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いつの間に眠っていたのか、目が覚めるとまだ仕事をしている様子の兄が目に入って、ふわりとシドの匂いがした。






(あ……上着、シドがかけてくれたのね)





「お兄様、ごめんなさい」


「疲れてるんだ、もっと寝ててもいい」


「いま……何時ごろ?」



ざわりと嫌な感じがする、兄が教えてくれた時間はアッシュとの約束の時間をとっくに過ぎていて流石にすっぽかしてしまった事に罪悪感を感じて慌てて立ち上がった。




「お兄様、私行かなきゃ!」



もしかしたら、アッシュだけではなく協力してくれているシドまで待たせてしまっているかもしれない。



慌てる私に兄は少し笑って「必要ない」と言うのでそんな訳には行かないと言うと、シドが私の代わりにアッシュに会ってくれたのだと教えてくれた。




「シドが、どうして……」


「さぁな」


「お礼を言わなきゃ」


「そうだな」


「二人とも、もう帰ったわよね……」



アッシュに対しても流石に申し訳無かったなと考えていると兄が「いや……」と何か言おうとした所で扉が開いた。





「アッシュは、帰ったよ」




「「シド」」



「エレノアに贈り物があるんだ」


やけに自慢げなシドがぴらりと何か一枚の紙を見せて、よく見るとそれにはアッシュ・クレイブンのサインが記されていた。




「アッシュが書いたの?」



「あぁ、エレノアはこれで自由になれる」




兄の手伝い中、二人の声が心地良くてその空間か懐かしいのが相まってふと気が抜けてしまったのかもしれない。



三年間、辛いことの方が多い結婚生活だった。



セレンとの距離が近くなるたびにアッシュが別人に見えて、次第にそれがアッシュの本当の姿だったのかも知らないと思うようになった。



初めに好きな気持ちが消えて、次に尊敬できる部分を失って、それでもいい所もあるんだとアッシュを好きになろうとしていた。



確かに、私が選んだ彼は優しくて素直な人だったから。



けれど、苦しかった。

窮屈で惨めな結婚生活だった。



やっと二人から離れられても私のファミリーネームはクレイブンでそれすらももう嫌気がさすほどに疲弊していた。



だから、アッシュがサインを渋るたびにまるで終わらない道を歩いているような遠い気分だったのに……



こんなにも呆気なく終われてしまうだなんて、



「ありがとう……っ」



不思議と未練は無かった。


言語化できない安堵と、何故か涙が込み上げただけだった。


兄の温かい手が背中をさすって、シドが涙を拭い笑った。



「よく耐えたね、エレノア」

「私の妹は強いな」


「シド、お兄様……ありがとう、本当にありがとう」



ずっとヴァロアの名がとても恋しかった。


別の人生を選択した自分を何度も想像し、考えた。



「見る目が無いとは思っていたが、まぁ仕方あるまい」



「私達も送り出してしまったしね」


  

「二人とも、辛辣ね……」




これで終わった。



そう思っていたのにアッシュはそれでもエレノアを訪ねて、付き纏った。



国に帰らねばらならない筈の彼はきっと私が居ない今、両親に仕事を任せているのだろう。



「エレノア、僕は脅されたんだ」


「もう夫婦じゃないのよ、名前で呼ばないで頂戴」


「あの人は危険だ、腹黒いんだ!」


「それは貴方の恋人にも言える事でしょう」




こうやって偶然を装って会うのは何度目だろう?



離縁の書類が揃ってから執拗に手紙を送って来ているアッシュの両親に返事を送る必要があるようだった。





「そろそろあの二人を引き取ってもらいましょう」
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