あなたの嫉妬なんて知らない

abang

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第二話 自由

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突然やって来て怒りに満ちた瞳で、声を低めるアスターの少し離れた背後で、嘲笑うように口元を吊り上げた秘書官を見て何故かヒヤリとした。


彼女が自らの豊かなドレスの胸元をツンと指差して捲ると見えた赤い華は男女の情事を思わせるものだった。


実際にはアスターが付けたものではない上に、そのような事実はないのだが婚約パーティーを前に忙しくて中々会えなかったお互いよりもずっとそばに居た彼の信頼する秘書官とそうなる事もあり得なくは無いと不安になる。


そんな事にも気付かずに、ダリアを睨みつけるアスターの瞳を見ているとふと、


ダリアは日頃からカルミアに不信感を持っていた所為で、何度かアスターと言い争いになった事を思い出した。


"あの方は少し、信頼感にかけます"

"仕事は完璧だ。忙しい中で有能な者を理由なくクビには出来ない"

"ですが……"

"陛下、失礼します。会議の時間です王冠を……"

"秘書官、私がやります"

"ダリア、君はいい。秘書官に任せる"



少し屈んで頭を差し出した皇帝を見て傷付くダリア。



(隣にいてもいつも見上げないといけない貴方は彼女に、背丈を合わせてその髪に触れさせるのね)



ダリアの前ではいつも堂々として、完璧なアスターだった彼が崩れたタイを直して貰い王冠を被せてもらう為に背丈を合わせる姿がとても信頼し合っているように見えて酷く胸が痛んだ。

何かあれば「秘書官」「秘書官を呼べ」と彼女を頼り、いつもどんな執務にも同行する秘書官は許嫁のダリアよりも遥かに彼と多くの時間を過ごしていた。



アスターは大切で高貴な彼女に世話係のような仕事をさせるつもりがないだけでましてや秘書官は部下でダリアは対等な存在だと考えていた為、ダリアのそんな気持ちには一切気付かなかった。



美しく完璧な彼女の前では、完璧なアスターで居たいという男のプライドだった。ただ彼女に格好をつけたかったのだ。



それでもダリアにとっては甲斐甲斐しく世話を焼くカルミアと渋々でも受け入れるアスターが仲睦まじく見えた。



些細な嫉妬や信頼を長い時間をかけて揺さぶったカルミアの策に気付かぬまま二人はお互いの気持ちを疑うことになった二人はついに不満をぶつけ合う事となった。



「あなたが尻軽だとは知らなかったな」


「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」


「は……終わりだなんて、」



アスターの声を遮るように背後からゆっくりとカルミアの声が近づく。




「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……




 "今日の主役が二人も抜けては"」


意図は分からないが、きっとアスターを愛しているのだろうわざとらしいカルミアの芝居にも気付かないアスターにもダリアは吐き気がした。





「秘書官」


「名前があります、陛下」


「カルミア、少し外してくれないか」



(秘書官の手に掛かれば皇帝も大型犬のようなものね)




「あまり気を立ててはいけません陛下、昨日も(執務で)あまりお眠りになっていないでしょう」



「ああ、そうだったな」




「!!」


「ダリア……とにかく後で話そう」



「はー、もういいわ」



「は……ダリア何を……」



と無理に婚約する必要はないわ皇帝陛下、私は帰ります。儀式ならお二人で勝手にして下さい」



「なぜ、カルミアが出てくるんだ!」



「鈍い人ね、さよならアスター」



「ダリア!!」


「アスター様大丈夫です。貴方は素晴らしい男性です。ダリア様は少し我儘な所があります、きっとダリア様も明日には思い直すでしょう」



アスターの両手を慰めるようにぎゅっと握ったカルミアにアスターは返事をしなかったが手を振り払うと背を向けて会場に戻った。



「ルチルオーブ家の者達は急用で皆退場されました」


「では、婚約式は……」


「次の機会になります、陛下」


「ーっ!俺は帰るが皆はゆるりと過ごしてくれ」


執事長の心配そうな視線に気付かないアスター。


それでも優先順位が低いものとはいえ、今日の為に後回しにした仕事は待ってはくれないのだ。



「秘書官、来い!」


「……!はいっアスター様!」




「ねぇ……見た?」

「あぁ、陛下とダリア様は何か険悪な雰囲気だったぞ」


「秘書官様と陛下はどう言う御関係かしら?」



異例の事態に会場では様々な憶測が飛び交った。



一週間が経っても婚約式についての発表がない上に、公の場でも並んでいない二人に破局の噂が流れたのはすぐだった。
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