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神の遊び場

なんて名前は伊達じゃない。

美しい海、真っ白な砂浜は足触りが良くて柔らかいし、珍しい植物は手入れされていて景観も良い。


それに何よりも……


「エレノア」

「シドが眩しいわ」

「ふはっ、突然なにを?」


恨めしげにシドを睨む、髪も、瞳も、全てがキラキラして見えるこの神々しい彼が自分の夫なのだと思うと不思議な気分だ。


こんなにも優しく握られている手なのに、ずっと離れないという安心感すらあって、この先どんなに忙しい日々になっても私はきっと今日のこの光景を忘れないだろう。そう思った。



「連れて来てくれてありがとう」

「此方こそ、一緒に来てくれてありがとう」


額をくっつけて笑い合うこの海辺の邸には二人きりだ。

島ごと警護されていて、海を渡らねば誰もこの場所には辿り着く事のできないシドの所有する美しい島。


今この瞬間、この内海は最も安全な場所とも言えよう。


許す限りの休暇を過ごすつもりの二人は、真っ白な砂浜とキラキラと輝く海以外は何もない景色を眺めながら肩を寄りそわせ、潮の香りを感じた。


「こうやって、何もしないのは初めてね」

「互いに忙しい立場だったからな……」

「でも、子供の頃は何度か二人で隠れて休んだわよね」

「あぁ、あったな……ははっ!」


なんとなく寝転がると、シドも同じように身体を倒す。


互いになんとなく顔を見合わせてしまってあまりの近さに赤面する。

「「!!」」

シドの瞳の奥に熱が篭って、長い指が私の横髪を流して耳に掛けるとそのまま視界がシドでいっぱいになった。

初めは柔らかく、触れるだけの口付け、だんだんと深くなって私の全てを貪るような口付けに息継ぎが出来なくてシドの服をぎゅっと握る。


「シド……外でこんな事……っ」

「大丈夫、私たちしか居ない」

いつもと違う、シドの色気を含んだ声と熱い瞳、それに私は最近知ってしまっていた。

シドが「ずっと、長い間待ってた。エレノアを」と溢していた事を。幼馴染としてずっと我慢してくれていたのだと思うとそれすらも愛おしくて、今度はシドの上に乗り上げて私から口付けた。


真っ赤になって狼狽えるシドが珍しくてぽかんとしていると視界がぐるりとまわって恨めしそうなシドが私を見下ろしている。



美しい背景といつもより軽装なのにキラキラしてみえるシドが眩しくて目を細め、あまりの心臓の高鳴りにくらくらした。




「シドが好き」

「この状況で煽らないでくれ」

「それでも、好き」

「覚悟は?」

「もう、とっくにしてるわ」


素早く起き上がって私を横抱きにするシドにくすくすと笑う。

私の為に改装したのだと言う邸は大きくはないけれど素敵で、ふかふかのベッドに二人で沈んで、実感した。



「こんなにも幸せでいいのかしら」

「その権利は十分にある」

「私にも?」

「ああ、勿論私にも、エレノアにも……」

「シドはちゃんと幸せ?」

「勿論だよ。……もう黙って」

「ん……っ」



まるで底のない海だ。


広くて深い彼の海に捕らわれてしまった錯覚をする。

感じた事のない幸福感と、初めての感覚といっしょに込み上げる不安。

シドがやけに大人の男に思えて、途端に不安でしがみついてシドを感じた。


私が今、シドのことで頭と心がいっぱいなように

シドもまた同じであればいいのに、なんてまるで独占欲のようなことを考えたのは初めてのことだった。


「シド、私変よ」

「大丈夫、美しいよ」

「貴方を独り占めしたいって思ってる」

「!」


驚いたシドの表情にやっぱりおかしい事なのかと、ざわりと胸が気持ち悪くなる。


「良かった」

「……え?」

「エレノアはそういう事、考えないのかと思ってた」

「私、初めて思ったの。ずっと考える訳じゃ……っ」

「嬉しい」

「……嬉しい?」


私を見下ろしたシドがまるで懇願するような目をして、それなのに本当に心底嬉しそうに笑う。


「私はもうずっと、エレノアを独り占めしたいと思ってる」

「ーっ、シド」

「一緒に……っ」



あまりにも幸せな新婚旅行は、三日も滞在期間を伸ばして後で叱られることになる……


「シド、まずかったんじゃ……」

「たまには静かな所で二人きりがいい」

「ふっ!」
「ふふっ!」


が、そんな事はまだ二人は知らない……








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