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「井戸……?」


井戸というには前衛的な透明の筒状の何か。

人が二人ほど立てる程度の直径で縦はそれなりに深い。


そこの真ん中にぽつりと突出した輪っかのようなものにシャリシャリと無機質な音を立てて鎖が繋がれる。


その鎖のもう片方は、セレンの両足の枷に繋がっており両手の枷の鎖を垂らして少しずつ中央に降ろされたセレンはまるで見せ物のように透明な筒状の中に閉じ込められていた。



「シド、一体何が起きるの……?」


「目には目をと言うわけじゃないけど……目を逸らしておいた方がいい。態々見届けてやる必要もないんだから」



「言い残す事は?」


執行人がまるで意味のない言葉のように淡々と問いかけると、セレンはカッと目を見開いてアッシュを見た。


「アッシュ……!アッシュ……!一緒に来てよ、ひとりにしないでよぉ!!!許さない、許さないからぁ!!!!」



「セレンッ……っひ、や、僕は……っ」

「みっとも無いわね。落ち着きなさい」


そう言ったアイリーンは過呼吸になっているアッシュに深く口付けてセレンの方を見て笑ったーー


「許さないから……ッ!!はッ……!そうだ、エレノア……!」


思い出したように見渡すと国王夫妻の席の一段下、守るように肩を抱いたシドと表情の読み取れないエレノアが見えた。

艶やかな肌、美しい髪、アイリーンと口付けた瞬間、アッシュが真っ先に気にして向けた視線を辿って見つけたエレノアの姿はあまりにも完璧で自分とは真逆にも見えた。


王太子という肩書きの美しい恋人に大事そうにされて、アッシュからは切なげで悩ましい瞳を向けられる。

何故か代わりに仇でも打つかのように挑戦的なアイリーンだって気に食わないが、皆に大切にされて愛されるエレノアが一番気に食わない。



(ずっと見下してたのに!情けない妻だって……!)


「私の方が、愛されてたのに!!!!」




セレンがエレノアにそう叫ぶなり、シドが片手を挙げる。

それを合図にセレンの頭上から落ちてきたのは……



「は、水……?」


徐々に増えていく水量、このペースならあっという間に自分の身長を超えて遥か高い天井に辿り着くだろう。


「出して!!!嫌よ!苦しいのは嫌!!!!」


処刑するならばさっさと殺せばいいものの、何故こんな手の込んだ処刑をあえて準備するのか意味が分からなかった。


(あっ……、まさか……)


「アンタね!!私が池に落としたから!!!」


「……」

「エレノアは関係ないよ。私が考案した」



「あの時確実に殺しておけばよかった!!死ねば良かったのに!!!!」



もう正気じゃないのだろうセレンの首元まで水が届いて、ジタバタするも身動きが取れない。


セレンが水の中でもがく姿を見て湧く歓声にも似た声に、人間なんてものはなんて悪趣味なんだろうと呆然と考えながら相変わらず表情を崩さないエレノアと目が合った。



「おやすみなさい」


(は?嫌味な女……っもう、息が持たない)



(苦しい)




水の中で浮かびあがろうと思えば足首が擦り切れて痛い。


浮上することすら出来ず、ただ苦しくて人々の醜い表情がやけに怖く感じる。



表情を変えない高位貴族や王族の何も感じていないような空っぽの瞳すらも怖くて、このまま水の中で死ぬのだと理解できた。



(アッシュ……)


アッシュが自分を見る瞳はもうあの時のように愛おしげでも優しげでも無くて、怯えるような、ゾッとしたような瞳をしていた。





「忘れないで、わたしを」


もう声は届かないだろう。

けれど私はずっとアッシュの中に居続けたかった。


「わたしを愛していて」


「アッシュはわたしの」




ああ、あの泣き顔も好きだななんて思った。


視界の端で酷い顔をした母親が見えたが何も思わなかった。




セレンは十数分間、貼り付いてアッシュを見るように瞳を開けていたがとうとう目の玉が裏側に回って力が抜けたように水に身体を預けた。




「僕……、ゔっ、セレンは僕をずっと見て……っゔぇえ!!」


「この臆病者を片付けて、連れて帰って頂戴」


「やだ、ひとりにしないでよ!エレノア!僕セレンに呪われ……ッ」


「私はエレノアさんじゃないし、貴方は呪われて当然よ」


先に席を立ったアイリーンに邪魔だと足蹴にされたアッシュにはまだ家門の没落という試練が待ち受けていた。




「大丈夫よ、エレノアさんが触れたものは簡単に捨てない」







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