悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

文字の大きさ
上 下
31 / 69

クレマンのダイヤモンド

しおりを挟む
シエラは珍しく、茶会に出ている。

シエラに届く招待状は建前であって、厚意ではない事が多いのを自覚しているので普段はあまり茶会には出ない。


けれど今日のシエラには目的があった。


(クレマン子爵婦人……いたわ)


参加する貴婦人だけでなく、使用人の視線までも集めるシエラは王族らしい微笑みを貼り付けたまま視界の端に目的の人物を捉えた。

クレマン夫人についての調査はもう既に終わっているので、もうシエラが直接何かする事は無いのだが、命を狙われているグレンの為にも夫人が行動を起こす前に手を打っておく必要があるのだ。


シエラにとって、グレンはもうリンゼイやミンリィ、セリエやモンドのようにシエラを慕って付いて来てくれるだ。


今回の人生では必ず、持てるだけの力を持ち、目立たぬように力をつけてその力で自分と仲間の命を守ると決めていた。

みすみすもう一度死んでやるつもりはないし、

前は周りを見渡せるだけの余裕が無かった分、守りきれなかった自分を想ってくれる人達と一緒に幸せになる、そう意気込んでいた。

だからこそ、日頃命を脅かされているグレンをその環境に放っておく事は出来ない。

秘密裏に投資家として、ウェヌスのオーナーとして得た富はもうかなりの富豪だと言ってもいい程になっておりウェヌスの裏を買って建てた邸は貴族の邸としては控えめな邸だが、ウェヌスの地下から隠し通路で繋がっている点や、成り上がりのウェヌスのオーナーによって建てられた住居だろうと、

目立たぬ程度の認識かつ、デザインを盗まれないようにだと、らしい噂を流して邸の周りを隠すように建てた外壁と少数ながら厳重な警備は不審がられる事もなく、近頃では一番といっても良い程の人気店であるウェヌスは良い口実と隠れ蓑となっている。



ミンリィにはウェヌスの管理を任せてある、モンドやセリエは其々の職務があるしリンゼイはシエラの侍女として王宮で暮らしている。

邸を管理する者としてグレンは適任者なのだ。

それに彼が子爵を継ぐまで、身を隠せる上に衣食住の心配は無くなる、勿論この事はグレンも承知済みである。


(あとは命の安全だけ……身の回りを付け回されては此方も困るしちょっとご挨拶しておこうかしら)


シエラはその貼り付けた微笑みだけでこの場の者達をその美しさで虜にしているとはつゆ知らず、皇族らしい優雅な所作でクレマン夫人へと近づいた。


「ご機嫌よう、クレマン子爵夫人」


シエラが声をかけると、夫人は少し驚いたように目を見開きぎごちなく微笑んだが内心で悪態をついた。

(グレンを助けたらしいけど……余計な事を。皇女は頭が弱いのだと噂だけど本当に何を考えているのかしら……)


「ご、ご機嫌よう皇女殿下。しがない子爵夫人である私を知っていて下さるだなんて光栄でございますわ」


「ええ、勿論よ。他にもと知ってるわ。そういえば其方のご子息とは友人でして……」


夫人はあからさまにシメたというようにいやらしく口元を歪める。


頭が弱く見た目だけの皇女だとしても、この国の皇女に違いはない。

万が一自らの息子と恋仲にでもなれば王家の血を引く子の祖母となることが出来る、即ちそれだけの権力と社交会での地位が手に入ると言う事だった。



「まぁ~っ、そうでしたの!とても光栄ですわ!ウチのエリオットはとても優秀な子でして……」


「エリオット?いいえ、私が親しくしているのはグレンという名だった筈だけど……」

「……えっ、そ、その子は素行が悪くてとても皇女殿下とお友達なんかには……宜しければ今度、エリオットをご紹介させて下さい」


「ふふ、結構ですわ」

そう言って少し軽蔑したような視線をクレマン子爵に向けたシエラはそっと怒りで震える彼女の耳元で囁いた。



「私はクレマン子爵家の子息であるグレンと友人になれた事を光栄に思っております。それと…これは内密ですが」


(ランドロフ・ヨリアス卿をご存じで?)


そういって更に声を潜めて言ったシエラの一言にクレマン夫人は顔色を失い、縋るようにシエラに「場所を変えてお話でも…っ」と上擦った声で言った。


「そう?では茶会の後に少しなら……」

「え、ええっ!そう致しましょう!お時間を頂き感謝致しますわっ」


お茶会が終わって席を立つなりすぐに侍従に言伝をさせるあたりかなり焦っているのだろうクレマン夫人はそわそわとした所作で馬車にも乗らずに返事を待っている様子だった。



リンゼイに目配せして、店の場所を示したメッセージカードをクレマン夫人の侍従に手渡すと忙しなく馬車に乗る夫人を馬車の窓から確認してから、ゆっくりと目的地まで向かった。


シエラは上機嫌で、「やっとね」と呟くと今から起こる出来事を想像して、少しだけクレマン夫人を不憫に感じたので心の中で謝っておくことにした。


(私の所為でそうなるのだけれど)



指定した店はシンプルだが品のある静かな店の個室のレストランだった。


クレマン夫人は先に入室しており、落ち着かない様子で座っていたが、シエラを視界に捉えると勢いよく立って礼をしシエラの言葉を待った。



「クレマン夫人、楽にして下さい」


「……お心遣いに感謝致します」




シエラも席に着くと、タイミング良く運ばれてきた紅茶をクレマン夫人が思わず見惚れる程優雅な所作で啜った。

どう見ても、頭が弱い名ばかりの皇女には見えないその完璧な作法や仕草はその美しい容姿も相まってクレマン夫人を威圧するには充分だった。



「早速本題ですが…ヨリアス卿という方は勿論ご存知ね」


「……短い間私の護衛騎士でしたが、解任されてから、それ以上は知りません」



「そう……じゃあこの鑑定結果はデタラメだと神殿に抗議すべきよね?」





そう言ってシエラがテーブルに置いたのはエリオット・クレマンと父親クレマン子爵の血縁関係を鑑定したものであった。


そこにははっきりとと書かれており、もう一通シエラの合図でリンゼイが開いた用紙にはヨリアス卿とエリオットの血縁関係が記されてあった。



「なッ!!」


「友人に刺客が送られてきた時に、少し調べた所……偶然辿り着きました」



「グレンの陰謀ですッ、きっとあの子が自分で雇ったのよ…!」


「刺客に襲われた友人がグレンとは言っていませんが」


「ーッ!あの子に頼まれたのね!?無能な皇女の癖に、貴女に何ができるというの!大人しくそれを渡しなさい!!」


クレマン夫人はその用紙を勢いよく奪い取ると引き裂いた。


「こんなもの、こうしてしまえば無いのと同じですわ!」

(ふん、所詮血筋と顔だけの皇女なんとでもなるわ)




そう言ってシエラを歪な笑顔のまま睨みつけるクレマン夫人をシエラはクスクスとまるで無邪気な少女のように笑った。


「何がおかしいの!」


「それは、ただの写しです。原本は別の場所に保管してあります」


「!!」


「そうですね、今の段階ではまだ私が提案するのはです」


「そ……それは、どう言う意味でしょう」


「貴女にお願いする事は、まず私の友人であるグレンの得るべき権利を奪わない事。それと命の安全です」



「な、なんの事を仰っているのか全く……」


「では、交渉は炸裂ですね。これ以上お話する事はありません」



「待って下さい!!」



「……クレマン子爵様はご存知でしょうか?」


「へっ……?」


「ヨリアス卿は、疑惑の上の解任だったらしいわね」

言葉に詰まるクレマン夫人の方を余裕の表情で見てからふと笑みを消したシエラは言葉を続けた。




「これ以上の目に余る行動は控えた方がいいわ。これは交渉ではなく忠告よ。リンゼイ……用は済んだわ。馬車の準備を」



「整っております」



(ま、大人しくはしていないでしょうね。クレマン夫人しっかりと腹を立てなさい。そしてちゃんと堕ちてくるのよ)




かつて皇后と手を組んで自分を嘲笑っていたクレマン夫人を思い浮かべてから、深呼吸した。



「いいえ、過去は関係ないわ。今ある大切なものを守るだけよ」






















しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...