悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang

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貴女が居るだけで

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その日のジェレミアはどうも、落ち着かない様子で身支度の最中にも、ソワソワと何かを気にしていた。

度々、使用人に「姉様は」と質問しては「いや、いい」と自らでかき消した。


身支度を終えると何よりも先に「すぐに戻るよ。」と言って部屋を出てしまったジェレミアの去った扉を不思議そうにメイド達が、ただ呆然と見つめていた。


ジェレミアが早足で向かったのはシエラの部屋であった。

短く深呼吸してから扉を叩くと、「どうぞ、ジェレミー。」と聞き慣れた優しい声が聞こえて来て安堵すると同時に、まだ名乗っていないにもかかわらず自分だと気付いてくれたことに嬉しくなった。



なかなか入ってこないジェレミアを不思議に感じたのか、シエラは自らが扉を開けるとまるで何年ぶりに再開したかのような平等を浮かべるジェレミアに少し驚いてから心配そうに「どうしたの?」とシエラの胸に飛び込んだジェレミアを抱きしめた。


実際はシエラのほうがかなり小柄なので、シエラがジェレミアの胸に閉じ込められたような形であったが、シエラには彼がとても不安げに感じた。




「ううん、姉様に会いたかっただけ。」


ジェレミアはまるで夢の中の自分が本当の自分のように感じて怖かった。

いずれはこの気持ちが歪んでしまうのだろうか?

今はこれ程までに滑稽だと思っている父や母と同じような人間になってしまうのだろうか?


だが、今までシエラに強いて来た生活はまるであの夢が始まる序章のような気にさえなる。

でいて欲しいが、

あのような姿になって欲しい訳ではない。


何をしても手に入れたいが、殺したい訳ではないのだ。



目の前で、至極心配そうに見つめるシエラにハッとして言葉を探した。



「えっと…、姉様、お早う。」


「ええ、おはようジェレミー。」


「今日の公務は、」


「…午前で終わるわ、どうして?」



「確か宮内での執務だったよね、僕と一緒に居よう。」



シエラは突然のジェレミアのいつもとは違う様子に戸惑っていた。


けれど、なぜか今のジェレミアを放っておいてはいけない気がした。




「ええ、いいわ。」


「じゃあ僕待ってるよ、一緒に行こう!」


「そうね。」



理由は分からなかったが、ジェレミアからは害意を感じないのもあり、すんなりと受け入れたシエラはジェレミアを部屋で待たせたまま、リンゼイと共にドレスルームへと移動した。



着替えを終えて、部屋へと戻ると何やらジェレミアが誰かと言い争いをしているような声が聞こえて、戸惑ったように振り返るリンゼイに大丈夫だと安心させるように頷くと、リンゼイは扉を開けた。



「なんで、またお前が訪ねて来るんだ。」


「本日は、ちゃんと通されてここに来ました。」


「通したのは僕だ。これ以上付き纏うなと警告しようとしたまで。姉様が戻る前に帰れ。」



「それはできません。」



「私の部屋で、何をしているのですか?」



「姉様!」
「シエラ皇女!」


「ジェレミー、勝手にお客様をお通ししてはだめよ。」



「姉上…僕は忠告してやろうと思って、」



「そう、後で聞きます。マッケンゼン公爵…この通り弟の出来心で申し訳ありません。私は公務がありますので……っ!」


シエラは、リヒトの顔を見上げて驚いた。

彼の表情はとても切なく、苦しげで、今にも泣き出してしまいそうだったのだ。


そして彼は、頼りなくけれども心底安堵したような声色で

「すみません、けれど、会いたかった。」と伝えると、訴えかけるようにシエラに伝えた。


「メリーとは恋仲ではありません、俺は例相手が誰であろうと、貴女を守ります。だから…」


「だから、僕の傍にいて下さい」リヒトはその先を言ってはいけない気がした。


その言葉は今伝えるにはあまりにも唐突で、真実味に欠けていた。

先ずは彼女から信頼を得なければならないと直感で感じていたのだ。

けれどもシエラの心は大きく揺れていた。


リヒトの表情、声色、何より彼の赤い瞳からはまるで愛していると言っているかのようにシエラへの情熱こそ感じるものの、嘘は感じられない。


そして過去、何よりも、誰よりも、望んだ人に待ち望んだ言葉をかけられたのだから、シエラの動揺はさも当然であった。

けれども今のシエラはあの頃の無知で純粋なシエラではない。

言葉などに浮かされて目の前の人物の信頼の有無を決めてしまうほど愚かではないと自分に言い聞かせ、できるだけ落ちついた声でリヒトに言葉の続きを促した。


「だから、何ですか?」

「あ、姉上っ聞く必要など…」

「ジェレミー、いいの。」




「マッケンゼン公爵、だからの続きを聞かせてください。」


シエラの疑うような確かめるような視線、それすらも心地よく、リヒトは彼女があのような姿ではなく、彼女らしい凛々しい姿で目の前に立っているということだけで胸がきゅっと締め付けられた。




リヒトはそっとシエラの指先に触れると、手をとって手の甲に口付けると眉尻を下げ、懇願するように言った。



「だから…俺から逃げないで。シエラの居ないこの世はきっと色のない世界となる。」



「…….っ!!」



「なっ!姉様を呼び捨てに、」



「私は何処にも行かないわ。…それにいつから名前で呼び合う関係になったのでしょう?」



「…、申し訳ありません。」



「分かったら出て行け。姉様は僕と約束があるんだ。」



「ジェレミー、公爵をお見送りするわ。少し待っててくれる?」


「姉様っ、それなら僕が」


「お義母様に叱られてしまうわ。見送りは私が…」


「…分かった。」



ジェレミアは渋々とシエラを見送る。

シエラはまるで帰りたくないと駄々をこねるような表情のリヒトを視線で促すと自らエスコートを催促した。


「!」


「…私も暇ではありません。」


リヒトは途中で足を止めると、シエラの手を握りなおし少し掠れた声で、



「貴女を失う夢を見ました。」と言った後に、


「酷く現実的でした。」と続けた。


シエラは一瞬、過去を思い浮かべてドキリとしたものの、まさかそん訳はないだろうとメリーと微笑むリヒトが浮かんではかき消した。


「得てもいないものを、失うことはありません。」


「シエラ皇女、ならば俺に貴女の心に触れるチャンスを下さい。」


「意味がわかりません。」


「もう一度言います。俺から逃げないで…」


そう言ってシエラを抱きしめたリヒトは愛おしげに彼女を胸に閉じ込めた後
そう囁いた。


あまりに切実なリヒトの声色にシエラはそれ以上、何も言えなかった。


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