元カレの今カノは聖女様

abang

文字の大きさ
上 下
8 / 56

その騎士の愛する主君

しおりを挟む

「お、おいイブ……っ泣くなよ」


皆が初めて見ただろうイブリアが子供のように泣く姿に、兄のカミルも同様し心配そうに駆け寄った。

しっかりとイブリアを抱き留めて彼女の背中を子供をあやすようにさするディートリヒの表情もまた涙を堪えているような表情だ。



「ディートっ、ほんとうに御免なさい」


「どんな形でも嬢様の騎士で居られれば本望です。だから、泣かないで」


「そんな事を言わせたい訳じゃないのよ、馬鹿」


「では、本心を……」


しっかりとイブリアを抱き直すと、大切なものを守るようにぎゅっと包みこんだ。



「おいっ、ディート!いくら親友でも妹を抱きしめていいなんて……っ」






「イブリアお嬢様……会いたかったです。ずっと」


「……っ、私も」



(俺よりディートに懐いてたもんな……今日だけ許す)



イブリア同様に多忙だったカミルよりも遥かにイブリアの傍にいたディートリヒに当時のイブリアは一番心開いていた。



公爵家の後継者として多忙なカミルは、剣術や魔法や普通の教養に加えて父にいつ何があっても良いように、バロウズ公爵家の仕事について学び常に備えていた。


イブリアもまた王太子妃となるべく幼い頃から殆どを王宮で過ごし、厳しい王妃の教育の元、誰にも頼らずにいつも手の甲を腫らして、子供だった彼女には重すぎるだろう責務と向き合ってきた。



そんな時彼はずっと、何も聞かずに黙ってイブリアに寄り添い、彼女が求めた時には彼女を甘やかし、挫けそうな時には叱咤しながらも傍で支えていた。


ディーリヒがいたからイブリアは 王宮で立っていられたのだ、彼が居る内は一人じゃなかった。


(それを、頼りない王太子と王妃は……)


カミルは幼稚かつ理不尽な嫉妬が原因でイブリアとカミルの親友であるディートリヒを引き離した二人を未だに許せずにる。


容姿端麗で剣術に長け、魔法の天才と言われるディートリヒに劣等感を感じていたのだろうルシアンは彼がイブリアの傍にいるのを酷く嫌がった。


だからこそ、カミルと父はイブリアが王妃の手から逃れたらすぐにまずはディートリヒを取り戻すことに尽力したのだ。


なぜならばディートリヒもまた、イブリアたった一人を必要としていたからだ。



ディートリヒにとってイブリアは唯一の大切な存在だった。


「お父上から正式に、イブリアお嬢様の護衛騎士に任命されました」


「貴方が傍に居てくれればとても心強いわ、ディート」




「私とても成長したのよ?」と自慢げに言うイブリアと、それを愛おしげに見つめながらも「僕もですよイブリアお嬢様」と談笑するディートリヒのどこか懐かしい風景を、バロウズ城の皆は少しの間微笑ましく眺めていた。



けれども、カミルはふと思い出す。

(忘れていたかったよ、全く)


もうすぐ、この国の建国祭が開かれるのだ。


魔法師に恵まれ、剣が盛んなこの国では昔からのしきたりである、武闘大会がセレモニーとして王都で開かれる。


大抵、国に仕える高位貴族は参加が必須とされており、理由なく不参加の場合には国への忠誠を問われる事となる。


何故か魔法を使える者は貴族に多く、稀に平民出身のディートリヒのような者も生まれるが殆どがそれを活かして魔法騎士団に入団し、武闘大会でその力を披露する。


優勝者には、常識的な範囲で褒賞を選べる権利が与えられる。

その為に子息達は必死に鍛錬するのだ。



「イブ、ディート……このまま籠城したい所だが、もうすぐ武闘大会の時期だ……バロウズ公爵家総出で二人を守るが、



それは、イブリアがフリーになった事を言っているのだろうとディートリヒは気付いた。


例えば「彼女の新しい婚約者に」「彼女を側妃に」とバロウズ家の権力やイブリアの能力を狙って願う者が居ないとは言い切れない。


「カミルの準備しておいてくれ」とは、「優勝しろ」という事だった。



「俺か、ディートのどちらかでいい。両方が決勝に上がった時にはディートに譲るよ」


「尽力する、カミルと久々に剣を交えるのも楽しそうだが」


「やめてくれ……」



「「私共も、精一杯頑張ります!!」」


カミルの背後でバロウズ家の騎士達が意気込んでいるのに、くすりと微笑みをこぼしたイブリアにぽうっと頬を染めて騎士達が見惚れていると、恐ろしい殺気を感じる。



「イブを褒賞に強請った者は俺に首を取られると思うんだ」


「はははっカミル、怖がっているだろ?そんな訳ないよな、お前達?」



二人の殺気立った笑顔に騎士達は震えながら否定した。


「「もちろん!純粋にお嬢様をお守りする為に尽力します!!」」


「なら、いい」

そう言って微笑んだカミルと頷くディートリヒを見てアメリアとメアリは呆れた表情で「また始まった」と思っていた。




「でも……なんだか懐かしいですねアメリアさん」

「ええそうね、近頃のお嬢様はとても安らかに見えるわ」





「イブは……大丈夫か?」

「ええ。私は平気ですお兄様。だって二人が一緒でしょう?」

「「!!」」

「もうずっと、一人だったから去年よりマシよ」


聖女セリエに勝利を捧げると宣言する当時婚約者だった筈のルシアンや幼馴染のティアードやレイに、武闘大会には何故かいつも参加しないセオドア、大抵の事には口出しをせずに傍観する国王には何か考えがあるのか、時たまイブリアの肩を持つ程度で、傍観を決め込んでいた。


近い将来の後継者として、引き継ぎの為に暫く領主代行として領地を守っていたカミルや、辺境へ送られていたディートリヒには勿論助けを求める事などできない為に一人で乗り切って来た。



(今思えばう国の観光業をやけに進めたり、辺境の警備を急に手厚くしたりと不自然なことは沢山あったけれど……)



その為に人々の痛々しい視線と、聖女と王太子の恋を妨げる悪女と言うレッテルに会場では悪役を不本意ながら担うこととなった。


(味方なんて居なかったけど、平気だった)



「けど、今年は楽しめそうね。爽快にやっつけて頂戴ふたりとも!」





しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

初恋が綺麗に終わらない

わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。 そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。 今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。 そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。 もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。 ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...