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王都へはお忍びで……
しおりを挟む「お兄様、ディート……少しやりすぎじゃない?」
「「やりすぎじゃない」」
ゲートを開くには膨大な魔力が必要になる上に誰にでも出来るわけじゃない。
それにも関わらず簡単にゲートを開いて見せると、それほど遠くもない王都の邸までゲートで行くと言うのだ。
「イブの馬車を見るなり記者達が押し寄せてくるぞ」
「王家からの監視が付く事も懸念しなければ……」
「それくらいの事で……ディート疲れていない?」
「ええ勿論です。この程度は基礎ですから」
「「……」」
「何か?」
「いえ、ディート疲れたら言ってね」
「こいつが疲れる?見たことあるか?」
「ないけれど……ディートはとても凄いのね」
「イブリアお嬢様の騎士ですから」
「ふふ、心強いわ。二人ともありがとう!」
多少過保護ではあるが、二人の優しさがとても嬉しかった。
イブリアの花が咲いたような笑顔に兄のカミルはイブリアを抱きしめてグリグリと頭を撫でた。
ディートリヒは頬を染めてはにかんだが、その表情はイブリアを不思議な気持ちにさせた。
「……っ」
(なんだか、胸が締め付けられる感じがするわ)
「そんな顔もするんだな……あ、戻った」
「……っ着きましたよ」
意外そうに言ったカミルの言葉に、フイっと馬車の窓に視線を向けたディートリヒがバロウズ公爵邸への到着を告げた。
三人を乗せた馬車はあっという間にバロウズ公爵邸の敷地内に到着し、自ら出迎えたイブリアの父イルザ・バロウズは馬車から降りた瞬間にイブリアの帰りを父の顔で優しく歓迎した。
「イブリア……よく戻った!」
「お父様っ!どうして?ご公務はいいのですか?」
「カミルと今日の為に早く済ませておいたんだ。ディートリヒとは再会できたようだな」
「はい、お父様とお兄様のお陰で……」
「あの時は何もしてやれず、すまなかったなディートリヒ」
「いえ、こちらこそ……感謝致しますイルザ様」
「この子は我がバロウズの宝だ。ディートリヒ、宜しく頼むよ」
「御意」
(僕にとってもお嬢様は宝です、イルザ様)
ディートリヒはあえて本心をしまい込んだままイルザことバロウズ公爵に礼をした。
「建国祭までまだ少しある、二人ともしっかりと備えてくれ」
「はい、父上」
「はい、イルザ様」
「イブリアは少し私と話そう……執務室へ来なさい」
父に付いて執務室へ来たイブリアは、父が口を開くのを待った。
「婚約破棄の発表がまだ成されていない」
「えっ……何故」
「分からんが、国王へ理由を尋ねた所……イブリアと王宮へと顔を出すようにと申された」
「……!」
「嫌なら、何としてでも断ろう」
「行きます……私も陛下の真意が気になりますので」
「分かった」
翌日、噂の渦中であるイブリアへの配慮として特別に王宮内までのゲートの使用を許され用意された部屋で国王を待つイブリアとイルザ。
二人の背後に控えるのはディートリヒだ。
姿を現した国王はディートリヒの姿を見て少しだけ眉を上げた。
(ほう……もう手を打ったのかバロウズ)
「よく来てくれた、バロウズ公爵、イブリアそれと……ディートリヒ」
「「「国王陛下にご挨拶を申し上げます」」」
「楽にしてくれ、二人を呼んだのは他でもない……ルシアンとの婚約破棄の件だ」
「陛下がこのような話に介入されるのは珍しいですな」
イルザは警戒するような視線で、確かめるように言った。
「……婚約破棄の件だが、正式発表がされないのはルシアン本人の意思だ」
「どういう意味でしょうか、陛下」
「私は例に漏れずこの件に口を出すつもりは無かったのだが……ルシアンの決定を見てみたいと思っている」
「では、娘にこの状況に甘んじろと……?」
「そう言う訳ではないが……国益としては、ルシアンがイブリアと聖女どちらを選んでも損はないが私はイブリアを買っている。なので惜しいと思っている事も否めない」
珍しく国王は憂う表情を見せた。
「聖女は……彼女はどうもあまりに多くの人間を惑わせすぎる。愚息や聖女を含めた未来を支える者達がどのような判断をし、行動するのか……興味がある」
「陛下……大変光栄なお言葉を頂いて恐縮しております。ですが、私とてただの娘。立場と役割を理解しておりながらもこの生活に疲弊したのです……同じ熱量で殿下をお支えする事はもう出来ないかと」
確かに、イブリアはずっとルシアンを愛していたからこそひとりぼっちとも言える環境で踏ん張って来られたのだ。
守るべき民や、同じ志を持つ友、そして愛する人……イブリアを信じてくれる家族の為だった。
(友や婚約者はあの有様、遠ざけられていた家族はルシアンと離れてようやく取り戻した……イブリアが渋るのは無理もないが……)
「私は、さっきも言った通りイブリアを買っている。一度破棄を申し出たのはこちらの愚息だ、気持ちは尊重する。だがどうか……少し考えてくれ」
建国祭は三日間もの間開かれる。
初日の武闘大会を初めに、毎晩パーティーは開かれ城下でも三日三晩祭りが行われる。
前後含めての王都への滞在は十四日程は必要だろうとふんでいた。
(何を考えると言うの?もう私達は……)
「陛下」
「公爵、分かっている……年寄りの戯言だ」
「……陛下、申し訳ございません」
「イブリア、もう良い。謝るのは此方だ。これを……」
「……陛下それは!!」
公爵は思わず立ち上がる、イブリアは目を見開いたまま硬直した。
皇帝が持ち出したのはこのランベール国の元王妃、国王の母君が残した国王、守護の指輪だった。
この世にひとつしかない彼女の最期、彼女の魔力から出来た結晶である石で作った輝かしくも美しい指輪だった。
「受け取れません…」
「私なりにそなたの身を案じているのだ、受け取ってくれ。どの道魔力の乏しい妻には見に余る、相応しい者はイブリアしかおらんと思っていた」
「陛下……っ、」
国王が微笑む姿を初めて見た三人は思わず言葉を失った。
「イブリア……私は国王という立場だ。常に公平で無ければならない」
「ええ、理解しております。……今までありがとうございました」
「そうか、分かった。それは身につけておくといい」
深い桃色の石が煌めく指輪は、イブリアによく似合っていた。
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