元カレの今カノは聖女様

abang

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消えた彼女は……

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相変わらず賑やかな王都では、年中貴族達の噂話が散らばっている。


「イブリア・バロウズ公爵令嬢は、王太子に婚約破棄されたらしい」


そんな話題で持ちきりな王都では皆、イブリアの姿を探していた。





「うん、やはり可笑しいな。こんなにも噂になっておいて公式発表がされないなんて……」



呟くように言ったセオドアに、ティアードはハッと顔を上げた。



「セオドア、お前もそう思うか?」


「ティアード、今日は聖女様の所へ行かないのか?」


「お前こそ、近頃顔を見せていないようだが。セリエが心配していたぞ」


「俺は元々、他の女の子達と遊ぶのも忙しいからこんなもんさ」



(逆に、イブを庇ったからかセリエの方が妙に執着を見せるようになった……がこれは言わない方がいいな)



相変わらずセリエ、セリエと呪文のように五月蝿いティアードを適当に受け流すと、もう一人の友人がいつもの愛らしい笑みのまま毒吐いた。



「二人とも、とうとう可笑しくなったの~?お茶の時間にイブの話をするなんて僕のお茶がマズくなっちゃうよ……」



そう言ってからカップからお茶を苦い顔で啜るレイノルド・ノシュタイン侯爵令息、彼もまたルシアンの側近であり幼馴染だ。


そして、セリエに夢中である。


レイノルドに関しては元々イブリアとウマがあわないのか、よく意見が食い違っていたこともあり、セリエの言い分を全面的に信じ込み、イブリアをひどく非難している。


ルシアンへの忠誠から勢い余ってはよく、何事もやり過ぎてしまうレイノルドはよくイブリアに諌められていた。


"貴方の行動がそのままルシアンの評価に繋がる時もあるのよレイ"

"五月蝿いなぁ、分かってるよ!でも…っ"

"貴方の気持ちは良く分かってるつもりよ……正直スカッとしたわ"

"だろ?"

"でも駄目よ、力は弱い者の為に正しく使うのよレイ"




「……あんな事言ってた奴が、たかがか弱い女の子一人を虐めるなんてほんと笑えるよな」


「なんだ、レイノルド」


「いや、何でも」


ただ一つ、不思議な事と言えばイブリア本人が全く姿を現さない事だった。


イブリアの性格上、黙っている訳がない筈なのだが、社交会にも行きつけの店でも彼女の目撃情報は無い。


だからこそ、殆どの噂がのまま飛び交っている状態で、しまいにはイブリアは婚約破棄を拒否して身を隠しているとまで言われていた。





だが、確かにティアードも、セオドアもイブリア本人から聞いたのだ。

「婚約破棄」という言葉を……そして彼女はそれを受け入れている様子だった。



(と、なればルシアンの方に何か問題が?)


セオドアはパーティーでの煮え切らないルシアンの様子を思い出して、眉を顰めた。



「ところで、イブリアは何故雲隠れしてるんだ?」



「……私が知る訳がないだろう」

「僕も、どうだっていいよそんな事」



「そうかい、じゃ……俺は失礼するよ」




サロンを出たセオドアと入れ違いでやって来たのは、ルシアンとセリエだった。

ルシアンと一言二言挨拶を交わすと二人の視線はセリエへと移る。



「セリエ!今日も可愛いね!」


「聖女の仕事、ご苦労でしたねセリエ」


「ありがとう、レイ、ティアード。……あれ、セオドアは?」


ふわりと聖女らしい微笑みを二人に向けたあと、辺りを見渡してセオドアがいない事に気づいたセリエが尋ねた。


ルシアンが苦笑しながら「遅かったようだな」と言ったが、セリエは悲しそうに「ルシアンが来るのを待ってくれればいいのに」と落ち込んだそぶりを見せた。



「まぁ、セオドアはいつもそうだろう。自由な奴だからな」


「ルシアン殿下は、少しセオドアに甘い気もしますが……」


ジトリと言ったティアードの腕をぎゅっと掴んでセリエは賛同するように首を上下に振る。


「そうですよっ、みんなで楽しみたかったです……」



潤んだ瞳を伏せて、残念そうに言うセリエの密着した身体の温もりとその表情にティアードは顔を赤くしながらも平静を装う


憂う表情で、皆で過ごす時間を大切にしたいのだと言うセリエの純粋さにきゅんと胸を掴まれた様子のレイノルド。


けれど、いつもならキラキラと光る笑顔で「セリエは優しい人だな」と真っ先にセリエの髪を撫でる筈のルシアンは何やら様子がいつもと違う。


彼の思考は、姿ということでいっぱいだった。



(バロウズ家に尋ねても、イブリアに変わりはないという返事だけ……)


王太子妃に、やがては王妃になるべくして育てられた彼女の婚約が破棄になりその上に聖女を虐げる良くない噂がある以上、そうそう新しい縁談などは望めないだろう。


(他国にでも嫁ぐつもりか?)



そう考えてはなぜか苛々する自分を鎮めるように息を吐くと、自分の腰に両手を回して正面から抱きついてきたセリエを驚いて受け止めた。


「おっと、セリエ……どうした?」


聖女らしいとは彼女のことを言うのだろう、銀色の髪は艶やかで爽やかな緑色の瞳は太陽に照らされた葉のようにキラキラとしている。

慈愛を感じさせる微笑み、控えめだが耳通りのいい声を発する淡い桃色の唇。


きっと彼女に憧れない男などいないだろう。




「ルシアン、疲れているのですか?私……心配です」


「大丈夫だよ、セリエは優しい人だな」


そう言って撫でた髪は銀色の筈なのに、なぜか淡い桃色の髪と、深く吸い込まれそうな独特なピンク色の瞳の輝きが浮かんだ。


色香すら感じる意志の強い瞳が、自分にだけ柔らかく緩みただの少女のように好きだと視線で訴えかけてくる。

チェリーレッドの水々しい唇から出る言葉はいつも自分への労いの言葉で、芯のある言葉は高すぎず低すぎない柔らかく心地のよい声で、言葉少なに伝えられる。


(イブリア……)

当たり前に自分の側にいた存在は、時々疎ましいほどだったが……彼女が離れて気付く存在の大きさは心だけでなく、執務でも実感していた。




「本当に大丈夫ですか?」



「あぁ、少し仕事が増えただけだ」
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