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第十五話 懺悔
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相変わらずシオンは、悲しむ間もないほどに側に居てくれる。
どれだけ世間に騒がれていようと社交もまた貴族の義務であり、今日もまたパーティーに出席する私をエスコートしたのもシオンだ。
今日のパーティーの主催者は皇帝派で皇宮と縁が深い者である為、勿論皇帝も顔を出すだろうと令嬢達は息巻いていた。
「ダリア、大丈夫?」
「勿論よ、付き合わせてごめんなさい」
「僕が勝手に迎えに行ったんだ」
そう言うシオンは近頃女性と遊ばなくなったと専ら噂で、その原因であるダリアとの仲を想像し盛り上がる者達も多い。
やはり、時間通りにやって来たアスターの隣には見慣れないがよく知った顔の青年とルーカスがおりカルミアの姿は見えなかった。
かえって不気味なような、顔を合わせなくてもいいとほっとしたような複雑な気持ちになって、考えないでおこうと思考を振り払った。
「ダリア、シオン。来ていたのか」
ゆっくりと近づいて来たアスターは、想像よりも穏やかでもう彼の中で整理整頓されてしまったのだと思うとチクリと胸が痛むが特に表には出さずにただ皇帝への形式的な挨拶をしただけだった。
シオンのカルミアを探すような、警戒するような視線に気付いたのかアスターは「あの秘書官には外れてもらった」とだけ簡潔に伝えた。
帝国法上、公式的な罪状の公表までまだ噂にならぬようにせねばならなかった為、すぐにでもあの秘書官は処罰する。嫉妬に狂った感情のまま思ってもいない事を言ってダリアを傷つけた事を謝罪し、ちゃんと話したかったがとりあえず人目を避ける必要があった。
「ダリア……少し話がしたいんだが」
ダリアはぐっと何かを堪えるような、瞳の奥に感情を押し込めるような雰囲気がしたあと、がらりと表情を変えてシオンの腕に自分の腕を絡めた。
「しつこいわね、見てわかんないの?貴方とは終わったの」
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「ただ紙面上、別れるのが滞っているだけでしょう」
「ダリア、いい加減に……!」
そう言ってダリアの顔を見ると、その表情は一見上手く取り繕っているものの哀しみが滲んでおりシオンもまたそのような危ういダリアを心配そうに支えていた。
今すぐにその腕を振り解いて奪い去りたかったが、それでは解決しないのだと実感させられたのだ。
深く、深く傷つけてしまったダリアの心の傷は
長い間ふたりで育んだ信頼を崩した自分の罪は、
それほどまでに根深いのだと思い知らされた気がした。
「なに、話が終わったなら行かれては?」
「ダリア、すまなかった」
「「!」」
「……何に対しての謝罪ですか?」
「……」
アスターが人前で謝罪するなど今までに一度も無かった為に驚愕するルーカスと新人秘書官のシーク。
シオンから腕を離してしっかりと向き合ったダリアを心配そうに見守るシオン。
そして、気にしていないふりをしながら耳と目を此方に向ける貴族達。
けれどもアスターは自分の過ちに気付いた今、取り繕う余裕など無かった。
「ダリア、貴女に言った言葉は全部取り消す。ただ見苦しい感情のままぶつけた戯言だった。ずっと後悔していた」
「……」
「ダリアの居ない生活など、もうこれ以上考えられないのだ。皇帝としてだけではなく、ちっぽけなひとりの男としてすら貴女がいない俺は居られない。苦しくて、後悔の念に押しつぶされそうなんだ」
「……他の女性を抱きしめた腕に甘んじて抱かれろというの?私を尻軽だといって彼女を信用した貴方の言葉をすぐに信じろというの?」
「ダリア、もう行こう」
「忘れないでアスター、私が誰だったのか。貴女が婚約者だった私を差し置いて信じたものはどれほど小さくて、弱くも脆い幻影だったのか」
「あの女とは!何もしていない!何でそんな誤解を……!?」
「陛下の秘書官は貴方に毎晩付き添ったと自慢げにしていたそうですが?」
「シオン……」
「執務で残業が続いたが、マルコスも、他の使用人も居た!一度もあの者とやましい事をした事はない!皆が証明する」
「……どう言う事だ?」
「シオン、私も訳が分からないわ」
「陛下との関係を、仄めかしていたと言う事ですね?あろう事がダリア様に……まさか、皇宮内で?」
「ええ、大体はそうね」
「ルーカス、何か問題が?」
「皇宮内では、エイジ卿は付いておりません。ダリア様の侍女がわざわざこちらに報告するとも思えません」
「ならば、偶然目の届かぬところですれ違っていたと?」
「偶然か、図ったのか巧妙にダリア様を思い込ませていったと思われます」
「馬鹿を言わないで、そんな言い分……っ」
「まって、ダリア!」
「「「!!」」」
一歩下がったと思うと、ツカツカと背を向けて歩き出した。
混乱した様子のダリアを追うシオン。
「ルーカス、場を頼んだ。すぐに戻る」
その後を追ったアスターの慌てた様子にルーカスはやれやれと肩をすくめた。
「待ってくれダリア!誓って他を愛した事はない!」と言うアスターの声が微かに聞こえると会場は騒然とした。
「どう言うこと?」
「お二人はまだ愛し合っているの?」
「あの秘書官が嘘を言っていたと言う事か?」
「恐れ多くもお二人を引き裂こうとしたの!?」
「そうだとすればシオン様は悲恋の公子だわっ」
そんな会場によく通る、少し鼻にかかるような声で響いた。
「私の娘は……、カルミアは陛下を愛しております!!皇宮の仕事が忙しいと数日顔を合わせておりませんが、もしかしたらダリア様の報復を……」
「陛下も同じ気持ちだとは限りません、伯爵」
「だが!!」
「これ以上は、不敬罪となりますよ」
「はっ!!たかが令嬢の為に……」
「皇后となられるお方です。唯一陛下が全てを許されるお方です貴方の娘ではなく、ダリア様がね。この者を不敬で捕らえて尋問せよ」
「はっ、ルーカス様!」
(もう滅茶苦茶だな、さっさと罪状の公表の手続きを早めねば)
どれだけ世間に騒がれていようと社交もまた貴族の義務であり、今日もまたパーティーに出席する私をエスコートしたのもシオンだ。
今日のパーティーの主催者は皇帝派で皇宮と縁が深い者である為、勿論皇帝も顔を出すだろうと令嬢達は息巻いていた。
「ダリア、大丈夫?」
「勿論よ、付き合わせてごめんなさい」
「僕が勝手に迎えに行ったんだ」
そう言うシオンは近頃女性と遊ばなくなったと専ら噂で、その原因であるダリアとの仲を想像し盛り上がる者達も多い。
やはり、時間通りにやって来たアスターの隣には見慣れないがよく知った顔の青年とルーカスがおりカルミアの姿は見えなかった。
かえって不気味なような、顔を合わせなくてもいいとほっとしたような複雑な気持ちになって、考えないでおこうと思考を振り払った。
「ダリア、シオン。来ていたのか」
ゆっくりと近づいて来たアスターは、想像よりも穏やかでもう彼の中で整理整頓されてしまったのだと思うとチクリと胸が痛むが特に表には出さずにただ皇帝への形式的な挨拶をしただけだった。
シオンのカルミアを探すような、警戒するような視線に気付いたのかアスターは「あの秘書官には外れてもらった」とだけ簡潔に伝えた。
帝国法上、公式的な罪状の公表までまだ噂にならぬようにせねばならなかった為、すぐにでもあの秘書官は処罰する。嫉妬に狂った感情のまま思ってもいない事を言ってダリアを傷つけた事を謝罪し、ちゃんと話したかったがとりあえず人目を避ける必要があった。
「ダリア……少し話がしたいんだが」
ダリアはぐっと何かを堪えるような、瞳の奥に感情を押し込めるような雰囲気がしたあと、がらりと表情を変えてシオンの腕に自分の腕を絡めた。
「しつこいわね、見てわかんないの?貴方とは終わったの」
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「ただ紙面上、別れるのが滞っているだけでしょう」
「ダリア、いい加減に……!」
そう言ってダリアの顔を見ると、その表情は一見上手く取り繕っているものの哀しみが滲んでおりシオンもまたそのような危ういダリアを心配そうに支えていた。
今すぐにその腕を振り解いて奪い去りたかったが、それでは解決しないのだと実感させられたのだ。
深く、深く傷つけてしまったダリアの心の傷は
長い間ふたりで育んだ信頼を崩した自分の罪は、
それほどまでに根深いのだと思い知らされた気がした。
「なに、話が終わったなら行かれては?」
「ダリア、すまなかった」
「「!」」
「……何に対しての謝罪ですか?」
「……」
アスターが人前で謝罪するなど今までに一度も無かった為に驚愕するルーカスと新人秘書官のシーク。
シオンから腕を離してしっかりと向き合ったダリアを心配そうに見守るシオン。
そして、気にしていないふりをしながら耳と目を此方に向ける貴族達。
けれどもアスターは自分の過ちに気付いた今、取り繕う余裕など無かった。
「ダリア、貴女に言った言葉は全部取り消す。ただ見苦しい感情のままぶつけた戯言だった。ずっと後悔していた」
「……」
「ダリアの居ない生活など、もうこれ以上考えられないのだ。皇帝としてだけではなく、ちっぽけなひとりの男としてすら貴女がいない俺は居られない。苦しくて、後悔の念に押しつぶされそうなんだ」
「……他の女性を抱きしめた腕に甘んじて抱かれろというの?私を尻軽だといって彼女を信用した貴方の言葉をすぐに信じろというの?」
「ダリア、もう行こう」
「忘れないでアスター、私が誰だったのか。貴女が婚約者だった私を差し置いて信じたものはどれほど小さくて、弱くも脆い幻影だったのか」
「あの女とは!何もしていない!何でそんな誤解を……!?」
「陛下の秘書官は貴方に毎晩付き添ったと自慢げにしていたそうですが?」
「シオン……」
「執務で残業が続いたが、マルコスも、他の使用人も居た!一度もあの者とやましい事をした事はない!皆が証明する」
「……どう言う事だ?」
「シオン、私も訳が分からないわ」
「陛下との関係を、仄めかしていたと言う事ですね?あろう事がダリア様に……まさか、皇宮内で?」
「ええ、大体はそうね」
「ルーカス、何か問題が?」
「皇宮内では、エイジ卿は付いておりません。ダリア様の侍女がわざわざこちらに報告するとも思えません」
「ならば、偶然目の届かぬところですれ違っていたと?」
「偶然か、図ったのか巧妙にダリア様を思い込ませていったと思われます」
「馬鹿を言わないで、そんな言い分……っ」
「まって、ダリア!」
「「「!!」」」
一歩下がったと思うと、ツカツカと背を向けて歩き出した。
混乱した様子のダリアを追うシオン。
「ルーカス、場を頼んだ。すぐに戻る」
その後を追ったアスターの慌てた様子にルーカスはやれやれと肩をすくめた。
「待ってくれダリア!誓って他を愛した事はない!」と言うアスターの声が微かに聞こえると会場は騒然とした。
「どう言うこと?」
「お二人はまだ愛し合っているの?」
「あの秘書官が嘘を言っていたと言う事か?」
「恐れ多くもお二人を引き裂こうとしたの!?」
「そうだとすればシオン様は悲恋の公子だわっ」
そんな会場によく通る、少し鼻にかかるような声で響いた。
「私の娘は……、カルミアは陛下を愛しております!!皇宮の仕事が忙しいと数日顔を合わせておりませんが、もしかしたらダリア様の報復を……」
「陛下も同じ気持ちだとは限りません、伯爵」
「だが!!」
「これ以上は、不敬罪となりますよ」
「はっ!!たかが令嬢の為に……」
「皇后となられるお方です。唯一陛下が全てを許されるお方です貴方の娘ではなく、ダリア様がね。この者を不敬で捕らえて尋問せよ」
「はっ、ルーカス様!」
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