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幸せになるはずなのに
しおりを挟むシエラ皇女との婚約が解消されたリヒトは、必然的に私の婚約者となった。
けれども、シエラに向けられたような熱を持った視線が私に向けられることはまだ無い。
その度に虚しくなって、体調が悪いふりをしたりとリヒトの関心を引いた。
手首を切ったときの、精神的な後遺症だと主治医には言わせたがそれでもリヒトはいつも同じ言葉で心配してくれるだけだった。
皇宮から詳細こそ知らされていないものの、シエラが消えたと聞いてからリヒトはまるで空っぽだった。
罪悪感からか、確かに前よりもずっと優しいリヒトは私ではなく誰か別の人にそうしたかったのだろう、いつも悲しく瞳が揺れていた。
悔しくて、苦しくて、やっと邪魔者が居なくなったというにも関わらず気分は晴れない。
「リヒト、今日は陛下と会食でしょう?」
「ジェレミア陛下……!!あぁ、そうだな。早く帰るよ」
一瞬、何かを思いついたように光を宿したリヒトの瞳にドキリと胸がざわついたが尋ねた所だ彼が答える筈はないのでやめた。
(時間が解決するわ、リヒトはきっと私を愛するはずよ)
「ええ、早く帰ってね。待ってるわ」
(どうせもう私の所に戻るしかないのだから)
メリーに送り出されたリヒトは、馬車の中で考え込んでいた。
ジェレミアが夢の中のようにシエラを監禁するとは考え難く、シエラが消えた理由は別にあるのか、もしくは体調が思しくないのだろう。
そう思いながらも、もしかしたらジェレミアに会えばシエラにももう一度会えるかもしれないと期待せずにはいられなかった。
けれども、リヒトがジェレミアから明かされた事実はもっと酷な話だった。
簡単にまとめれば、皇后により倒れかけた国を持ち直す為に現実味のないお金が必要だった皇帝は帝国としての体裁を守る為に傘下の国や、近隣国に助けを求める事が出来ずに、独立国であるカシージャスに打つ手なく、シエラを売ったという話だった。
「けれども……姉様は納得してるんだ。むしろ今が幸せだという程に」
「俺との婚約はどの道、解消させられていたのですね」
「それは……姉様の心次第だっただろう」
「……俺は傲慢でした。シエラ皇女の心はもう手に入れたつもりで、ただ運良く婚約者の位置に居ただけだったのに」
「……僕も似たようなものだ。寧ろ僕は自分でもたまに怖くなるほどだった。だから……姉様の為にこれで良かったのかもしれないと思ってる」
そう言ったジェレミアは俯いて表情を隠したが、テーブルクロスの色がぽたり、ぽたりと水玉模様に染められていた。
どこか、異常だと思っていたジェレミアはやり方こそまずかったが自分なんかよりもよほど純粋に、一途にシエラの傍に居たのだと恥ずかしくなった。
「いい噂を聞きませんが、カシージャス王は」
「姉様の手紙には、かねてより友人だったと書いてあった。僕は、思うんだ……これは姉様が望んだのかもしれないと」
(それに、もしそうだとしても僕では姉様の策に勝てなかっただろう)
「!!」
「どの道、この国に姉様を買い戻す程の余力はもうない。今は帝国としての体裁を保ちながら父上達の崩した国を立て直すのが精一杯だ」
「……っ」
もう涙を引っ込めて真っ直ぐにリヒトを見つめるジェレミアはとてもシエラに似ていて、彼の口からでた言葉はまるでシエラに言われたのかと思うほどだった。
「良き皇帝になるのよ。とそう書いてあった……そうなるつもりだ。そして……それにはやはり君達の協力が必要だろう」
「勿論、尽力致します……っ」
(それがシエラ皇女の意志ならば尚更に)
何故だか、お互いに今の欠けた気持ちを分かり合える者がお互いしか居ないような気がして会食はつい、長くなった。
近頃入り浸っているメリーが今日も居るのだと思うとなぜか少し憂鬱になってしまう。
婚約の解消後、責任をとって欲しいと頭を下げたのはメリーの両親だった。
自分の両親や、メリーの両親、そして「いいの」と弱々しくも何度も否定するメリーに責めたてられている気がして、罪滅ぼしのようにメリーとの婚約を承諾するしかなかった。
意外にもジェレミアはいい顔をしなかったが、どの道いつかはシエラ皇女ではない誰かと結ぶ縁だと、どうでもよくなったのだ。
邸に戻ると、何やら言い争う声が聞こえた。
「なによ!貴女、何で言ったの!?」
「申し訳ございません!」
マッケンゼン公爵家の使用人達は、シエラが来る度に有能だと賞賛されていた為にシエラからの賞賛に誇りを持っていた。
それにシエラが、ひとつひとつに丁寧に「ありがとう」「ごめんなさいね」と言葉をくれる事がとても幸せだった。
だから、リヒトが居ないと使用人達に偉そうにするメリーの態度についうっかり「シエラ様ならあんな風には言わない」と陰口を言っている所をメリーに聞かれてしまったのが原因だった。
リヒトは何事かと近寄ろうとすると、隠れて見ているメイド達が話す声が聞こえて、その内容に思わず足を止めた。
「ねぇ知ってる?メリー様の手首の傷って元々浅い傷なのをご主人様の気を引く為に大袈裟に振る舞ったんだって。伯爵家のメイドから聞いたの」
「ええっそうなの?私は病院が嘘だって聞いたわ!」
(なんだって?全部嘘だったのか?それなのに……俺はシエラ皇女を蔑ろに……)
悔やんでも悔やみきれない、自分の愚かさに、間抜けさに腹が立った。
けれども、今更知ったからと言って自分の過ちを無かった事にはできないのだ。
もう、シエラ皇女はいないのだから。
ましてや他の男の元へと去ったのだから。
だから、もうどうだってよかった。
これは罰なんだと思う事にした。
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