1 / 56
別れてほしい王子様
しおりを挟む「イブリア……私と別れてほしい」
全然申し訳無さそうにしない、目の前の男は私がこの間まで愛してやまなかったルシアン・ランベールで王太子でもある。
「理由をお伺いしても……?」
「聖女が……セリエが気になるんだ。純粋な彼女を放っておけない」
(幼い頃から婚約者として過ごした私達がこんなにあっさりとした別れをするなんてね……)
「これ以上このような気持ちのままそなたと共に居る事は失礼だと……」
「分かりました。ですがこれは私一人で決められません……家に持ち帰っても宜しいでしょうか?」
言い訳がましい言葉をこれ以上聞いていられずに、半ば遮るように答えたイブリアに少しだけ傷ついたような表情をするルシアンに苛立った。
(なんでそっちがそんな顔をするのよ)
「ああ、勿論だ。国の決めた婚約だからな……イブリアの気持ちを聞きたかっただけだ」
(なら、愛しているから嫌だと言えば取りやめるのかしら?)
「おかしな事を言うのね、選択肢なんて無いじゃありませんか」
「イブリア、怒っているのか?やはり嫉妬でセリエを虐げたのは君だったのか……!?」
「はぁ……私が手を下すならばそんな生温い事をすると思いますか?これ以上お話がなければ失礼致しますわ」
呆れた様子でそう言ったセリエに、ハッとしたルシアンは「すまない」とイブリアの背中に呟いた。
「イブリア様……、王妃様がお呼びです」
慣れた王宮の廊下で私を引き止めたのは王妃付き侍女長のマーサで彼女は王宮で厳しい王太子妃教育、そして王妃教育を受ける私に優しくしてくれた人だ。
彼女の悲しそうな表情から今から起きる良くない事が予測出来たが、そのよくない事はどのレベルで良くないことなのかが重要だった。
(婚約破棄だけならば、寧ろまだ今の段階で喜ぶべき所よね)
もし、聖女には別の仕事があるから今からでは王妃教育が間に合わないなどと言われて側妃にでもなれと言われてしまえばこの先待つのは地獄。
そうならない為には一度王命で成立した婚約を白紙にする必要があった。
そうして、さっさと領地に引っ込めば冷遇されながら公務の為だけに在る愛されぬ側妃などという結婚からは遠ざかる事ができるだろう。
イブリア達の母親である妻を早くに亡くした父と、兄はイブリアを溺愛しており家に帰った所で手放しで喜んでくれるだろう。
そう考えてている内に、王妃の部屋の近くまで来ており侍女は立ち止まってひっそりと小さな声でイブリアに伝えた。
「イブリア様、例え殿下を愛されていても、どうか王宮からお逃げ下さい」
マーサも同じことを考えていたのだろう、イブリアが泣いて縋ると思っているだろう王妃は、それならば……と公務の為に側妃になる案を出すだろう。
そうなる前に、身を引くのが今イブリアにとって一番良い策なのだと言いたいのだとすぐに分かった。
「マーサ、大丈夫よ。ありがとう……貴女が居てとても救われていたわ」
「……お元気で」
「ええ。どうか無礼に振る舞う今からの私を許してね」
「ふふっ、理解しておりますよ。いってらっしゃいまし」
温かい彼女に見送られて、開けた扉の向こうに豪華なティーセットを広げて座る王妃は優雅で、高圧的だった。
「王妃殿下にご挨拶を申し上げます」
「あぁ、座らなくていいわ。そのまま聞いて頂戴」
(いくらなんでも無礼すぎるわ……)
「ご用件は?」
「あら、あれ程厳しくしたのに礼節を忘れたの?」
「それは王妃殿下にも言える事だと思いますが」
「……っ貴女!まぁいいわ。ルシアンと別れて頂戴」
「……」
決して、ショックで黙り込んだ訳では無かった。
慰謝料は請求できるのだろうか?彼方の有責で別れて貰えるのだろうか?と損益の計算をしていただけだったが、王妃は勝ち誇ったようにわらった。
「そちらのご実家にもお伝えしてあるわ。イブリアの心に任せると仰っていたわ」
「そうですか……」
「これを受け取って頂戴、手切れ金よ。それでもうあの子達には近づかないで。嫉妬に狂う令嬢なんて見苦しいわよ、聖女の方がよほど妃に相応しいわね……」
「分かりました。ではお受け取り致します」
(えらく奮発したわね!それほど嫌われていると言う事かしら)
「……えっ!?」
(お金は余る程ある筈……プライドが傷ついて断ると思ったのに……)
「何か?」
「あ、貴女ルシアンを愛しているんじゃないの!?」
「そうでしたが……先程ほど、殿下から他の方を想う気持ちを打ち明けられたばかりですので、さほど驚きません」
(一度も驚く訳ないですよ王妃様……皆が公認中の浮気なので……)
「……勝手になさい!二度と顔を見せないで!」
「仰せのままに。今までありがとうございました」
そう言って清々しいといわんばかりに微笑んだイブリアをポカンと眺めるしかできない王妃は珍しく感情を丸々に出してイブリアに投げつけるように声を荒げた。
「嫉妬などに振り回されて……台無しにするなんて!!貴女に期待していた私が馬鹿だったわっ」
「嫉妬などする理由がありません。元々殿下は私を愛しておりません故……お元気で、お身体にはお気をつけて下さいね」
(いくら厳しかったとはいえ、急に嫌えないわよねぇ)
61
お気に入りに追加
4,880
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
目を閉じたら、別れてください。
篠原愛紀
恋愛
「私が目を閉じたら、別れていいよ。死んだら、別れてください」
「……無理なダイエットで貧血起こしただけで天国とか寝ぼけるやつが簡単に死ぬか、あほ」
-------------------
散々嘘を吐いた。けれど、それでも彼は別れない。
「俺は、まだ桃花が好きだよ」
どうしたら別れてくれるのだろうか。
分からなくて焦った私は嘘を吐く。
「私、――なの」
彼の目は閉じなかったので、両手で隠してお別れのキスをした。
――――
お見合い相手だった寡黙で知的な彼と、婚約中。
自分の我儘に振り回した挙句、交通事故に合う。
それは予期せず、防げなかった。
けれど彼が辛そうに自分を扱うのが悲しくて、別れを告げる。
まだ好きだという彼に大ウソを吐いて。
「嘘だったなら、別れ話も無効だ」
彼がそういのだが、――ちょっと待て。
寡黙で知的な彼は何処?
「それは、お前に惚れてもらうための嘘」
あれも嘘、これも嘘、嘘ついて、空回る恋。
それでも。
もう一度触れた手は、優しい。
「もう一度言うけど、俺は桃花が好きだよ」
ーーーーーー
性悪男×嘘つき女の、空回る恋
ーーーーーー
元銀行員ニューヨーク支社勤務
現在 神山商事不動産 本社 新事業部部長(副社長就任予定
神山進歩 29歳
×
神山商事不動産 地方事務所 事務員
都築 桃花 27歳
ーーーーーー

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!

初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる