悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

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クレマンのダイヤモンド

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シエラは珍しく、茶会に出ている。

シエラに届く招待状は建前であって、厚意ではない事が多いのを自覚しているので普段はあまり茶会には出ない。


けれど今日のシエラには目的があった。


(クレマン子爵婦人……いたわ)


参加する貴婦人だけでなく、使用人の視線までも集めるシエラは王族らしい微笑みを貼り付けたまま視界の端に目的の人物を捉えた。

クレマン夫人についての調査はもう既に終わっているので、もうシエラが直接何かする事は無いのだが、命を狙われているグレンの為にも夫人が行動を起こす前に手を打っておく必要があるのだ。


シエラにとって、グレンはもうリンゼイやミンリィ、セリエやモンドのようにシエラを慕って付いて来てくれるだ。


今回の人生では必ず、持てるだけの力を持ち、目立たぬように力をつけてその力で自分と仲間の命を守ると決めていた。

みすみすもう一度死んでやるつもりはないし、

前は周りを見渡せるだけの余裕が無かった分、守りきれなかった自分を想ってくれる人達と一緒に幸せになる、そう意気込んでいた。

だからこそ、日頃命を脅かされているグレンをその環境に放っておく事は出来ない。

秘密裏に投資家として、ウェヌスのオーナーとして得た富はもうかなりの富豪だと言ってもいい程になっておりウェヌスの裏を買って建てた邸は貴族の邸としては控えめな邸だが、ウェヌスの地下から隠し通路で繋がっている点や、成り上がりのウェヌスのオーナーによって建てられた住居だろうと、

目立たぬ程度の認識かつ、デザインを盗まれないようにだと、らしい噂を流して邸の周りを隠すように建てた外壁と少数ながら厳重な警備は不審がられる事もなく、近頃では一番といっても良い程の人気店であるウェヌスは良い口実と隠れ蓑となっている。



ミンリィにはウェヌスの管理を任せてある、モンドやセリエは其々の職務があるしリンゼイはシエラの侍女として王宮で暮らしている。

邸を管理する者としてグレンは適任者なのだ。

それに彼が子爵を継ぐまで、身を隠せる上に衣食住の心配は無くなる、勿論この事はグレンも承知済みである。


(あとは命の安全だけ……身の回りを付け回されては此方も困るしちょっとご挨拶しておこうかしら)


シエラはその貼り付けた微笑みだけでこの場の者達をその美しさで虜にしているとはつゆ知らず、皇族らしい優雅な所作でクレマン夫人へと近づいた。


「ご機嫌よう、クレマン子爵夫人」


シエラが声をかけると、夫人は少し驚いたように目を見開きぎごちなく微笑んだが内心で悪態をついた。

(グレンを助けたらしいけど……余計な事を。皇女は頭が弱いのだと噂だけど本当に何を考えているのかしら……)


「ご、ご機嫌よう皇女殿下。しがない子爵夫人である私を知っていて下さるだなんて光栄でございますわ」


「ええ、勿論よ。他にもと知ってるわ。そういえば其方のご子息とは友人でして……」


夫人はあからさまにシメたというようにいやらしく口元を歪める。


頭が弱く見た目だけの皇女だとしても、この国の皇女に違いはない。

万が一自らの息子と恋仲にでもなれば王家の血を引く子の祖母となることが出来る、即ちそれだけの権力と社交会での地位が手に入ると言う事だった。



「まぁ~っ、そうでしたの!とても光栄ですわ!ウチのエリオットはとても優秀な子でして……」


「エリオット?いいえ、私が親しくしているのはグレンという名だった筈だけど……」

「……えっ、そ、その子は素行が悪くてとても皇女殿下とお友達なんかには……宜しければ今度、エリオットをご紹介させて下さい」


「ふふ、結構ですわ」

そう言って少し軽蔑したような視線をクレマン子爵に向けたシエラはそっと怒りで震える彼女の耳元で囁いた。



「私はクレマン子爵家の子息であるグレンと友人になれた事を光栄に思っております。それと…これは内密ですが」


(ランドロフ・ヨリアス卿をご存じで?)


そういって更に声を潜めて言ったシエラの一言にクレマン夫人は顔色を失い、縋るようにシエラに「場所を変えてお話でも…っ」と上擦った声で言った。


「そう?では茶会の後に少しなら……」

「え、ええっ!そう致しましょう!お時間を頂き感謝致しますわっ」


お茶会が終わって席を立つなりすぐに侍従に言伝をさせるあたりかなり焦っているのだろうクレマン夫人はそわそわとした所作で馬車にも乗らずに返事を待っている様子だった。



リンゼイに目配せして、店の場所を示したメッセージカードをクレマン夫人の侍従に手渡すと忙しなく馬車に乗る夫人を馬車の窓から確認してから、ゆっくりと目的地まで向かった。


シエラは上機嫌で、「やっとね」と呟くと今から起こる出来事を想像して、少しだけクレマン夫人を不憫に感じたので心の中で謝っておくことにした。


(私の所為でそうなるのだけれど)



指定した店はシンプルだが品のある静かな店の個室のレストランだった。


クレマン夫人は先に入室しており、落ち着かない様子で座っていたが、シエラを視界に捉えると勢いよく立って礼をしシエラの言葉を待った。



「クレマン夫人、楽にして下さい」


「……お心遣いに感謝致します」




シエラも席に着くと、タイミング良く運ばれてきた紅茶をクレマン夫人が思わず見惚れる程優雅な所作で啜った。

どう見ても、頭が弱い名ばかりの皇女には見えないその完璧な作法や仕草はその美しい容姿も相まってクレマン夫人を威圧するには充分だった。



「早速本題ですが…ヨリアス卿という方は勿論ご存知ね」


「……短い間私の護衛騎士でしたが、解任されてから、それ以上は知りません」



「そう……じゃあこの鑑定結果はデタラメだと神殿に抗議すべきよね?」





そう言ってシエラがテーブルに置いたのはエリオット・クレマンと父親クレマン子爵の血縁関係を鑑定したものであった。


そこにははっきりとと書かれており、もう一通シエラの合図でリンゼイが開いた用紙にはヨリアス卿とエリオットの血縁関係が記されてあった。



「なッ!!」


「友人に刺客が送られてきた時に、少し調べた所……偶然辿り着きました」



「グレンの陰謀ですッ、きっとあの子が自分で雇ったのよ…!」


「刺客に襲われた友人がグレンとは言っていませんが」


「ーッ!あの子に頼まれたのね!?無能な皇女の癖に、貴女に何ができるというの!大人しくそれを渡しなさい!!」


クレマン夫人はその用紙を勢いよく奪い取ると引き裂いた。


「こんなもの、こうしてしまえば無いのと同じですわ!」

(ふん、所詮血筋と顔だけの皇女なんとでもなるわ)




そう言ってシエラを歪な笑顔のまま睨みつけるクレマン夫人をシエラはクスクスとまるで無邪気な少女のように笑った。


「何がおかしいの!」


「それは、ただの写しです。原本は別の場所に保管してあります」


「!!」


「そうですね、今の段階ではまだ私が提案するのはです」


「そ……それは、どう言う意味でしょう」


「貴女にお願いする事は、まず私の友人であるグレンの得るべき権利を奪わない事。それと命の安全です」



「な、なんの事を仰っているのか全く……」


「では、交渉は炸裂ですね。これ以上お話する事はありません」



「待って下さい!!」



「……クレマン子爵様はご存知でしょうか?」


「へっ……?」


「ヨリアス卿は、疑惑の上の解任だったらしいわね」

言葉に詰まるクレマン夫人の方を余裕の表情で見てからふと笑みを消したシエラは言葉を続けた。




「これ以上の目に余る行動は控えた方がいいわ。これは交渉ではなく忠告よ。リンゼイ……用は済んだわ。馬車の準備を」



「整っております」



(ま、大人しくはしていないでしょうね。クレマン夫人しっかりと腹を立てなさい。そしてちゃんと堕ちてくるのよ)




かつて皇后と手を組んで自分を嘲笑っていたクレマン夫人を思い浮かべてから、深呼吸した。



「いいえ、過去は関係ないわ。今ある大切なものを守るだけよ」






















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