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聖女セリエの力
しおりを挟む「聖女様って人に安らぎを与える力が備わっていて皆、聖女様に幸福感や好感を持つんですって!だからかしら……私もとても聖女様が好きなんです!」
令嬢の言葉に瞬間にして身体の体温が下がった。
(それじゃあまるで私が安っぽい魅了でも使っているみたいじゃない)
「ありがとうございます……」
努めてしおらしく、あからさまにしゅんとした様子で言ったセリエにルシアンは「大丈夫か?」と小声で尋ねた。
それこそがセリエの狙いだった。
「ご令嬢の言葉で私が魅了に皆様をかけていると勘違いされそうで……ただ聖女とはそういう特別な存在なだけなのに」
怯えたように言うセリエの声は、ルシアンが小声で尋ねたにも関わらず皆に聞こえる程度の声量でルシアンは少し違和感を覚えたが、きっと動揺しているのだろうと捉えることも出来る程度のことだった。
セリエの声に突然、子息達が「そうだぞ!聖女様に失礼だ!」
「セリエ様に謝罪しろ!」と騒ぎ立て、令嬢は瞬時に孤立した。
(私の力は魅了なんかよりもっと崇高なもの。聖女だけが生まれ持つ愛の力……慈しむべき人々に安らぎを与える力なのよ!)
セリエは内心でその名前も知らぬ令嬢に悪態づき、セリエを庇うように抱きながら「皆、静まれ。わざとでは無い筈だ」と言ったルシアンの言葉によってセリエの悲劇のヒロインは完成した。
「ええ……わざとではない筈です。私も少し配慮が足りませんでした。皆様に聞こえてしまうなんて、ごめんなさい。えっと……」
(この令嬢の名は何だったかしら?家門も思い出せないわ)
皆の空気がはたまた不穏になる。
どうやら大抵の高位貴族達はお互いをきちんと覚えているしそれがマナーでもある。
(この令嬢は有名な家門のようね……まずいわ)
ルシアンをチラリと見るが、どこか違う所を見つめていて気付かない。
どこを見つめているのかと横目で確認すると、偶々なのか誰かと挨拶していたイブリアが傍を通ったのだった。
ルシアンはイブリアと彼女に寄り添うディートリヒの仲睦まじい様子にヤキモキしている様子でそれがより一層セリエを苛立たせた。
「リリアナ様、お久しぶりですね」
「あ……、イブリア様」
「どうかされたのですか?お父上は……センチュエル伯爵様はお元気でしょうか?」
「は、はいっ……」
「リリアナ様は素直でお優しいすぎる所があるので、貶められたり、誤解で傷つかれないか心配でしたのよ?」
「え……っその、大丈夫です」
「それならば安心しました。皆様リリアナ様の事はよくご存じな筈なので……心配不要でしたね」
イブリアの言葉で、何故かリリアナに嫌悪しかけていた者達もふと我にかえる。
少し幼い所があるが、素直で優しい令嬢であるリリアナがわざと聖女を貶めることなどありえるだろうか?と
「ありがとうございます……私っ……」
イブリアと令嬢の会話は意味が分からないが、セリエはシメたとほくそ笑む。
会話を奪うように、少し声を大きくして言う。
(リリアナ・センチュ……なんて言ったかしら今?まぁ、いいわ)
「リリアナ様っ!本当にごめんなさい……貴女を傷つけてしまったわ」
そよそよと令嬢のそばに寄り、涙で瞳を潤ませて謝罪するセリエを皆が「優しい」と感じた。
それはセリエが人々に自然に好感を与える力の所為でもあるが、勿論セリエの策によってこうして数多の気に入らない者達が自らの手を汚さずに、他人の口や、他人の手で排除されてきたのだ。
その過程で、気付いてしまう者も勿論居たがそのような少数の者達の声など群衆の前では無力だった。
それでも少なくともこの場ではイブリアの言葉でリリアナを聖女を貶めたと感じた者は少なくなっただろう。
「あのような意地の悪い令嬢にまで慈悲を……セリエ様はなんてお優しいんだ!!」
そう言ったアカデミー時代のクラスメイトの隣でティアードは考え込む。
彼もまたずっとセリエに憧れていた。
(違う……このような出来事は何度かあったが、確かに今日はセリエが意図して令嬢を傷つけたようにも見えた……)
近頃、漠然とした違和感を抱えていたもののセリエに対してこんなにもハッキリと違和感を感じたのは初めてだった。
イブリアに何か囁くディートリヒの姿を目で追いながら、もう一つの違和感が巡った。
(確かにイブは場の空気を変えようと助け舟を出したようにも見えた…….)
「イブリアお嬢様もお人好しですね」
「どちらに非があろうと、このような場でする事ではないわ」
「だから聖女をお助けになったと?」
「どちらともに少しだけ、声をかけただけよ私のような嫌われ者にそれほどの影響力はないわ。論点をずらしただけよ」
そう言ったイブリアの言葉は確かに間違って居なかった。
セリエとリリアナよりも、イブリアとディートリヒの様子に注目する者や、イブリアとセリエの接近にそわそわとする者。
何かは分からぬが、イブリアを目で追う者。
セリエにあった注目は、通りすがりのイブリアに移っていた。
(イブリアお嬢様はご自分の影響力に自覚がないようだ)
あからさまに睨みつけるセリエと、惚けたようにイブリアを見つめるルシアン。
じっとイブリアを目で追うティアードやレイノルド、
イブリアに熱っぽい視線を送るセオドア、
悪女だと言いながらも、イブリアの高貴な美しさに見惚れる子息達……
イブリアを敬遠しながらも目で追う令嬢達。
そんな全ての者にディートリヒの夜空の様な瞳は鋭く光った。
(下らない者が触れて良い女性ではないんだ)
「どうしたの、ディート?」
「貴女は誰にも触れさせない、必ずお守りします」
「もう、大袈裟ね。ありがとう」
そう言って少し微笑んだイブリアの笑顔に、胸を燃やしたのは自分だけではないと思うとディートリヒは妙に彼女の笑顔を誰にも見せたくないと感じた。
(僕は何を考えているんだ……)
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