悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

文字の大きさ
上 下
59 / 69

悲劇のヒロインメリー2

しおりを挟む


「ひっ……!!」



目の前で起きている事が理解出来ずに、乾いた喉から出た声はあまりにも僅かなだった。


白が似合うシエラとそっくりな美しい容姿は今時たま飛び跳ねて彼を彩る赤い血に飾り付けられている。


(いや、このイカれた二人の容姿なら何色を着ても似合う……)



ガクガクと震えて、整わない息とは裏腹に脳内は冷静で世界で一番嫌いなあの女のことを考えている。



隣を覗き見ると、表情を変えないままジェレミア陛下の異常な行動を眺めているリヒトは感情が読み取れない複雑な瞳をしていて少し怖い。


彼が蹴り上げたのは、皇帝陛下でその隣でジェレミア陛下に謝り続け、泣き喚きながら看守とまじわってるのが皇后陛下だった人。


異常な光景にゾッとした、ジェレミア陛下は気でも触れたのだろうか。


「父上は見るのが好きでしょう?」

「そして母上は、男が好きだ」




「ジェレミア……っもう殺してくれっ」


「嫌よっ死にたくなんてない!許してジェレミア!貴方を皇帝にする為だったのよ!」



「じゃあ……どうして姉様はよくぶたれていたの母上?」


「そ、それは……」




「僕はね……今から全部正していこうと思うんだ」



決して変な台詞ではない。

だが、目を見開いたリヒトも気を失った元皇后も、項垂れる元皇帝も誰を見ても気持ちが落ち着かなかった。


ふと、ジェレミア陛下と目があって足先から頭の先まで冷たくなるような、ゾワリと力が抜けるような、恐怖の波に呑まれたような感覚がした。


ゆっくり開く形のいい唇が、シエラのように勝気に吊り上がると



「姉様を傷つけたモノ、侮辱するモノは僕がゆっくり正すよ」



「どう、リヒトは気に入った?」と恐ろしい笑顔で言ったジェレミアが怖くて、まるでと言われた気がして腰が抜けて太もも辺りに生暖かい感触がした。



「それなら、俺もそうするべきです」



「お前は……間抜けだったけど姉様を守ろうとしたし、愛してた。勿論いっ時は姉様もお前を愛してたから……だからこれから姉様から与えられる苦しみに耐えて姉様が望んだ通り僕に尽くすことだね」


(僕も姉様の罰に苦しんでいる癖にね……愛する女の他の男との幸せなんて、あんなに優しく消えるなんて。忘れさせてもくれない残酷な人)



きっとリヒトもシエラを忘れる事はできないだろう。



ジェレミアの汚いものを見るような視線と、リヒトの無表情に我にかえると自分で作った水たまりの上に座りこみ涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているだろう自分がリヒトの瞳ごしに写って見えて凍りつく。



「汚いなぁ……汚したのが地下牢の床でよかったよ……」


少し考えてから元皇后の身体を拭く看守に声をかける。



。僕達はまだ仕事があるんだ」


「陛下、いいんですか?」


ニヤリとイヤらしく歪んだ看守の口元を見てハッとする。

けれど腰は抜けて立てない上に、身体の震えは止まらない。


やっと出た声は縋る様に呼ぶ情けない声だった。


「り…リヒトっ」


「一応、連れなんだ……」

(やっぱりリヒトは……!)



「だから……


「やだ!リヒトっ……っ!」


「時間が無いね、リヒト行こうか」



「そうですね」



叫びたくても、頼りなくリヒトを呼ぶのが精一杯で恐怖で声は出ない。


「では、行きましょう」と濡れたドレスごと抱き上げられて一体どこに連れて行かれるのか恐怖で気持ちが悪くなった。




難しそうな話を始めながら、背を向ける二人の姿が涙で霞んだ視界に写るがもう振り向いてもくれなかった。



(やめて!離してよ!私は初めてはリヒトにだけって決めてるのにっ)


心の中の悲痛な叫びは誰にも聞こえない


ジェレミアとシエラが似てると思った自分が馬鹿に感じた。


シエラとリヒトを引き離して。排除できたのだと思っていた。



(二人が良く似てるって?違う……あの女の、シエラの瞳はもっと広い空のようだったっ!ジェレミアの瞳は狂気の悪魔だと思った)



だれかがジェレミアを「碧い悪魔」だと言っていた。


悪魔は策士で生意気なシエラだとおもっていたが…それは違った。


(寧ろ、ストッパーだった。シエラは寛大だった!野放しにしたんだ、引き離してはいけなかった、姉弟を!)


先程まで皇后だった女を弄っていた舌が自分の身体を這いずり回る。


自分が誰に手を出したのか、誰を貶めようとしていたのか今になって理解した。






「よかったの、リヒト?」


「何がでしょう」


「こういうの嫌いでしょ」


「全部、メリーの所業でした。シエラ皇女を貶めていた噂も、俺やマッケンゼンの名で好き勝手していたようでした……これで婚約は破棄を……」


「まだだよリヒト、近いうちに姉様は幸せな姿を皆に見せるはずだ。姉様じゃなくてカシージャス王がきっとそうする」


相手が帝国であっても、シエラを侮らせたまま放っておかない。


誇りを大切にするカシージャスの人々は大切な人も大切にする。



吐き気すらするが、姉様はカシージャス王の婚約者になった。



「必ず、馬鹿みたいな正攻法で誇りを取り戻しに来る」



(だから、カシージャス。思い通りになってあげるよ)




「どん底に落として、落として、見せつけてやるんだ」




「ジェレミア陛下……」



「全員に分からせてやるんだ。姉様がどれほど高貴で美しい人なのか」





しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

処理中です...