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いつか、叶うなら
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「姉様、最近はどちらへ?」
「ウェヌスの新作を見たり、図書館へ行っているだけよ」
「公務もお忙しいというのに少し休んでは?」
そう言ってシエラの瞳を覗き込んだ同じ色の瞳はシエラよりももっと疲労感で濁らせていた。
「……貴方の方が心配よ、ジェレミー」
「僕は……急ぎの仕事があるんだ。大丈夫、全部終わったら元通りになるよ」
(陛下を追い詰める手がなくて、滞っているのね)
「ジェレミー、セリアド侯爵の事なんだけれど……」
「セリアド?」
(姉様はブノエルンの排除が先か、セリアドの調査が先か決めかねているのを知っているのか?)
「近頃、社交会に顔を出す機会が増えたでしょう?他国の方々から不穏な噂話を聞いたの……ただの噂だったらいいのだけれど……」
「不穏な噂?セリアドは確かに父上の隠れた後ろ盾だ。母上の贅を尽くす生活も父上のツメの甘さも全部彼が居てこそ成り立つが……それはあくまで噂話、セリアドに後ろめたい事はないはずだよ」
「後ろめたいというか、これは皇族の醜聞にも関わるわ……情報そのものをきちんと管理しないと権威に関わると思うの」
シエラは極めて、シエラらしく気まずそうにぽつり、ぽつりとジェレミアに尋ねるような姿勢で話す。
そうすれば、シエラがまさか他国の王族と密通しているとは夢にも思わない筈だ。ジェレミアは決してシエラにとって害のない大切な弟であるが、安心できる相手ではないのだ。
(殺される運命が変わったと、確信できるまでは慎重にしないと)
「醜聞……?姉様、僕に聞かせてくれる?」
ジェレミアはソファーに座るシエラの隣に座ってシエラの腰に手を添えると彼女の頬に手を当てて水々しい彼女の唇を親指でなぞりながら優しく、だが有無を言わさぬ眼差しでそう言う。
ジェレミアに触れられると力が抜けるような感覚がするシエラは、しっかりと彼に躾けられているのだが、その事を背後で控えるリンゼイが指摘する事は、チラリと向けられた刺すようなジェレミアの視線で無理だと理解した。
シエラとて、ジェレミアとこうなれば負けてしまうのは分かっている。
あえて、シエラを疑う理由無くセリアドだけに興味を持つように会話を誘導したのだ。
「セリアド侯爵が……、陛下の為に金髪碧眼の女性ばかりを誘拐したり買い取って奴隷にしていると、まるで私達の色に似た人ばかりを……私不安で……」
「!!」
(あの糞爺の執着にもほとぼと呆れるな、どおりで母上が何の力もない姉様を目の敵にすると思えば……嫉妬だったのか)
シエラが瞳を伏せてそう言うと、ジェレミアから珍しく静かに、けれども隠す事のできないほどの怒りを感じた。
一気に上がった体温は服越しにもわかるほど熱い。
(僕の姉様は、誰にも傷つけさせない。誰にもやらない)
シエラをぎゅっと抱きしめて肩口に顔を埋めると、「心配しないで」と少し震えた声で言ってからまるで愛おしとでもいうように優しく、何度もシエラに口付けてから「ありがとう姉様」と恐いほど美しく笑って部屋を出て行った。
「……一応、成功したのよ、ね」
少し乱れた髪とドレスを整えてくれるリンゼイが曖昧に微笑んで頷くと、
「ねえ、リンゼイ……ほんとうはこんな事も駄目なのね?ジェレミーはずっと私に偽りの姉弟の愛を教えてきたのね……」
と、呆然と地面をみたままつぶやいた。
「……!!皇女様……っ」
「返事はしなくていいわ、さっきのジェレミーの目で解った。リンゼイ、何も言わなくていいし、これは私の独り言よ」
「皇女様……申し訳ありません」
「貴女が居ないと私は駄目よ、命を尊重して。賢明な判断だったわ」
リンゼイは静かに涙を流して、無力な自分を悔いた。
けれど、振り返ったシエラの瞳は優しく微笑んでいた。
「泣かないで、いつも助けてくれていたじゃない」
「皇女様は、尊重されるべき女性です」
「貴女もそうよ。私なら大丈夫、少しの間だけ一緒に頑張ってくれる?」
「はい、叶うならば一生お仕えしますっ」
そっと母のように抱きしめたシエラはか細く、少し腫れた唇が生々しかった。
城内では立場のある者ほどジェレミアの劣情を黙認しており、それは皇帝が黙認しているからでもあった。
だが、ここ最近で調べた皇帝とシエラの母の過去はとても皆が知っているものとはかけ離れており今やそれを知る者は古くから仕える皇帝側の者と、口を閉ざす事で生きながらえた元皇后の友人だった人達だけだ。
(全てを明らかにし、私と母の無念を晴らす時こそ皇帝の最期よ)
そうすれば、皇帝と血縁のないシエラは皇女としていられなくなるがそれこそ彼女の望んでいるものだった。
そうなれば誰も彼女を追う者はいないだろうから。
後は守るべき民の為に、この歪んだ皇宮での唯一の家族であるジェレミアの為に後に帝国を率いるに相応しいものを皇座に就かせるだけ。
(歪んでしまったけれど、姉としてできる事はそれだけよ)
(私達はどちらも被害者だったはず、間違えなければジェレミーが私を殺す理由なんてないはずだから)
前世でも、今世でもジェレミア以外の男性との親密な繋がりは殆ど無く、リヒト以外へ恋をした事もないシエラはふとある事がうかびくすりと笑った。
「いつか、平凡な恋をして本当に愛し愛される穏やかな日をおくりたいわ。勿論あなた達と一緒によ」
(怯えたり、泣いたり、近頃は逆にお強く凛々しい皇女様がこのような事を言うなんて…….っ)
リンゼイはシエラの嬉しい心境の変化にまた涙した。
シエラは一瞬おどろいてから慌てて「も、もちろん主君として腑抜けにはならないつもりよ」と付け加えたがふるふると頭を振ったリンゼイはとても幸せそうに、
「そんな日を思い浮かべて、嬉しくなってしまいました」
「リンゼイったら……ふふ」
「ウェヌスの新作を見たり、図書館へ行っているだけよ」
「公務もお忙しいというのに少し休んでは?」
そう言ってシエラの瞳を覗き込んだ同じ色の瞳はシエラよりももっと疲労感で濁らせていた。
「……貴方の方が心配よ、ジェレミー」
「僕は……急ぎの仕事があるんだ。大丈夫、全部終わったら元通りになるよ」
(陛下を追い詰める手がなくて、滞っているのね)
「ジェレミー、セリアド侯爵の事なんだけれど……」
「セリアド?」
(姉様はブノエルンの排除が先か、セリアドの調査が先か決めかねているのを知っているのか?)
「近頃、社交会に顔を出す機会が増えたでしょう?他国の方々から不穏な噂話を聞いたの……ただの噂だったらいいのだけれど……」
「不穏な噂?セリアドは確かに父上の隠れた後ろ盾だ。母上の贅を尽くす生活も父上のツメの甘さも全部彼が居てこそ成り立つが……それはあくまで噂話、セリアドに後ろめたい事はないはずだよ」
「後ろめたいというか、これは皇族の醜聞にも関わるわ……情報そのものをきちんと管理しないと権威に関わると思うの」
シエラは極めて、シエラらしく気まずそうにぽつり、ぽつりとジェレミアに尋ねるような姿勢で話す。
そうすれば、シエラがまさか他国の王族と密通しているとは夢にも思わない筈だ。ジェレミアは決してシエラにとって害のない大切な弟であるが、安心できる相手ではないのだ。
(殺される運命が変わったと、確信できるまでは慎重にしないと)
「醜聞……?姉様、僕に聞かせてくれる?」
ジェレミアはソファーに座るシエラの隣に座ってシエラの腰に手を添えると彼女の頬に手を当てて水々しい彼女の唇を親指でなぞりながら優しく、だが有無を言わさぬ眼差しでそう言う。
ジェレミアに触れられると力が抜けるような感覚がするシエラは、しっかりと彼に躾けられているのだが、その事を背後で控えるリンゼイが指摘する事は、チラリと向けられた刺すようなジェレミアの視線で無理だと理解した。
シエラとて、ジェレミアとこうなれば負けてしまうのは分かっている。
あえて、シエラを疑う理由無くセリアドだけに興味を持つように会話を誘導したのだ。
「セリアド侯爵が……、陛下の為に金髪碧眼の女性ばかりを誘拐したり買い取って奴隷にしていると、まるで私達の色に似た人ばかりを……私不安で……」
「!!」
(あの糞爺の執着にもほとぼと呆れるな、どおりで母上が何の力もない姉様を目の敵にすると思えば……嫉妬だったのか)
シエラが瞳を伏せてそう言うと、ジェレミアから珍しく静かに、けれども隠す事のできないほどの怒りを感じた。
一気に上がった体温は服越しにもわかるほど熱い。
(僕の姉様は、誰にも傷つけさせない。誰にもやらない)
シエラをぎゅっと抱きしめて肩口に顔を埋めると、「心配しないで」と少し震えた声で言ってからまるで愛おしとでもいうように優しく、何度もシエラに口付けてから「ありがとう姉様」と恐いほど美しく笑って部屋を出て行った。
「……一応、成功したのよ、ね」
少し乱れた髪とドレスを整えてくれるリンゼイが曖昧に微笑んで頷くと、
「ねえ、リンゼイ……ほんとうはこんな事も駄目なのね?ジェレミーはずっと私に偽りの姉弟の愛を教えてきたのね……」
と、呆然と地面をみたままつぶやいた。
「……!!皇女様……っ」
「返事はしなくていいわ、さっきのジェレミーの目で解った。リンゼイ、何も言わなくていいし、これは私の独り言よ」
「皇女様……申し訳ありません」
「貴女が居ないと私は駄目よ、命を尊重して。賢明な判断だったわ」
リンゼイは静かに涙を流して、無力な自分を悔いた。
けれど、振り返ったシエラの瞳は優しく微笑んでいた。
「泣かないで、いつも助けてくれていたじゃない」
「皇女様は、尊重されるべき女性です」
「貴女もそうよ。私なら大丈夫、少しの間だけ一緒に頑張ってくれる?」
「はい、叶うならば一生お仕えしますっ」
そっと母のように抱きしめたシエラはか細く、少し腫れた唇が生々しかった。
城内では立場のある者ほどジェレミアの劣情を黙認しており、それは皇帝が黙認しているからでもあった。
だが、ここ最近で調べた皇帝とシエラの母の過去はとても皆が知っているものとはかけ離れており今やそれを知る者は古くから仕える皇帝側の者と、口を閉ざす事で生きながらえた元皇后の友人だった人達だけだ。
(全てを明らかにし、私と母の無念を晴らす時こそ皇帝の最期よ)
そうすれば、皇帝と血縁のないシエラは皇女としていられなくなるがそれこそ彼女の望んでいるものだった。
そうなれば誰も彼女を追う者はいないだろうから。
後は守るべき民の為に、この歪んだ皇宮での唯一の家族であるジェレミアの為に後に帝国を率いるに相応しいものを皇座に就かせるだけ。
(歪んでしまったけれど、姉としてできる事はそれだけよ)
(私達はどちらも被害者だったはず、間違えなければジェレミーが私を殺す理由なんてないはずだから)
前世でも、今世でもジェレミア以外の男性との親密な繋がりは殆ど無く、リヒト以外へ恋をした事もないシエラはふとある事がうかびくすりと笑った。
「いつか、平凡な恋をして本当に愛し愛される穏やかな日をおくりたいわ。勿論あなた達と一緒によ」
(怯えたり、泣いたり、近頃は逆にお強く凛々しい皇女様がこのような事を言うなんて…….っ)
リンゼイはシエラの嬉しい心境の変化にまた涙した。
シエラは一瞬おどろいてから慌てて「も、もちろん主君として腑抜けにはならないつもりよ」と付け加えたがふるふると頭を振ったリンゼイはとても幸せそうに、
「そんな日を思い浮かべて、嬉しくなってしまいました」
「リンゼイったら……ふふ」
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