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しおりを挟むアッシュがあれほどの行動力を発揮するとは思いもしなかった。
彼を完璧に壊して、計りかねていた彼の利用価値にきちんと値段をつけたつもりだった。
要は舐めていたのだ。あの執着心と異様なまでの被害者意識を。
自らがエレノアに間接的にでも触れたい、近づきたいが為の欲で手に入れたエレノアの危険因子を完璧に潰して、彼女の今の幸せを友人として見守り、彼女を愛でるつもりだった。
アッシュの穢らわしい脚だけが残る部屋と不意打ちだったのか、舐めて居眠りでもしていたのか殺された見張りの者を見た瞬間にエレノアの顔が浮かんで慌ててアッシュの血の跡を追った。
王宮からの遣いはすぐに来て、着の身着のままでその馬車に乗り込んだがもう一つ、私は舐めていた。想像もしていなかったシド王太子の恐ろしい目と凍てつく雰囲気に一瞬、足がすくんだが先ずはエレノアを守らないと、
そう言って王太子から視線を外した途端に見えた、見知った人物。何かに追われて居るのか慌てた様子で走り去った。
「あれは、エレノアの侍女……!」
「彼女を追うぞ!」
生まれて初めて、怖いと思った。
初めて出来た好きな人で友人であるエレノアを失うかもしれない恐怖、少し前を走る王太子の黒々しい何か。
この後、罰されたとしても先ずは見た目よりきっと頭に血が昇っているだろう王太子が今から起こすであろう残虐なワンシーンをエレノアの目に焼き付けないことが、せめて今出来る事だ。
走り慣れていない足の裏が擦れるのも気にせずに、煩わしいハイヒールを脱ぎ捨てて裸足で走った。
そうでもしないとこの男に追いつけ無かったからだ。
(ごめんなさい、エレノア……っ)
結果的に間に合ったものの、チラリとアッシュだったものに成り下がった彼を見て気付いた。
(同情と、同族嫌悪ーーを、私はアッシュに感じていたのかも)
好いたものにも、嫌ったものにも強く執着するこの性格を私は受け入れてコントロールしていると自負していたし、楽しんでもいると思っていたが何処かで普通ではない自分に嫌悪していた部分があったのかもしれない。
結果的に言えば、国と、王宮への出入りの制限、物損の賠償以外の罰を受けることは無かった。
それも全てエレノアの計らいだと知って思わず泣き崩れたのを迎えに来たお母様はひどく狼狽えた様子で見ていた。
そして想像していたよりもエレノアは強い人で、平民としてだが過去には婚約者だったアッシュをきちんと簡易的な火葬で処理して彼の両親を探し出し、理不尽な罵倒にもただ伏目がちに耐えていた。
結局、これ以上エレノアに思い出させない為に彼の両親はリーテンで囚人として永遠に投獄することになったが彼の母は相当プライドの高い女性だったようで、輸送中見張りの兵に受けた扱いに耐えきれず舌を噛み切って自害したらしい。
(馬鹿な人……)
二人は初夜のしきり直しの為に、新婚旅行で王太子の個人所有の領地である「神の遊び場」なんて喩えられるほど美しい、彼の許可無しでは何人たりとも入れない島に行くのだとエレノアが教えてくれた。
(まだ、友達だと言ってくれるのね……)
彼女は一度も私を責めないが、一度もアッシュのことには触れない。
「忘れる」とだけ言ったエレノアの意思を尊重するようにと王太子にも念を押されて居る為にこの罪悪感は戒めとして持っているつもりだ。
「アイリーン、その……、調子はどう?」
「お母様、平気よ。気を遣わないで」
「王太子妃殿下が寛大で良かったわ……」
「ええ、私エレノアの為なら何だってするわ」
「……私達は娘の為なら何だってするのよ。だから今後はきちんとそれを理解して行動なさい」
「はい、お母様」
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