悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

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母の借金と父の誓約

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「ジェレミー、やっとこの時が来たのね」



しみじみと言ったシエラに対してジェレミアは今までを振り返るように返事をした。



「姉様が居ないと僕はまだ此処にいなかった。ましてやこんな形で皇帝にはなれなかった筈だ」


「そうかしら……ジェレミーの力よ」



ジェレミアの言っている事は確かに的を得ていた。


だが今回は参謀と言えるほどの仕事はしていないし、ただジェレミアに皇后の選ばないような明るい道を示しただけだ。


過去にジェレミアが皇帝になった際には、皇后の策によって多くの血が流れた。その殆どを参謀として実現させたのはシエラであった。



妨げになると皇后が判断した者、彼女が金や権力を得る為に必要な犠牲をシエラに始末させていた。



全てはジェレミアを皇帝にする為だと思っていたが、それは大きな間違いだった。




(皇后は自分の利益だけを考えていただけ……かえって遠回りしたのよね)




あの時は自分もジェレミアも逆らえなかったが、今は違う。



二人で勝ち取ったこの皇帝の椅子は、シエラにとって弟の為にできる精一杯の贈り物であった。



自分は死んでしまったので、先を知らないが空になりつつある国庫にも気付かぬまま皇帝となったジェレミアもまた過酷な人生を歩んだのだろう。


それでも時たま見せる執着にも感じるジェレミアのシエラへの愛情や、束縛は過去を思い出させる。




(今のジェレミーが過去とは違うと分かっていても……このままではきっと繰り返すわ…….)




「ジェレミー、良き皇帝になるのよ」




「うん。これで姉様もこの国で一番高貴な女性だ」


(僕だけの姉様、誰も届かない。リヒトも、父も)





「……愛してるわジェレミー。たった一人の私の家族」




「!!」

「僕も……っ姉様を愛してるよ」







(貴方と私のソレは違うのだと気付くのに人生一周分かかってしまったけれど、正さなきゃいけない。去る私を許してねジェレミー)





「さぁ!まだまだパーティーは続くのよ。行きましょうジェレミー」


「あぁ、今日のエスコートは僕だったね。行こう姉様」






まるで、元々対になって生まれてきたかのようによく似た美しい姉弟を公の場で見るのは今日が最後になるのだろう。





それでも片方は、弟との、家族としての最後の夜を大切に



片方は愛する人との記念すべき今日を大切に過ごした。





「姉様、今日は僕の部屋に来て」



「……!」



「ねぇ、勿論いいでしょう?」


有無を言わせぬような瞳と、愛らしく強請るような仕草。

彼がこれから何をシエラに求めるのかはもう解っていた。




けれど、そうしてしまってはもう元には戻れないのだ。


シエラは過去に一度、劣情に溺れる彼を見ているのだから。



彼が当たり前だと植え付ける殆どの事が、姉弟ではなく恋人に求めるものだと気付いたのはやり直す事ができたからだろう。



(憎んでいる訳じゃない。ただちゃんとやり直したいの)




シエラにとってジェレミアは同じ境遇の被害者であり、孤独に苛まれる皇宮で形は違えど愛を向け、愛を求めてくれる唯一の存在だった。



(血の繋がりはなくても、弟として大切にしたいの)




「ええ、分かったわ。少し遅くなるけれど部屋で待っててくれる?」



「勿論!」



(裏切ってごめんね、けれどこうするしかないの)




夜が深くなる頃、ジェレミアは部屋でシエラを待った。





「あら、リサ。申し訳ないけれど仕事が片付かないの……ジェレミーが待っている筈だからこのホットワインを出してあげてくれる?」



「かしこまりました」




「失礼致します」



「何」


なかなか来ないシエラを待つジェレミアの機嫌は悪く、リサは震えを抑えるのに精一杯だったがその機嫌はすぐに治ることとなった。


「シエラ殿下より、これをお出しするようにと……ご公務の最中自ら作られたそうで……お待ちの陛下をご心配されておりました」


「姉様が?……そう、下がっていいよ」



シエラの入れたホットワインはほんのり甘く優しい味だった。


眠れていないジェレミアを配慮したのだろう、度数の少ないワインを蜂蜜でまろやかにしたその味はシエラが彼を労っているようだった。


ジェレミアの胸がじんわりと温かくなり思わずティーカップを包むように両手で持つ。それはシエラの温かさを逃さぬように大切にしている様でもあった。口付けるように優しく啜ると疲れが和らぎ眠気がやってきた。




「姉様、ありがとう……」



シエラがジェレミアの頬にそっと口付けた気がした。


深く、深い眠りについた事に自分でも気づかないジェレミアが目覚めたのは翌朝だった。


ジェレミアの枕元にある小さな贈り物から、香るシエラの残り香だけがあるだけだった。




「姉様は?」


「殿下が眠られていたので、お部屋に戻られました」


「そう…‥.申し訳ないことをしたね。後で訪ねる」


「お伝えしておきます」









その頃シエラはもう青々とした海の上に居た。



あの後、ジェレミアの寝顔に声をかけて、枕元に贈り物を置いた後リンゼイと共にテハード商船に乗った。


ホットワインにはあらかじめ睡眠薬を仕込んでいた。



未だに心配そうに見つめるリュカエルが迎えてくれると「若いね」と船長のマリアさんは意味深に微笑んだ。



「グレン……手紙は毎日贈るわいつでもこっちに来ていいのよ」


「俺はどちらにせよ家門を捨てる訳には行きません、こっちで残った皆と一緒にシエラ様をお支えします」



「いつか……皆の気持ちが向いたらいつでも言って頂戴」



「いつでもテハード船で会えるじゃないですか」


少し笑ったグレンに、皆も笑った。


それでもシエラにとって支店があるとはいえ彼らを置いていくのは心苦しかったのだ。



「そうだ、俺はそんなに狭量じゃないぞ。仲間にくらい会わせてやる」


「リュカ……!」



「ありゃあ、ほんとに契約上の関係かいリンゼイ?」


「そうだと聞いておりますが……ふふっ」






そんな和やかなテハード商船が領海を超えて、遥か先のカシージャスに近付いた頃だった。


皇后による散財と借金に困った前皇帝の代わりに肩代わりした分と国庫を賄える程の財産での婚約者の座を買い取ったという信書と、全皇帝の指印と署名入りの誓約書の写しが皇宮に届いたのは……


そしてシエラからジェレミアに宛てた手紙が届いたのも同じ頃だった。






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