50 / 69
母の借金と父の誓約
しおりを挟む「ジェレミー、やっとこの時が来たのね」
しみじみと言ったシエラに対してジェレミアは今までを振り返るように返事をした。
「姉様が居ないと僕はまだ此処にいなかった。ましてやこんな形で皇帝にはなれなかった筈だ」
「そうかしら……ジェレミーの力よ」
ジェレミアの言っている事は確かに的を得ていた。
だが今回は参謀と言えるほどの仕事はしていないし、ただジェレミアに皇后の選ばないような明るい道を示しただけだ。
過去にジェレミアが皇帝になった際には、皇后の策によって多くの血が流れた。その殆どを参謀として実現させたのはシエラであった。
妨げになると皇后が判断した者、彼女が金や権力を得る為に必要な犠牲をシエラに始末させていた。
全てはジェレミアを皇帝にする為だと思っていたが、それは大きな間違いだった。
(皇后は自分の利益だけを考えていただけ……かえって遠回りしたのよね)
あの時は自分もジェレミアも逆らえなかったが、今は違う。
二人で勝ち取ったこの皇帝の椅子は、シエラにとって弟の為にできる精一杯の贈り物であった。
自分は死んでしまったので、先を知らないが空になりつつある国庫にも気付かぬまま皇帝となったジェレミアもまた過酷な人生を歩んだのだろう。
それでも時たま見せる執着にも感じるジェレミアのシエラへの愛情や、束縛は過去を思い出させる。
(今のジェレミーが過去とは違うと分かっていても……このままではきっと繰り返すわ…….)
「ジェレミー、良き皇帝になるのよ」
「うん。これで姉様もこの国で一番高貴な女性だ」
(僕だけの姉様、誰も届かない。リヒトも、父も)
「……愛してるわジェレミー。たった一人の私の家族」
「!!」
「僕も……っ姉様を愛してるよ」
(貴方と私のソレは違うのだと気付くのに人生一周分かかってしまったけれど、正さなきゃいけない。去る私を許してねジェレミー)
「さぁ!まだまだパーティーは続くのよ。行きましょうジェレミー」
「あぁ、今日のエスコートは僕だったね。行こう姉様」
まるで、元々対になって生まれてきたかのようによく似た美しい姉弟を公の場で見るのは今日が最後になるのだろう。
それでも片方は、弟との、家族としての最後の夜を大切に
片方は愛する人との記念すべき今日を大切に過ごした。
「姉様、今日は僕の部屋に来て」
「……!」
「ねぇ、勿論いいでしょう?」
有無を言わせぬような瞳と、愛らしく強請るような仕草。
彼がこれから何をシエラに求めるのかはもう解っていた。
けれど、そうしてしまってはもう元には戻れないのだ。
シエラは過去に一度、劣情に溺れる彼を見ているのだから。
彼が当たり前だと植え付ける殆どの事が、姉弟ではなく恋人に求めるものだと気付いたのはやり直す事ができたからだろう。
(憎んでいる訳じゃない。ただちゃんとやり直したいの)
シエラにとってジェレミアは同じ境遇の被害者であり、孤独に苛まれる皇宮で形は違えど愛を向け、愛を求めてくれる唯一の存在だった。
(血の繋がりはなくても、弟として大切にしたいの)
「ええ、分かったわ。少し遅くなるけれど部屋で待っててくれる?」
「勿論!」
(裏切ってごめんね、けれどこうするしかないの)
夜が深くなる頃、ジェレミアは部屋でシエラを待った。
「あら、リサ。申し訳ないけれど仕事が片付かないの……ジェレミーが待っている筈だからこのホットワインを出してあげてくれる?」
「かしこまりました」
「失礼致します」
「何」
なかなか来ないシエラを待つジェレミアの機嫌は悪く、リサは震えを抑えるのに精一杯だったがその機嫌はすぐに治ることとなった。
「シエラ殿下より、これをお出しするようにと……ご公務の最中自ら作られたそうで……お待ちの陛下をご心配されておりました」
「姉様が?……そう、下がっていいよ」
シエラの入れたホットワインはほんのり甘く優しい味だった。
眠れていないジェレミアを配慮したのだろう、度数の少ないワインを蜂蜜でまろやかにしたその味はシエラが彼を労っているようだった。
ジェレミアの胸がじんわりと温かくなり思わずティーカップを包むように両手で持つ。それはシエラの温かさを逃さぬように大切にしている様でもあった。口付けるように優しく啜ると疲れが和らぎ眠気がやってきた。
「姉様、ありがとう……」
シエラがジェレミアの頬にそっと口付けた気がした。
深く、深い眠りについた事に自分でも気づかないジェレミアが目覚めたのは翌朝だった。
ジェレミアの枕元にある小さな贈り物から、香るシエラの残り香だけがあるだけだった。
「姉様は?」
「殿下が眠られていたので、お部屋に戻られました」
「そう…‥.申し訳ないことをしたね。後で訪ねる」
「お伝えしておきます」
その頃シエラはもう青々とした海の上に居た。
あの後、ジェレミアの寝顔に声をかけて、枕元に贈り物を置いた後リンゼイと共にテハード商船に乗った。
ホットワインにはあらかじめ睡眠薬を仕込んでいた。
未だに心配そうに見つめるリュカエルが迎えてくれると「若いね」と船長のマリアさんは意味深に微笑んだ。
「グレン……手紙は毎日贈るわいつでもこっちに来ていいのよ」
「俺はどちらにせよ家門を捨てる訳には行きません、こっちで残った皆と一緒にシエラ様をお支えします」
「いつか……皆の気持ちが向いたらいつでも言って頂戴」
「いつでもテハード船で会えるじゃないですか」
少し笑ったグレンに、皆も笑った。
それでもシエラにとって支店があるとはいえ彼らを置いていくのは心苦しかったのだ。
「そうだ、俺はそんなに狭量じゃないぞ。仲間にくらい会わせてやる」
「リュカ……!」
「ありゃあ、ほんとに契約上の関係かいリンゼイ?」
「そうだと聞いておりますが……ふふっ」
そんな和やかなテハード商船が領海を超えて、遥か先のカシージャスに近付いた頃だった。
皇后による散財と借金に困った前皇帝の代わりに肩代わりした分と国庫を賄える程の財産でシエラ皇女の婚約者の座を買い取ったという信書と、全皇帝の指印と署名入りの誓約書の写しが皇宮に届いたのは……
そしてシエラからジェレミアに宛てた手紙が届いたのも同じ頃だった。
31
お気に入りに追加
1,126
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる