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アイリーン公爵令嬢からの唐突な手紙には驚いたが、どうやらエレノアは嬉しそうに見えた。


クレイブン侯爵家に居た頃は多忙で個人的な付き合いをする令嬢や夫人は居なかったらしく「友達が出来るかもしれない」と何処か浮き足立っている。

心配もあるがそれがまた可愛い。


「招待しても良いかしら……?」

「勿論、エレノアのしたいようにしていい」


王宮の者達は伝えずとも皆エレノアを王太子妃として扱ってくれている。元より私の片想いは皆が知っていたようだったし、どの道結婚するのだから同じことだろう。

エレノアの為に温室を用意させて、後は彼女に任せておく事にした。きっとエレノアならば手助けせずとも素晴らしい場を設けるだろうから。


その数日後だった、仕事が早いと驚きながらもエレノアに呼ばれて準備された温室を見に行くとアイリーン嬢は噂とは違い寸分も遅れることもなくその場に現れたのだった。


そしてあろう事か、エレノアに頬を染め私に鋭い視線を送るのだ。瞬時に理解した、彼女の妙な行動の数々を……


(まさかな)


「私は挨拶だけ……失礼するよエレノア」

「ありがとうシド、また後で」


アイリーンが会いに行きたいと手紙を送ってから数日、二人だけど茶会を開くと返事を貰ってからさらに数日、待ち遠しかった。

そしてこの目の前の美しい男、シド・ラルジュは私の最大のライバルだった男……と、言ってもエレノアさんにこんな幼馴染がいるなんて誰も知らなかっただろう。


(見目なら私だって負けて無いわね)

(この令嬢は、エレノアが好きなのか?)


品行方正、クールなイメージの噂とは違って感じる黒々しい雰囲気。王太子は腹黒いタイプなのだろうか、まぁでも凛とした雰囲気とはギャップのある天然で純粋なエレノアを守るのはこれくらいの男じゃないと……後は同じくらい賢い人間……

品定めするような視線を感じ取ったのか、遮るように王太子が声をかけてその場を後にする。


(はっ、余裕ってワケね)


「どうそ、楽しんで行って下さい」

「ええ、そうしますわ」


通り過ぎ様にすれ違って火花が散る。


気付いていないのだろうエレノアはふわりと微笑んで、そろそろお茶にしようと提案した。


「喜んで」

「今日は私が淹れますね」

「~~~っ!……嬉しいですわ!」


ひとしきり形式上の挨拶の会話をした後、伏し目がちなエレノアはとある質問をして来た。


「どうして私と、友達に……?」

「貴女しか居ないと思ったの」

「私しか……、そんな、光栄ですが理由が……」
 

嬉しそうなのに、不安そうなそんなエレノアの揺れる瞳が愛おしくて内心で悶えるも平然を装った。



控えめな言動なのに、凛とした容姿と整った顔立ちの所為でキツく見えるエレノアの伸びた背筋も、洗練された所作も全てが好きだ。


あの髪も、純粋無垢なのにちゃんと成熟した身体も、何よりもあの意志の強さを感じる瞳が好きで仕方がない。



控えめな物言いだが、エレノアは絶対的強者だと感じた。

上に立つ者の資質をきちんと持っていてそれをひけらかさない奥ゆかしさがあるのだ……


(あの唇だって欲しいわ……)


「アイリーン様?……どうかなさいましたか?」


「あ……貴女があまりにも美しいものだからつい」


「ふふ、まるで口説き文句ですね」


「そうかもしれないわよ?」


「ふふふ、そうですね」


まさか私が喉から手が出るほど、エレノアを欲しいと思ってるいる事など想像もできないのだろう彼女は冗談だと受け取ったのか、楽しそうに笑っている。



「あの……、彼で良かったのですか?」


唐突に考え込むようにポツリとエレノアがこぼした言葉に驚く。


「心配、してくれているの?」


「アッシュは、あまり良い夫ではなかったので」


「私のことを知ってるのよね?」


「噂はあてにならないし、貴女だって傷つく心があります。彼らはそういうのを簡単に踏みにじる人だから」


(ああ、これだ。どこまでも真っ直ぐで純粋)


リーテン国の社交会でもそうだった。

服装、思考、恋愛、食事、多くのものの価値観がアイリーンは人とは違っていてそのギャップには酷く苦しんだ。

両親は優しかったが、社交会はそうではなかった。
媚びへつらい、尻尾を振る癖に陰では皆揃って悪口や悪評を言いふらし醜い表情で笑った。全員罰してやろうかとも思った。


そんな時に現れたのは、パートナーがろくでなしな所為で悪評を付けられたエレノアだった。


「あ、あらエレノア夫人……」

「貴女もそう思いますでしょ?アイリーン様って」


階段を降り切ることもしない傲慢な態度、彼女にしては珍しいと思った。けれどエレノアは笑った。


「そう言う話はヒマな人がする話では?」


「「「「はぁ!?」」」」


「羨ましいなら、真似をして見ればいいでしょう」


あくま純粋な笑顔、その言葉は揶揄ではなく本心なのだろう。
けれど圧倒的にその容姿と身分の使い方を分かっている態度、反論させない正統さ。

結果、疎まれ孤立するものの彼女は最後まで背中を伸ばし続けた。


あの頃から私はずっとエレノアさんが欲しかった。





「エレノアさんは踏みにじらないでしょう?」

「へ……勿論ですが……?」

「貴女が友達になってくれたら私、もっと幸せなんだけど……だめかしら?」


「!」

嬉しそうに頬を染めている癖に、正しく茶を啜る冷静な所作。

そのアンバランスさが好き。

でもまぁ、あの王太子は煩そうだからね……

(まずは、お友達で)


「私で良ければ、是非、と……友達になりたいです!」



(ああ可愛い)


「じゃあもっと、沢山お話ししましょう?」








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