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幸せだと笑わないで

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パーティーは問題なく進行し、グレン達に囲まれて幸せそうなシエラの明るい表情を見てメリーはすっかり意気消沈していた。


「帝国のマッケンゼン公爵の名はカシージャスにも届いております」


「それは光栄です、シレニー侯爵殿」


「シエラ殿下も、皇帝陛下であるジェレミア陛下も貴方も……帝国の名のある方々に会えるとは……世界一のダイヤのクレマン子爵までも!」


興奮した様子でそう言ったカシージャスのシレニー侯爵はとても人の良さそうな人だった。


「あなた、公爵様が困ってしまいますわ」

「おお!これはすみませんでした」


(私だけ全く話についていけない……まるで空気扱いだわ)


多くの人達と会話をする中で、何故か誰もメリーに挨拶以上の会話を振らなかった。

それはあまりにも未熟で、機転が効かない為にリヒトに下手を打たせてしまわないようにとの貴族達からの気遣いであったが、メリーにとっては無視されているように感じた。

嫌でも比べてしまうシエラと自分の立ち位置。

そして嫌でも実感してしまうシエラとの格の違い。

(いいえ、これじゃリヒトと私も格差があるわ)


「リヒト…私少しお化粧直しに…」

「ああ、そうか」


さほど興味が無さそうに言ったリヒトに胸を痛めながら席を外したメリーを途中で引き止めたのは何処か良家の子息だろうか、それなりに整った容姿の若い男性だった。


「あの…レディ!良かったら僕と少し話をしませんか?」

「え…私?」

「はい、華やかで素直そうな方だなぁと見ていました」


貴族の言葉は奥が深く、言い換えれば

「派手で馬鹿そうな女だな」と言う事であったがメリーにそんな事を考える習慣は無く言葉のままの意味で受けとった。


「良かったら彼方の部屋で僕たちと少し話しませんか?」


愛嬌のある笑顔で言った彼に、少し悩むメリーに男はハッとして申し訳なさそうに自己紹介した。

「僕はケリー・ライアーと申します」

(聞いた事ない家門だけど……殆どがそうだし、いっか)


久々に向けられた好意的な視線に嬉しくなったメリーは、すぐに彼に付いて別室へと行った。


実際にはライアーなどという家門は存在しない。

彼らは貴族女性をターゲットにした人攫いで、一人を使


好色家や、過激な性癖を持つ貴族達に安全な発散相手を斡旋する事を商いとする危険な集団であった。

様々なパーティに潜り込み、馬鹿で若い娘を騙して攫うのだ。


この様な者がどうしてこの場に居たのかは一人を除いては分からなかったが、メリーは今知らぬうちに危機的状況だった。


「ケリー、今度のお嬢様はえらく華やかで柔軟そうだなぁ」

「そうなんだよエイル、とてもだろう?」

「ああ、とても


「二人とも、レディが不安になるだろう?酒でも飲んで話そう」


「こんなに私の魅力を分かってくれる人達は久々ですわ……!」


「「「……」」」


三人は黙り込んだ後、少しだけ笑うとメリーが飲んだこともないような値段のワインを持ってきた。

(こんな高い物を飲めるって事は相当なお金落ちなのね)


どれほど飲んだのだろうかメリーは眠ってしまって居た様で、焦って飛び起きようとしたが、手足は自由が利かず、開いたはずの目の前は真っ暗だった。


「どほいふほほ?」

(えっ)


口にも何か貼られているようで、声もうまく出せない。

すると先程まで一緒に飲んでいた筈のケリー達の声がした。


「えらく楽勝だったな、調べたが伯爵家の娘だった」

「ちょうど良い、適当に使って壊れたら返してやるといいさ、貴族は醜聞を嫌うからな戻ってさえこれば大ごとにはしないさ」


「さてお目覚めのようだぞ……」

いくら叫んでもくぐもった声しか出なくて、視界は暗いままだ。

「じゃ、今から練習しとこっかメリー?」


チクリと腕針の感触がして、突然血が勢いよく巡る感じがして頭がぼうっとした。


ただ三人が交代で与える快感と、リヒトの幻覚に身を委ねるほか無かった。






どれ程経ったのだろう?メリーは真っ暗な視界と制限された行動範囲の中でもうかなりの時間を過ごしている。


「中々丈夫だが、緩い上に従順すぎてつまらないと苦情が多い」

「それに、足が着いて居ないのが不思議だ。まさかマッケンゼンの婚約者とはな……」

「適当なところに捨てておくか……」


(え……解放されるの?)


メリーは複雑な気持ちだった。

ずっと、酷い行為を相手にしたり、辱めを受けてきた。

辛い日々だったが、薬と快楽だけがメリーを支えたのだ。


それが無しでは生きてはいけないほどだった。

何処かに馬車から投げるように降ろされて、もう誰の声もしなかった。



女性の悲鳴が聞こえて、久方ぶりに視界が明るくなって見覚えのある帝国の風景と、痩せた自分の身体と薄いワンピースが目に入った。

「あ……貴女っ、大丈夫!?」

「大丈夫です……」


やっと帰れたと言うのに、メリーの頭は冴えない。

(クスリ……気持ちいいコト……リヒト……)

暫く歩くと、メリーは捜索されて居たらしくマッケンゼン公爵家の騎士に救出された。


その知らせは王宮で執務をするリヒトにもすぐに届いた。


「どうしたの、リヒト?」

「メリーが見つかりました実家の伯爵邸で保護しています」

「へぇ、で?」

「人攫いの仕業でした。犯人はすぐに捕まるでしょう」

「そう、三ヶ月か……長かったね」

「一度、会う必要があるでしょう」


「そうだね、早く教えてあげないと……」


ジェレミアは、リヒトの目を見てふわりと微笑んだ。


そんな彼の青い瞳が冷たくて怖かった。

(嗚呼……愛する人と同じ目でそんな風に笑わないでくれ)



三ヶ月の間、見つからなかったのもあんなに簡単に人攫いがメリーを攫えたのもこの美しい瞳はあえて見逃していたのだと気付く。

いつ戻るか分からない素行の悪い婚約者を捨てさせて、国益になる新しい相手との結婚を早々にさせたのも納得が行った。



「リヒトが、結婚したこと」



でも何故だろう、愛する人が目の前で別の人と結婚する辛さをメリーにも味わって欲しいとさえ感じた。


罪悪感も、虚無感も全てが罰だと受け入れようと思った。



「これで、終わりでしょうか陛下……」

「何の話をしてるのリヒト?姉様も結婚したんだ、もう全部水に流したよ」



蒼く光った彼の美しい瞳はやっぱり怖いと感じた。












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