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しおりを挟む別荘に来たらまず、久々に馬に乗りたくて騎士を一人連れて邸を出た。
知らぬ間にかなり国境に近づいていたらしく「お嬢様戻りましょう」と言う騎士の声で気付く、無意識に祖国へと足が向いていた事に。
「ふふ、此処に来る時はとても幸せだったのに。変ね」
「お嬢様が悪いわけではありません……下がって下さい!」
祖国を見ながらこの国に来た頃のことを思い出していると、騎士がやけに焦った声で警戒し、私を背に隠す。
「なにか、訳あり?国の境は令嬢には危険だよ」
護衛騎士が威嚇するも、こうも接近されるまで気付かなかったことに驚く。
(警備兵にしては装いが高貴ね……)
「そんなに警戒しなくても大丈夫、私もただの散歩だ」
「すみません……突然で驚いたのです」
フードで覆われて姿こそ見えないが、見えている口元とおおよその体格からそう歳の違わない男性だろうと推測する。
すると相手は突然クスクスと笑い出して「私の声を忘れたのか?酷いなぁ」って言うものだから驚いたけどその声には確かに聞き覚えがあって、けれど何故彼がこんな所に一人でいるのだろう?と悩んでいるしりから懐かしい声色で私を優しく呼んだ。
「エレノア、私だよ」
「シドなの……?」
「そうだよ。何故ここに来たの?」
彼はエレノアの幼馴染で祖国ラルジュの王太子、シド・ラルジュだった。
「色々あったの、シドはどうして一人で?」
「一人じゃないけど、君に似た人がいると思って」
「まさか本人に会えるなんて」って笑ったシドは最後に会った時よりも大人びていて私の護衛騎士に「久しぶりだね」なんて声をかけている。
「この森はどっちの国でもないんだ、だからまた会える?」
「シドが危険じゃないなら」
「じゃあ次は君の色々あった話を聞かせてよ」
「ふ、滑稽で笑えるわよ」
「馬鹿、笑わないよ。またね」
懐かしい背中を見送っているとふと振り返ったシドは光が広がるようにぱあっと笑って小さく手を振ってくれた。
「気をつけて帰って、エレノア」
「ありがとう、シドも……」
何故か穏やかな気持ちだった。久々に会った幼馴染、あの二人に傷つくことのない場所、静かな別荘、背中に感じる寝息に気を使わなくても眠れることのぜんぶが幸せだった。
実家や、嫁ぎ先にくらべると地味な暮らしだし私財と今の収入で出来る暮らしは精々この程度だけれどそれでもいくらかマシだった。
もう愛してるとこなんて段々と見つからなくなったアッシュに残る情にも似た残りの気持ちさえも削られてしまう毎日より、
「セレン」という名前にもうしょっちゅうくる台風のように毎日怯えなくてもいいこの平穏な日々が良い。
それから数日が経って、直ぐに私を見つけるのだと思っていたアッシュはまだ私を見つけられないでいるようだった。
いや、寧ろ探してすらいないかも知れない。
「けど、これで良いのよ」
彼が冷静になった頃を見計らって、離縁の手続きの書類を送ろう。そうすれば絶対にあの子はアッシュを後押しする筈だから。
「こんなのあんまりだわ!」「悲しいけど、もう……」なんてありきたりな台詞でうまく私を悪者にしていつものように彼の腕に抱きしめられながら「セレンは優しいな」って言葉ににやりと口角を上げる筈だ。
「こんなのあんまりだわ……!アッシュには私が居るわ」
「セレン、君は幼馴染でエレノアは妻だよ」
「……」
「彼女を探さないと……!」
「アッシュ、私すごく体調が悪いの……」
「じゃあ君が落ち着いたら、探そう」
「……うん、私の所為でごめんなさい」
「いいんだ。セレンには私がついてるよ」
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