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しおりを挟む出戻ったヴァロア侯爵家の娘の噂はすぐに国中に広がった。
憶測でエレノアを非難する者も少数派ではあるが勿論居るが、エレノアが社交会に歓迎されているのは彼女の執務机の上に山積みにされた招待状の数が物語っていた。
「どうしようかしら……」
「お嬢様、此方が現在の社交会の資料です」
エタンセルから預かった貴族達の情報や社交会での関係性を事細かに書かれた資料を見て、エレノアは兄には一生足を向けて寝られないなと感謝しきれない気持ちでいっぱいになった。
ふと目に留まる、シークピア伯爵令嬢の欄に記されている
王太子妃最有力候補
それに何となく一瞬手が止まって
「まぁ、居ない方がおかしいか」と頁を進めた。
暗記は得意なエレノアは数時間で粗方の必要事項は頭に入ったので一度休憩しようと背凭れに背中をつけた所で扉を叩く音がしてソラが対応しているのが聞こえる。
「すまないな、エレノアは居るか?」
「エタンセル様、お嬢様なら中におります」
兄の声だ、
慌てて扉に近づいて兄を招き入れると、申し訳なさそうな顔とは裏腹に何処か嬉々とした声色で「シドから頼みがあるそうだ」と招待状とは違う王室からの手紙をテーブルに置いて此方へ寄せた。
「……パートナーを、私に?」
「国を出る前はずっとそうだっただろ」
「でも、婚約者候補が居るのに……」
「あれはあくまで家格で考えた序列だ。シドに恋人は居ない」
「でも……」
「だからパートナー選びに困っているんだ」
シドには助けてもらってばかりな上に、気の知れた相手がパートナーだとエレノアもまた心強いなと思うともう断る理由は無かった。
「分かったわ……けれど私が相手ではシドの名誉に傷がつくんじゃないかしら」
「非のないお前が気負うことはない」
「そうかしら……お父様は何て?」
「しっかりとやるように言っていた」
あの父までもが了承しているのなら、エレノアに断ることは出来ないではないか。
出戻った自分が相手ではシドの王太子の名に傷を付けてしまうのではないか、エレノアはそう思って尻込みするが一先ずもう後には引けない状況な上に、手紙に綴られているシドからの直接の誘いに腹を括った。
(シドに迷惑をかけないようにしなきゃ)
きっとシドはエレノアを信頼して隣を任せてくれたのだろう。
もしかしから社交会に出るかどうか迷っていた私の背中を押してくれたのかもしれない。
そう思いながら部屋を出る兄を見送って、もう一度資料を開いた。
そして暫くすると、まるで決戦でもするかのような顔つきでソラに言った。
「ソラ、明日デザイナーを呼んで欲しいの」
「はい!お嬢様!」
「それと、宝石商をその次の日に……」
「はいっ!」
そして照れたように笑って「お母様にマナーを習い直してくるわ」と幾つかの資料をトントンと揃えて置いた。
ちゃんとしたエスコートを受けるのは久々だった。
アッシュは時々エスコートは出来なくてもセレンを放っておけないと私とも別々に出席していたし、一緒に入ってもすぐにセレンの元へと駆けつけていたから。
それにアッシュと居る時には特に、失敗は許されなかった。
貴族の名前だけでも覚えて置いてくれればまだ楽だったが、妻としての振る舞いの最中アッシュをこっそり補佐するまでがエレノアの仕事だった。
(だからつい、気を張ってしまうのよね)
けれど、手紙を読み返してつい笑みが零れる。
そんなエレノアを見透かしたような一番最後の一行、
「久しぶりに、一緒に楽しもう。もう悪戯は卒業だけどね」
(ありがとう、シド。私頑張るわね)
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