悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

文字の大きさ
上 下
57 / 69

婚約者候補と、シエラの仕事

しおりを挟む

「シエラに頼みがあるんだ」


リュカエルは、難しい表情をしている。

シエラはきっと重要な事なのだろうと次の言葉を促すように頷いた。


「俺には長老共が勝手に集めた婚約者候補という者達が居る、勿論時間を共にしたことも話したこともない女共だが……」


(なるほど……リュカエルは私にその盾になってほしいのね)



「俺は、シエラ以外の婚約者は要らない。だから、どうかカシージャスの社交会を手に入れて欲しい」


「……わかったわ」


生まれ育った国を離れ、やって来たシエラがカシージャスの社交会を意のままにすることは簡単なことではない。


それでも、シエラは過去にあり得ないことを次々とやって退けたように今回も自分ならば出来るだろうと自分に言い聞かせた。


(何よりも、リュカの頼みだからこそ成し遂げたい)


隣に並ぶリュカエルの横顔を見上げて、彫刻のように整った彼の顔を見ながら「任せて」と勝気に微笑んだ。


帝国とはまた違うパーティーの雰囲気にシエラは少しだけワクワクした。


ほとんどを皇宮とウェヌスのみで過ごしていたシエラの生活の中でカシージャスに来てからは初めて見る景色ばかりだったからだ。



勿論、二度も人生を生きているのだから皇宮とは違う作法も完璧に心得ている。


シエラの粗探しをしているのだろう、王宮の家臣達は次々にシエラに話しかけては質問したり、作法に目を光らせていた。


(流石に完璧だな、ジェレミア皇帝の軍師であり安定剤だという噂は本当だったようだな……)



リュカエルは初めて見るシエラの皇女らしい顔に戸惑いながらも、感嘆した。



「リュカエル陛下にご挨拶申し上げます」


「シエラ、この者はレストン公爵家の娘だ」


「そんな……水くさいですわ陛下、ハミルダとお呼び下さい」


冷ややかにハミルダを見下ろしたリュカエルに「ひぃっ」と悲鳴のような声をあげてから慌てて扇子で口元を隠したハミルダにシエラは表情を崩さずに、リュカエルの腕にそっと触れて身を寄せる。


「陛下……どうか怖い顔をなさらないで下さい。とても可憐なご令嬢ではありませんか」


「……俺には唯の無礼者に見えたが?」


すると慌てた様子で割り込んできたのはハミルダの父、レストン公爵で真っ青な顔をしながら捲し立てた。


「へ、陛下娘はかねてより陛下をお慕いしております故、に上がった事で浮かれたのでしょう、どうか寛大なお心で………」



「婚約者候補だと?俺は認めた覚えはないが?」


「へ、陛下も適齢期ですので王宮の会議で数名の令嬢が上がったではありませんかっははっご冗談がお上手ですなぁ、ははっ!」


「では、俺の隣に居る女性は何だというのだ?」


「そ、それは……っ!」



今にも斬り捨ててしまいそうな様子のリュカエルに会場は凍りついた。


(今ね……)


「陛下、私は新参者です。すぐに受け入れられなくても当たり前です。気にしませんわ……けれど陛下を支える有望な者達が私の所為で失われてしまうと心苦しいのです……」


妙にしおらしく言うシエラの意図を汲めぬほどリュカエルは愚鈍ではなかった。小さく頷いて「そなたがそう言うなら……」と表情を戻して、興味が失せたかのようにガクガクと震えるレストン親子から視線を逸らした。



多くの貴族達が、シエラの謙虚な姿勢に好感を持ち、拒絶しようと策を練っていることに罪悪感を感じただろう。


シエラはハミルダの涙をハンカチで拭うと優しく微笑んだ。


「どうぞ、涙を拭って下さい」


「し、シエラ皇女殿!」


「あぁ、レストン公爵……。どうか気になさらないで、ですので」


(ただ、優しくても駄目。王妃になるには弱いと侮られるわ)



シエラの堂々とした振る舞いだけでは、王妃としての資格を見せつけるにはまだ足りないだろう。


けれどもシエラはその話術と完璧な作法、その堂々たる圧倒的な美しさで多くの婦人達の心を掌握した。


リュカエルの婚約者候補を名乗る者達は、悔しさでドレスを皺になるほどに握ったが、それでもシエラにはそういう者達を黙らせるもう一つとっておきの策があった。




「シエラ、感謝する。充分すぎる初陣だった」


「いいえ、まだ足りないわリュカ。あとは貴方の協力が必要よ」


「ああ、勿論喜んで協力しよう」


「王妃とはどれだけ王に愛されているかがその権威に関わります。それでいて、一人で立てる王妃でなければならない」


「なる程……」


「先ずは、このパーティーでのよ。前半は先程私の肩を持ってくれた事で充分だった筈よ、勝負は帰り際ね」



「……わかった」


今まで女性とパーティーに来たことのないリュカエルにすれば不慣れな事で、少し堅くなったリュカエルにくすりと笑ったシエラに「笑うな」と不機嫌そうにそっぽを向いた。


(その癖に手は離さないのね)


握られた手が離されないのが嬉しくてシエラはぎゅっとリュカエルの手を握る強さを強めた。









しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

処理中です...