悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

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拭えぬ違和感

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あれ以来、リヒトからの手紙は絶える事がなく、シエラもまたリヒトの手紙を破り捨てる事は無くなった。

決してリヒトとの間に恋人らしい関係が育まれているわけでは無く、無視できないのでとりあえず当たり障りのない返事を出していると言う感じであったが、リヒト自身はシエラの様子に変わりがないことが分かればそれで満足しているようで、ひとまず静かであった。


それにシエラは何故かリヒトを突き放せずにいる自分が居たのだった。

しかし、シエラに変わりがないかというとそうではなかった。
前回の人生同様にシエラの悪い噂が様々な所から聞こえるようになっていた。

(前回よりもはるかに早い段階だわ…何が変わったのかしら)


前回に比べてなるべく目立たぬように心がけているシエラの評判は特別良いとは言えないものの、悪くもない筈にもかかわらず、悪評が飛び交う事に少しの不安を感じつつも、今のシエラならば前回のように簡単に貶められる事はないと自らに言い聞かせて心の中を落ち着かせると、書き終えた当たり障りのない手紙をリンゼイに手渡した。


不機嫌そうにソファで待つジェレミアを視界に捉えると、彼はバッと顔を上げて「終わった?」と食い気味に尋ねるので少し笑って頷く。



「姉様、心配しないで…根も葉もない噂なんて僕が捻り潰してやるから」


中身が気になるのか手紙を運んで行くリンゼイをチラリと目視してから、眉間に皺を寄せてそう言うジェレミアを見てじわりと心が温かくなった。



「ありがとう……でも、だめよ。暴君になってはいけないわ、貴方は皆に慕われて選ばれる皇帝にならなければならないの」


「…姉様、けれどこのまま放っておくなんて、」


「幸い、力ある者達ほど私を認めて下さっているわ。令嬢達の暇つぶしに付き合ってはその名誉も廃るわ……そっとしておくのよ」


シエラにとっては二度目の経験であるのだ。

少しズレが生じているとはいえ、最悪の事態を回避する事は容易い。

それ故にそれほど、この件を重要視していなかった。


一方、リヒトは婚約者という立場もあり毎日耳にするシエラの噂話や悪評を不自然だと感じていた。


(何か引っかかる……まるで誰かが意図してシエラを貶めているようだな)

けれども彼女からの手紙にはいつも当たり障りのない返事と、問題ありません。と言う言葉だけが書いてあり、リヒトが干渉する隙がないのだ。

強引にシエラを守る事は勿論、マッケンゼン公爵家としては容易い事であったが近頃のシエラの側にはぴたりとジェレミアが居ると仲睦まじい姉弟の様子もまた噂となっており、

ジェレミアの寵愛が上手くシエラを貶める者達への抑止力となっているのだ。陰口程度の噂話以上の被害はシエラには無かった。

リヒトが強引に動けば少なからず角が立つが、このように一見和やかな雰囲気で仲の良さを見せつけるやり方は巧妙で、

甘く、穏やかな口調で姉が大切だと、シエラに牙を剥く者はジェレミアにとっても敵なのだと認識させるその言葉もまた上手くシエラの後ろ盾となっていたのだった。


(悔しいが、ジェレミア殿下以上の適任者は居ないだろう)


暫く考え耽っていると、ドタバタと廊下を走る音が近づき使用人達の困り声が一緒に近づいてくる。


このマッケンゼン公爵邸でこのような無礼を働くものは一人しかおらず、その者は幼馴染であり、女の子には恵まれなかった両親が可愛がっていた所為もあって幼馴染の情というものか邪険にできずにいた。


ただ、それだけだ。


後にもきっと、この先にも女性としてシエラに誤解されるような関係をメリーと築くつもりは皆目無い。

それなのに、この間の一見ですっかり誤解されてしまった様子はリヒトにとってとても不利なことだった。



「折角、少し近づけたと思ったのに……」


ポツリと呟いてから思わず赤面する。

あれほどまでに、自分に熱のこもった視線を送るシエラに国王を重ねうんざりしていたのが嘘のようだった。

それどころか今は、そんな以前のシエラ以上にリヒトがシエラを愛おしげに見つめ、恋焦がれているのだから不思議な気持ちと一緒に唐突な恥ずかしさがリヒトを襲った。


そして、弱く守ってやらねばならない妹のような存在であるはずのメリーに対して、この間の行動と言い近頃の所作への不信感を感じていた。



「リヒト!!」


「……メリー、無作法だぞ」


「え……?」


今までのリヒトなら、先ずメリーに「何だ」と尋ねてくれてから注意しただろう。けれども彼はメリーが涙声で扉を開けたにも関わらず、何があったのか尋ねてこない上に、メリーに視線を上げる事もせずにどこか上の空のまま「無作法だ」とただ咎めたのだ。

メリーはそんなリヒトの反応が面白くなかった。


「……何だ」

「何があったか、聞かないの?」

「ここの所は頻繁だからな、大体予想がつく」

「だからって、心配してくれないのね。リヒトしか頼る人が居ないのに…っ」

「幼馴染として、心配はしている」

「だったら何で…っ、あんな人とまだ婚約なんて、」


幼馴染として、両親を失ってからリヒトの両親と友好関係にあったメリーの両親はリヒトを沢山気遣ってくれたし親切にしてくれた。

その上、両親が可愛がっていたメリーとは今も兄妹のように思ってはいるが近頃のメリーは不自然なほどにシエラを敵対視しているようにも見える。


度々リヒトの耳に入るメリーへのシエラからの嫌がらせの数々はどう考えても現実的ではない内容や、シエラにメリットのないものばかりで、どちらかといえばシエラは極力人との関わりを避け、目立たぬようにしている風にも見える、そんな彼女がそのような事をするとは考え難いものばかりだ。


「メリー、どうしても皇女がそのような稚拙な嫌がらせをするとは考え難いのだが…、何か誤解があるんじゃないのか?」


「…え?」

(リヒトがあの女の肩をもつなんて…!)


「皇女は噂よりも遥かに思慮深く聡明な方だ、メリーも彼女を知れば…」



「はぁ?彼女を知ればなんて…っ!私は皇女に虐げられているのよ?」


「直接されたのか….?」


「……いいえ。けれど皇女に指示されたと聞いたもの」


皇女とて暇ではない。一貴族令嬢を虐める為に忙しい時間を割いてわざわざ馬車に乗って茶会のたびに城から出てくる訳がない。

そうなると勿論、シエラではない他の令嬢にメリーは嫌がらせを受けた事になるが、その者達はあえてメリーに皇女から頼まれたからだと伝えるだろうか?

それに加えて、シエラ以外の実行犯がいるとしたら変だった。

メリーの話に出る名前はいつもシエラだけで、その他のどの令嬢の名も聞いたことがないのだ。



「……誰から?」


「……それはっ」


「それに、シエラ皇女に友人は居ない筈だが」


(えっ!?)



リヒトの疑うような目線、流石のメリーもこれ以上は無理があるだろうと感じた。奥歯をギリギリと噛み締め腹の底に煮えたぎるどす黒いなにかを堪えるようにそっと、そっと「私の勘違いかもしれないわね」と言うのが精一杯だった。


シエラへの憎しみだけがメリーの中で膨らみ、リヒトのため息だけが静かな部屋にやけに大きく聞こえた。



(絶対にリヒトを取り戻してみせるわ、シエラ皇女……許さない)



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