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しおりを挟むエタンセルは灰皿の上で灰になっていく手紙を眺めた。
「しつこい奴だな」
あれから毎日、アッシュからエレノアに届く手紙に離縁の手続きに関しての書類は無い。
彼の両親からの返事もまだ無いし、アッシュからの手紙の内容は毎度似たようなものばかりだった。
「エレノアは何を?」
「オーリア様とお茶をされています」
そう報告する従者もまたどこか微笑ましげに見えた。
婚約者のオーリアにエレノアはよく懐いているし、オーリアもまたエレノアを実の妹のように可愛がっている。
久しく会えていなかった二人は積もる話もあるだろう。
中庭で向かい合って楽しそうにする二人はさぞ愛らしいだろうが、水を差しては悪いのでやはりこの手紙のことは今回も後で報告しようと、もうただの灰になったそれを横目で見た。
暫くすると、おずおずと執事が突然の来客を報告した。
「旦那様は、エタンセル様に任せると」
父を訪ねてきたのなら、父がそのような無礼な事をするはずがない。
「誰のお客様だ?」
「その……アッシュ・クレイブン侯爵様が来られております」
「……私が出よう」
エタンセルは応接室へ通すように指示すると、エレノアには会わせないようにも指示した。
「お待たせしました、クレイブン侯爵」
「エタンセルさん……いえ、待っていません」
「そうですか、では良かった……用件を聞いても?」
「エレノアに手紙を送ったんだけど……返ってこないから会いに来たんだ」
「離縁の準備が整ったのですか?」
「離縁はしない、謝りに来たんだ……」
思わず溜息が出て、苛立ちからか言葉尻がつい強くなる。
「エレノアは離縁すると言った筈だが?それにあの幼馴染はどうした?」
「セレンとは何もない、信じて欲しい」
「話にならないな、帰って下さい。クレイブン侯爵」
「……また来ます。当分はこっちに居るつもりなので」
「早く帰れるように、次は離縁の書類をお持ちください」
「失礼します」
言葉通りその日からアッシュは毎日ヴァロア公爵家を訪ねている。今日に至ってはたまたま見かけたエレノアに声をかける始末……。
「エレノア……っ、見つけた!」
「アッシュ、何でここに……?」
(まさかクレイブンに戻らなきゃならないの……)
帰って来てからは見ていなかったエレノアの不安気な表情。
兄だから分かる、エレノアが何を恐れているのか。
「エレノア、部屋に戻ってなさい」
「お兄様……どう言うことなの……」
「エレノア!僕とうちに戻ろう!!」
「心配するな、謝罪したいと訪ねて来ただけだ。お前はもうヴァロアに帰ってきた」
エレノアは短く息を吐いて、安心したように頷くとアッシュにはっきりと言い放つ。
「もう戻らない、貴方とセレンの間に挟まれるのは懲り懲りなの。それに仕事をしない夫にも、愛されない妻でいるのにも」
「お願いだよエレノア、一度だけチャンスが欲しい」
「じゃあ一つ聞くけれど、この国へは一人で来たの?」
「えっ……、何で……?」
途端に視線を彷徨わせるアッシュの表情が答えだった。
(本当に、同じ男として情けない奴だな……)
「さようなら、クレイブン侯爵」
「エレノア!違うんだ……っ!」
エレノアに向かって踏み出したアッシュの手首を取って制止して、振り返ったアッシュを黙らせる。
「侯爵はこちらへ」
「待って、エタンセルさん!」
オーリアに表情が堅いとよく言われるので、妹を安心させたい一心でなるべく優しさを意識して微笑んでおく。
「ふ、」
「エレノア?」
「ううん。お兄様、ありがとう」
無理に笑った顔が余りにもぎこちなくて笑ってしまったのと、私の表情の僅かな違いをエレノアはちゃんと見分けられていることをこの後に知るのだが、
「お兄様って、表情豊かよ」
と、首を傾げるエレノアにオーリスが眼鏡を手渡していたのは我が婚約者ながら流石に失礼だとは思った。
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