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危険な男に注意
しおりを挟む「セリエ……って、えっ?」
本当に偶然だった。
セリエは自分で転んだように見えた。
純粋な癖に誘惑が上手くて、天然なのかすぐに赤くなる彼女は他の貴族令嬢達のようなにお高くとまらず付き合いやすい。
可愛くてセクシーな女性は好きだ。
純粋なら尚良し。
見た目だけでいうと幼馴染であるイブリアはかなりタイプだが、ルシアンの婚約者である上に、近頃はセリエの魅力に嫉妬し醜い心を晒していると滅法噂立っていた。
勿論、全てを信じているわけではないがイブリアがルシアンを死ぬほど愛しているのは知っているし、あんなに慈悲深い聖女がわざわざイブリアを貶める訳が無いし女のイザコザに巻き込まれるのは御免だと考えていた………が
ついさっきだ。
「セリエ、大丈夫か?」
「大丈夫ですっ……きっとワザとじゃありません!イブリア様をお許しになってくださいルシアン様っ」
床に泣きながら座り込むセリエは確かに自分で転んだ。
すれ違うイブリアが、何故か妙に余所余所しくルシアンに頭を下げて挨拶すると通りすぎるタイミングでセリエが転んだのだ。
軽く目を見開いたイブリアの表情は幼い時によく悪戯した時に見たものと同じで、思い出す。俺の初恋は彼女だった。
(好きな子ほど苛めたくなるってね、今はしないけど)
そういえば、イブリアが直接ルシアンやセリエに指摘したり文句を言っている所を直接見た者などいるのだろうか?
どう考えても殆どの時間を俺たちの誰かと過ごすセリエと出来るだけ多くの授業を取って忙しいイブリアの接点は無いに等しいと言うのに……
別にイブリアを避けていたわけでも無かったが、何故か幼馴染と呼べる俺たちの間で彼女が避けられ、彼女もまた俺たちを避けているのは気付いていた。
(あーなるほどねぇ、中々凄い女だったって事?聖女サマは……)
悪い女も嫌いじゃないが……幼馴染が目の前で貶められていると言うのに、無視するのは後味が悪いと思った。
(ましてや、初恋の子だしなぁ)
「イブリア、何故セリエにこんな事をするんだ!?」
「ルシアン様っ私なら大丈夫です……っ」
すっかりと皆の視線を集める聖女セリエと通称嫉妬狂いの悪女イブリア。
けれども嫉妬というよりはまるで、冷ややかな視線の彼女は面倒そうに扇子を顔の前で開くとルシアンに質問を返した。
「何故、私がそのような事をするのでしょう殿下」
「それは……君が、婚約者である私のエスコートを受けたセリエに嫉妬して……」
「元婚約者ですわ、殿下」
(へぇ)
堂々と言ったイブリアの発言に皆が驚き、無礼にも「やっぱりか」と騒ぎ立てるがそれ程までに彼女の評判は悪く、悪意の篭る好奇の視線がイブリアを囲んだ。
「ルシアン、セリエ……」
「セオドア様っ……」
セリエが潤んだ瞳で見上げると、にっこりと微笑んでからルシアンに伝える。
「初めから見てたけど、セリエはイブのドレスの裾に引っかかって自ら転んでしまったようだよ、だから本当に事故なんだ、ね?セリエ」
「えっ……そういえば、そうかも知れませんっ!」
まるで、セリエを立てながらもイブリアを庇うようなセオドアの様子を無表情で見るイブリアはセオドアを怪訝に思ったがそんな事少しも気にしない様子でイブリアの肩を引き寄せて耳元で尋ねた。
「ねぇ、本当にお前達……婚約破棄したの?」
「うちからは署名を送ってあるわ、その筈よ」
(だから何よ、テディは腹黒いから気をつけなくちゃ)
セリエに構っていた筈のテディことセオドアは何故かイブリアの肩を抱き、悠々とした様子で「ね?事故だったろ?」と言っている。
「セオドア公子、離して下さい」
「やだなぁ……イブ、お前だけが呼ぶ俺の愛称があっただろう」
セオドアは取り巻きと言うよりも遊び人なのだ。
珍しいタイプの令嬢であるセリエに興味を持ってはいたが決して本気で愛している訳ではなかった。
よってセリエが考えているよりも、セオドアがセリエを庇ったり、大丈夫かと騒ぎ立てる様子が無くても当たり前なのだが気に入らないのか唇を噛み締めてイブリアを恨めしそうに見上げた。
けれどもイブリアにとっても側からみてもセオドアもまたセリエの取り巻きに過ぎず、久々に会った疎遠の幼馴染である彼がイブリアに突然構う理由が分からずかえって恐怖だった。
「セオドア……、何をしているんだっ?」
「そ、そうですイブリア様は……」
「もう、誰の婚約者でもないんだろう?」
「はっ?」
(しまった!思わず本音がでちゃったわ!何言ってるのコイツ)
「じゃあただの幼馴染と肩を組むくらいいいだろ」
(はぁ……更にややこしいことになったわ)
「だが、イブリアは私の……」
「ルシアンの元婚約者だよね?セリエ足は大丈夫?」
「ーっ、医務室へ行こうセリエ」
調子に乗って肩を引き寄せたままのセオドアの足先を少し強めに踏むと、
「一応、礼は言っておくわテディ」
と、少しだけ微笑んでから足早に去るイブリアをぼうっと見つめる事しか出来なかった。
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