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しおりを挟むあの時は、周囲の騒めきと悲鳴、そしてドレスの重みで気付いた。
自分がいつの間にか水の中にいる事をー
結婚を祝うパーティーはクレイブン侯爵家の庭園で行われた。
夫人自らが手を加える事もある程のお気に入りで自慢の庭で、その評判のとおり素敵な庭だった。
薔薇のアーチの入り口に、世界中から集めたという見た事のない色とりどりの花々。
中でも私は池の水面に浮く花たちが気に入って、眺めていた。
背中に小さな衝動、そして次の瞬間視点がぐるりと回って水面と向き合って、気付けば水の中に居た。
水の中ではこうなっているのね、なんて呑気に考えた事を覚えている。
花の蔓が身体のそこら中に絡まって、上手く身動きが取れない。
ドレスは重くて、その所為でさらに沈んでいく。
酸素が足りなくなって意識がプツンと切れるその手前……
目の前にはシドの顔があった。
「エレノア、もう大丈夫」そう言った気がして、
ひどく安心した。
後から聞いた話では、私が居たはずの場所が騒がしくなったので来てみれば、溺れたと分かって彼はすぐに池に飛び込んでくれたらしい。
途中、走り去る女の子とぶつかったと言っていたが髪やドレスは特に特別なものでは無かったらしく一瞬では印象に残らなかったと申し訳無さそうに謝らせてしまった。
シドは急いで来てくれて、水の中にまで飛び込んでくれたと言うのに……
申し訳ないのと感謝とでいっぱいで暫くは謝るばかりしかない私に、何でも無いみたいに笑って言ってくれた。
「こう言う時は、ありがとうが欲しいなぁ」って
水から上がって意識が戻った時、心配そうな兄の顔といつもは人前では感情を出さない父の怒った顔だけが理解できて隣で護衛騎士達に囲まれているシドの「ごめんね、大丈夫だよ」なんて声が聞こえた。
「エレノア、誰がお前をこんな目に合わせた?」
「……お父様ごめんなさい、分かりません」
「心当たりは……」
「エレノア~っ!!」
父の言葉を遮ってまで走って濡れたままの私に思い切り抱きついてきたのはアッシュで「無事でよかった!!」と大声で泣いた。
結局犯人は分からなかったが、あの時の侯爵夫妻のやけに引き攣ったような不安げな顔が忘れられない。
ただ、驚いただけなのかと思っていたが二人から特に何か言葉を掛けられる事は無かった。
大人になるにつれてその不自然さを疑問に感じたが、結局は聞けないままで居る。
もしかしたらクレイブン侯爵家にはまだ私の知らないことが沢山あったのかもしれない。
三年間、私がクレイブン侯爵家の一員になれなかったからアッシュはまるで家族のように自然に溶け込んでいる幼馴染のセレンの方が心安かったのかもしれない。
不本意とは言え、侯爵令嬢でありながら危険を回避できずにあんなに大切な日に池に落ちた上、皆に迷惑をかけた。
(出だしから最悪だったものね……)
夫を泣かせてしまう私より、家族に愛され心安らげる女性の方がアッシュには合っていたのかもしれない。
それでも、それなら早く言ってくれれば私ももっと早くに、気持ちの区切りをつけられたのに。
(なんて、八つ当たりかしらね……)
ただ、もう何も望まないから互いの為にも彼が素直に書類にサインしてくれる事だけを願った。
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