6 / 56
消えた彼女は……
しおりを挟む相変わらず賑やかな王都では、年中貴族達の噂話が散らばっている。
「イブリア・バロウズ公爵令嬢は、王太子に婚約破棄されたらしい」
そんな話題で持ちきりな王都では皆、イブリアの姿を探していた。
「うん、やはり可笑しいな。こんなにも噂になっておいて公式発表がされないなんて……」
呟くように言ったセオドアに、ティアードはハッと顔を上げた。
「セオドア、お前もそう思うか?」
「ティアード、今日は聖女様の所へ行かないのか?」
「お前こそ、近頃顔を見せていないようだが。セリエが心配していたぞ」
「俺は元々、他の女の子達と遊ぶのも忙しいからこんなもんさ」
(逆に、イブを庇ったからかセリエの方が妙に執着を見せるようになった……がこれは言わない方がいいな)
相変わらずセリエ、セリエと呪文のように五月蝿いティアードを適当に受け流すと、もう一人の友人がいつもの愛らしい笑みのまま毒吐いた。
「二人とも、とうとう可笑しくなったの~?お茶の時間にイブの話をするなんて僕のお茶がマズくなっちゃうよ……」
そう言ってからカップからお茶を苦い顔で啜るレイノルド・ノシュタイン侯爵令息、彼もまたルシアンの側近であり幼馴染だ。
そして、セリエに夢中である。
レイノルドに関しては元々イブリアとウマがあわないのか、よく意見が食い違っていたこともあり、セリエの言い分を全面的に信じ込み、イブリアをひどく非難している。
ルシアンへの忠誠から勢い余ってはよく、何事もやり過ぎてしまうレイノルドはよくイブリアに諌められていた。
"貴方の行動がそのままルシアンの評価に繋がる時もあるのよレイ"
"五月蝿いなぁ、分かってるよ!でも…っ"
"貴方の気持ちは良く分かってるつもりよ……正直スカッとしたわ"
"だろ?"
"でも駄目よ、力は弱い者の為に正しく使うのよレイ"
「……あんな事言ってた奴が、たかがか弱い女の子一人を虐めるなんてほんと笑えるよな」
「なんだ、レイノルド」
「いや、何でも」
ただ一つ、不思議な事と言えばイブリア本人が全く姿を現さない事だった。
イブリアの性格上、黙っている訳がない筈なのだが、社交会にも行きつけの店でも彼女の目撃情報は無い。
だからこそ、殆どの噂が憶測のまま飛び交っている状態で、しまいにはイブリアは婚約破棄を拒否して身を隠しているとまで言われていた。
だが、確かにティアードも、セオドアもイブリア本人から聞いたのだ。
「婚約破棄」という言葉を……そして彼女はそれを受け入れている様子だった。
(と、なればルシアンの方に何か問題が?)
セオドアはパーティーでの煮え切らないルシアンの様子を思い出して、眉を顰めた。
「ところで、イブリアは何故雲隠れしてるんだ?」
「……私が知る訳がないだろう」
「僕も、どうだっていいよそんな事」
「そうかい、じゃ……俺は失礼するよ」
サロンを出たセオドアと入れ違いでやって来たのは、ルシアンとセリエだった。
ルシアンと一言二言挨拶を交わすと二人の視線はセリエへと移る。
「セリエ!今日も可愛いね!」
「聖女の仕事、ご苦労でしたねセリエ」
「ありがとう、レイ、ティアード。……あれ、セオドアは?」
ふわりと聖女らしい微笑みを二人に向けたあと、辺りを見渡してセオドアがいない事に気づいたセリエが尋ねた。
ルシアンが苦笑しながら「遅かったようだな」と言ったが、セリエは悲しそうに「ルシアンが来るのを待ってくれればいいのに」と落ち込んだそぶりを見せた。
「まぁ、セオドアはいつもそうだろう。自由な奴だからな」
「ルシアン殿下は、少しセオドアに甘い気もしますが……」
ジトリと言ったティアードの腕をぎゅっと掴んでセリエは賛同するように首を上下に振る。
「そうですよっ、みんなで楽しみたかったです……」
潤んだ瞳を伏せて、残念そうに言うセリエの密着した身体の温もりとその表情にティアードは顔を赤くしながらも平静を装う
憂う表情で、皆で過ごす時間を大切にしたいのだと言うセリエの純粋さにきゅんと胸を掴まれた様子のレイノルド。
けれど、いつもならキラキラと光る笑顔で「セリエは優しい人だな」と真っ先にセリエの髪を撫でる筈のルシアンは何やら様子がいつもと違う。
彼の思考は、イブリアが社交会から姿を消したということでいっぱいだった。
(バロウズ家に尋ねても、イブリアに変わりはないという返事だけ……)
王太子妃に、やがては王妃になるべくして育てられた彼女の婚約が破棄になりその上に聖女を虐げる良くない噂がある以上、そうそう新しい縁談などは望めないだろう。
(他国にでも嫁ぐつもりか?)
そう考えてはなぜか苛々する自分を鎮めるように息を吐くと、自分の腰に両手を回して正面から抱きついてきたセリエを驚いて受け止めた。
「おっと、セリエ……どうした?」
聖女らしいとは彼女のことを言うのだろう、銀色の髪は艶やかで爽やかな緑色の瞳は太陽に照らされた葉のようにキラキラとしている。
慈愛を感じさせる微笑み、控えめだが耳通りのいい声を発する淡い桃色の唇。
きっと彼女に憧れない男などいないだろう。
「ルシアン、疲れているのですか?私……心配です」
「大丈夫だよ、セリエは優しい人だな」
そう言って撫でた髪は銀色の筈なのに、なぜか淡い桃色の髪と、深く吸い込まれそうな独特なピンク色の瞳の輝きが浮かんだ。
色香すら感じる意志の強い瞳が、自分にだけ柔らかく緩みただの少女のように好きだと視線で訴えかけてくる。
チェリーレッドの水々しい唇から出る言葉はいつも自分への労いの言葉で、芯のある言葉は高すぎず低すぎない柔らかく心地のよい声で、言葉少なに伝えられる。
(イブリア……)
当たり前に自分の側にいた存在は、時々疎ましいほどだったが……彼女が離れて気付く存在の大きさは心だけでなく、執務でも実感していた。
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、少し仕事が増えただけだ」
61
お気に入りに追加
4,880
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
目を閉じたら、別れてください。
篠原愛紀
恋愛
「私が目を閉じたら、別れていいよ。死んだら、別れてください」
「……無理なダイエットで貧血起こしただけで天国とか寝ぼけるやつが簡単に死ぬか、あほ」
-------------------
散々嘘を吐いた。けれど、それでも彼は別れない。
「俺は、まだ桃花が好きだよ」
どうしたら別れてくれるのだろうか。
分からなくて焦った私は嘘を吐く。
「私、――なの」
彼の目は閉じなかったので、両手で隠してお別れのキスをした。
――――
お見合い相手だった寡黙で知的な彼と、婚約中。
自分の我儘に振り回した挙句、交通事故に合う。
それは予期せず、防げなかった。
けれど彼が辛そうに自分を扱うのが悲しくて、別れを告げる。
まだ好きだという彼に大ウソを吐いて。
「嘘だったなら、別れ話も無効だ」
彼がそういのだが、――ちょっと待て。
寡黙で知的な彼は何処?
「それは、お前に惚れてもらうための嘘」
あれも嘘、これも嘘、嘘ついて、空回る恋。
それでも。
もう一度触れた手は、優しい。
「もう一度言うけど、俺は桃花が好きだよ」
ーーーーーー
性悪男×嘘つき女の、空回る恋
ーーーーーー
元銀行員ニューヨーク支社勤務
現在 神山商事不動産 本社 新事業部部長(副社長就任予定
神山進歩 29歳
×
神山商事不動産 地方事務所 事務員
都築 桃花 27歳
ーーーーーー

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!

初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる