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神出鬼没の王太子
しおりを挟むフレイヤは近頃非常に困っている。
行く場所、行く所に現れる王太子にだ。
左右前後を確認して、お気に入りの菓子店から出て馬車に乗ったフレイヤは思わずその目を疑った。
間違いなく自分の馬車に乗ったのだ。
「きっと、疲れているんだわ……幻覚が見えるなんて」
「幻覚だなんて、心外だなぁ」
「……どなたですか」
「知ってる癖に、こんな所で会うなんて奇遇だねフレイヤ嬢」
「馬車に乗り込んでおいて奇遇とは、殿下もどうやらどうかされたようですね……頭が」
「キミのおかげで、どうにかなりそうだ。ほんとに笑顔が可愛い」
「ありがとうございます、お礼にこの馬車を差し上げますわ」
そう言って笑顔のまま馬車から降りようとするフレイヤの手首を慌てて掴んだルディウスは観念したように「悪かったよ」と怒られた仔犬のように縮こまった。
「どこに行っても現れますね、暇なのでしょうか?」
「俺が有能すぎて暇を持て余してるのは有名だが」
「……」
「冗談です」
「王城までお送りしますので、大人しくしていて下さい」
フレイヤの冷ややかな視線に「うっ」とたじろぎながらも近頃すっかり王太子がアメノーズ公爵令嬢に夢中だと噂になっている事を本人に伝えると、興味がなさそうに「へぇ」とだけ返事が返ってきた。
(頬を染める事もしないなんて……)
軽く落ち込んでいるルディウスが何故落ち込んでいるのかは分からなかったが可哀想に思えたフレイヤはえらく大きな紙袋からマカロンの箱を一つ取り出すと「差し上げます」と微笑んだ。
「好物をくれるなんて……!まさかキミも俺の事を……」
感動したように顔を上げて盛大な勘違いをするルディウスの目の前にとても大きな紙袋を見せて微笑んだフレイヤ。
「沢山ありますので」
袋を開いて見せるそのマカロンの量は一人の令嬢が食べるとは思えないほど大量でルディウスは思わず言葉を失った。
(多すぎない?)
「全部キミが食べるの?」
「ええ、そうです」
「そう……」
馬車が道の石に躓いて、ガタンと跳ねると「あっ」と声を上げたフレイヤを受け止めようと両手を広げて準備したルディウスの胸に飛び込んできたのは、
フレイヤではなく大きな紙袋だった。
「まぁ、割れずに済みました。ありがとうございます殿下」
「はは……どういたしまして」
(てっきり彼女がふらついたのかと思ったのに……)
それでも、嬉しそうに微笑み礼を言うフレイヤがあまりにも可愛くて彼女の好物を受け止めて良かったと思ってしまうルディウスだった。
(ん…?)
「キミは、平気だったの?」
「ええ。鍛えておりますので……」
ぽっと頬をそめて恥じらいながら言うフレイヤに、
(そこで赤くなるんかいー!)
というルディウスの心の声は届かなかった。
「お、俺にもその顔して欲しい」
「えっどの顔ですか?こう?」
「そんな顔見たことなかった」
口をすぼませて目線を他所に向けた、妙な顔を披露したフレイヤに期待して顔を上げてからルディウスはすんと期待の表情を消した。
「えーどんな顔でしょうか。殿下はほんと変わった人ですね」
(キミがな)
「そうかな……」
「あ、着いたらしいですよ。ではご機嫌よう」
「待って待って!早いよフレイヤ!」
「……」
「えっ、あっ、ごめん勝手に……つい呼んじゃった」
「いえ、構いません」
「ーっ!ほんとに?」
「殿下の方が身分が上なのに確認を取る必要はありませんよ!」
「あー……なるほど」
(もっと、照れたりはにかんだりの反応期待したんだけどな)
「では、私もルディウス殿下とお呼びしてもいいですか?」
「いや!キミさえよければ、是非ルディと呼んで欲しい」
「ルディ様……?」
ぼっと火が出るように真っ赤になったルディウスを不思議そうに見てから、
「病気かしら」
と心配そうに呟いたフレイヤの言葉に我に返ったルディウスだった。
(俺が赤くなってしまった……)
「あの、平気なら早く降りて頂けますか?」
「あ……すまない」
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