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公爵と皇太子から逃げたい。

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「待って下さい!」



「….マッケンゼン公爵。」




追ってきたリヒトを無表情で振り返ったシエラは小さくため息をついた。



「貴方はお忙しいでしょう、いつも早く帰りたそうにしていたではありませんか。早く行って。」





(確かに、熱っぽい視線も、甘く美しい声も、触れられた所も煩わしくて仕方が無かった。時間が早く過ぎることばかりを願っていた….)





「いいえ。今は違います。」



「何故突然?それよりも手を…」





掴まれた手首を離して欲しいとシエラが良い終わる前に前方から歩いて来たのはジェレミアであった。



「姉様?…



笑顔の筈の彼からは、妙に重々しい威圧的な雰囲気を感じる。


条件反射のようにシエラが身体を硬直させて緊張したのが、分かった。




リヒトは皇女の秘密を知る少ない家門の内の一人であったので、二人の力関係がはっきりと分かったような気がして、安心させるようにシエラの手首から優しく下ろし、指を絡めて繋ぎ直した。



「…リヒト、それはどう言うつもり?」



「殿下。であるシエラ殿下が怯えておられますので。」



シエラはジェレミアの瞳の奥の怒りを感じた。


(まずいわ、公爵もも。)
   


シエラは突然、リヒトの手を払って冷たい表情で言う。




「勝手な事をしないで。私がどうして可愛い弟に怯えるというの?ジェレミー、どうかしたの?」


「!」


そう言ってジェレミアの頬に触れて慈しむように言ったシエラ。



口元を緩めてまるで恋人でも抱くかのように正面からシエラの腰を引き寄せて固定したジェレミアはシエラの肩に頭を乗せて甘えるような仕草をする。




シエラの肩越しに挑戦的に笑うジェレミアの手中にどれ程シエラが深く落ちているのかが分かり、また何か黒々としたものが腹の中で渦巻いた。



「シエラ殿下は私とお過ごしの筈ですが?」



「ジェレミー、少しだけ離れても…」



「だめだよ姉様は、リヒトばかり構って僕の所に来ないつもりだろう。」




「シエラ皇女はいつも、殿下とお過ごしで?」



「ジェレミー、そんな事はないわ!必ず行くからもう少し…、」



「ああ、僕と過ごしているよ。」




「!!!!」


リヒトは全身が怒りで熱くなるような感覚がした。


この、気の強いシエラが怯える程のが毎晩行われているのだと悟った。



「誤解しないで、殿下はお疲れな上にまだ少し…」



「そう、僕は姉離れが出来なくてね。」



「…、そうですか。」




「姉様。」


「な、なに?ジェレミー。」



「今日は今からすぐに来て。僕もこの後は休みなんだ。」



シエラはジェレミアはまだどこか幼いのだと感じていた。


自分のモノを取られるような気がして、嫉妬したのだと。



(これでリヒトを撒けるなら…さっきからの素直さを考えるとジェレミーに付いて行っても大丈夫そうねきっと邪魔をしたいだけ…)



「分かったわ、ジェレミー。」

抱きしめるジェレミアの胸を軽く押し返し見上げながら言った。



「ごめんなさい、マッケンゼン公爵今日はもう帰って。」



「すまないねリヒト。」


リヒトはもうそれ以上引き止める術がない上に、先程からシエラには避けられているのだ。


(仕方あるまい…。)



グッと堪えて、「では失礼致します。」と下げた頭の横、



いつの間にかシエラを手放してリヒトの耳元に唇を寄せたジェレミアは確かに、けれどリヒトにしか聞こえない程の声で言った。



「安心して、奪ってないから。」


「~~~っ!!!!!」



怒りで目の前がチカチカした。


別にシエラなどどうでも良いと思っていた。


早く解放して欲しいとすらも。


だが、近ごろ様子の変わったシエラが自分から離れるのがどうしても嫌だと思ってしまう。



そして今までは見えなかった、姉弟の闇。





(いや…これは皇宮の闇というべきか、おそらく陛下は既に…)





皇帝は知っていた。ジェレミアが執拗なまでにシエラに執着していることを、そして彼を皇帝にする為にシエラが必要な事も。




かつて自分にとって前皇后がそうだったように。

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