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溺れ、溢れる

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「ご主人様は……?」


「シエラ様がパーティーから姿を消された日以来、ずっとこの様子です」


執事が側近に訪ねると、部屋の前で首をゆるく振りながらそう言った。


さらに頭が痛いことにメリーの侍従が訪ねて来て彼女の状態がひどく悪いのだと伝えた。


メリーから預かったという手紙の内容はパーティーでの無礼を詫びる内容と、リヒトの両親とメリーが交わした約束についてだった。




「これは……!」

「すぐにお伝えせねば!」



義務として内容を開示した二人は慌ててその内容をリヒトに伝え、手紙を手渡した。






ーリヒトへ


この間のパーティーではつい余計な事をしてごめんなさい。

リヒトの事になると考えより行動が先に出てしまって空回りしてばっかね私……どうか許してほしいの。


実はね、おじ様とおば様と約束していた事があったの。
お二人はいつも私に「リヒトを頼む」とおっしゃったわ。
リヒトの妻として私が隣に居ることを強く望んで下さっていたの。

私、おじ様とおば様が大好きだった。
もちろんリヒトのことも大好き。


だから少し拘りすぎていたのね……
誰もそんな約束なんて気にしないのに。


私の事は気にしないで。

私はおじ様とおば様との約束を守りたいから、
自分の気持ちに嘘をついてまでリヒト以外の人と結婚なんてしない。


ただ、リヒトはリヒトの思うままに幸せになってくれればいいの


ほんとうにごめんなさい     メリー





「……」



(どう言う事だ?確かに父上と母上はメリーをとても気に入っていたが……俺に黙って結婚の話を持ち出すなんて……もしそうだとしたら)


もし、自分の両親との約束がメリーがリヒトを諦めきれない原因であるのだとすれば両親への義理を果たそうとしてくれているメリーを一方的に突き放してしまってもいいのか?


リヒトは頭を抱えた。



メリーは昔から少し、リヒトへの執着が強いと感じる事はあったがまさかそれほどまでにリヒトの両親を想ってくれていた事だったのだとすれば自分はそんな事も知らずになんて酷いことをしたのだろうかと心が痛んだ。



シエラについても、メリーが嘘をついたり噂を触れ回っているのではないかと思っていたがもしかしから何か誤解があるだけでメリーも何か事情があるのかもしれないと、決めつけてはならない気持ちすらしてくるのだ。




(では、シエラ皇女はどうなる?メリーの無礼は許されるものではない)



シエラを愛している今、メリーとの結婚などは考えられない。

けれども両親までも愛してくれるメリーを無下にできない上に、シエラとのわだかまりも解消しなければならない。


(まずは、メリーときちんと話し合おう)



あくまで両親の願いであり、公式の約束事ではないときちんと理解してもらってそれに縛られなくてもいいのだとメリーに伝えようと決心したリヒトは、メリーへの見舞いの花束と返事の手紙を送った。



きちんと話し合ってからシエラにもきちんと謝りに行こうと。


ふとシエラの表情を思い出して胸が締め付けられた。


(何かに怯えるような、全てを拒絶する表情だった)


まるで「あなたは信頼できない」と瞳で言われたような気分だった。


「……シエラ皇女、何を恐れているんだ」


大した名門でもない一貴族の令嬢であるメリーと帝国の皇女であるシエラ。


リヒト自身もシエラへの愛を告白した。


どう考えてもシエラに軍配が上がるだろう。



それとも本当にただ自分をもう愛していないけなのだろうか?



額に手を当てて項垂れたリヒトは、普段は飲まない邸にある中で一番強い酒に手をのばした。



「父上、母上……何故でしょうか」



いつからこうしていたのだろう、視界が歪み揺れる。

今は深夜だろうか鼻を抜けるアルコールの匂いとキンとかすかに痛む頭、すぐに酒のせいだと気付く。



考え事をしながら少しずつ呑んでいたつもりだったが、実際はやけ酒に近かったのかもしれない。

これほどまでにもどかしい気持ちになったのは初めてで、つい手が伸びたが纏まらない思考の中でたまには良いかと執務机に伏せた。




(それに、これ程酔うのは初めてだな……)


その酒はメリーがいつかの祝いにと贈ってくれたものだったか、滅多に一人で酒を嗜む事がないリヒトはもうすっかりとその事実も忘れてしまっている。


これはメリーがリヒトと既成事実を作ろうと、酒に強い彼にでも酔いが回るように作られた特別強いお酒で、リヒトの事を幼い頃からよく知るメリーがリヒトの身体に合わない果実を選んで作られた酒だった。


ひどく酔うのも無理のない話だったが、幸い一人であり邸内だ


そのままの体制で眠ってしまったリヒトは朝目覚めて早々に後悔する。



心配そうに覗き込むメリーは、と強調するような楽なドレスで、そんな彼女より遥かに顔色の悪いリヒトは「何しに来た」と上体を起こして問うだけだった。



「あの……大丈夫?」


「……ああ、ところで何しにきたんだ?メリー」


「手紙……読んでくれた?」


「……」



「私ね、どうしても直接謝りたくって」


「もういい、だがメリー。お前と結婚は出来ない」


「それじゃあ、おじ様とおば様があんまりよ!私だって……っ!」


「これは俺の人生だ、この間も言ったが……俺は皇女を」


「ただ物珍しいだけでしょ!少し明るくなったからって」



「メリー!」


「私はずっと、リヒトの側にいたのに……おじ様とおば様との約束だってあるわ。私の両親だって知ってることよ」


「父と母との約束は申し訳ないと思っているが分かってくれメリー……頼む」


「私、リヒトを愛してるの。それにお二人に申し訳ないわ……っ」

とうとう泣き出してしまったメリーの両親を思うその言葉にもうリヒトはそれ以上強く言うことが出来なくなってしまった。




「父上と母上の言葉を聞かせてくれメリー、俺はそんな話は初めて聞いたんだ」






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