?」
「何か難しい話をしていて置いてけぼりよっ」
「悪いが今はちょっと、」
「きゃっ!イブリア様……ごめんなさい。お話し中だと知らずに……」
振り返ったセリエは途端に怯え出す。
内心でため息をついたイブリアは表情を変えずに「気になさらないで」と言っただけだが。涙目で過剰に謝るセリエの態度はイブリアを悪女にした。
「セリエ、俺がイブに話があるんだ」
「私が邪魔をしちゃったのね……っ」
「ちょうどよかったわ。それじゃあ失礼するわテディ、セリエ嬢」
(テディ?セオドアが愛称を許したと言うの!?)
セリエはイブリアの言葉にまた苛立つ。
「待って、イブ………!」
「テディ……!イブリア様はきっと私の所為で気分を……」
「!!」
「テディ?」
「悪いが、その愛称で俺を呼ぶのは昔からたった一人なんだ」
「は?」
「悪いね、セリエ」
そう言っていつもの色っぽい、けれど貼り付けたような笑顔で言ったセオドアにセリエはひどく魅力的で、冷たかった。
(ぜんぶ、私のなのに……聖女は愛されなきゃいけないのに)
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