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ちょっとだけ気まずい
しおりを挟む玲の告白にちょっとは意識でもするのかと思っていたのに、お嬢の様子は相変わらずで玲が不憫にすら感じる。
鈍感もここまできたらある意味芸術的だな、ってぼんやりと縁側で言った独り言に「そうだよなぁ……」なんて死にそうな声が返ってきて一瞬おばけかと思った。
「……愛慈、何か失礼な事思ってたろ?」
「いや、何も」
「そう言うちゃんとした顔すんの上手いよね」
「……っぶは、無理だわ。不憫すぎんのよ玲オマエ」
恨めしそうな玲の肩に慰める意味で手を置いてお嬢の迎えに行こうとするとその手をがしりと掴まれた。
「お嬢に振られたからって、俺に?」
「んな訳ないだろ、俺が迎えに行く」
「あ?駄目に決まってんだろ」
結局、喧嘩になったところを親父に見つかって子供んときみたいに叱られた。
「愛慈、はよ行ってこい」
「……はい!」
「それと玲、明日の送りはお前が行ったってくれ」
「へ……いいんですか?」
「愛慈にはワシと来てもらわなあかん仕事出来たからな」
「はい!!」
「絶対無事に。は当たり前やからな」
「心得てます!」
渋々、玲に明日の送りの段取りを伝えて急いでお嬢ん所へと向かう。GPSがちゃんと学校にある事を確認して安心する。
恋人というよりは、相変わらず世話係とお嬢の延長線上ではあるが、むしろ元よりお嬢の全てが俺で出来てるんだから今更どっちだっていい。
「愛慈、ありがとう」
「お嬢、おかえりなさい」
変わった事と言えば、触れるだけのキス。
こうやってお嬢からしてくれるのが可愛くて仕方がない。
距離感がバグってんのか、俺の育成の賜物か、
俺目掛けて真っ直ぐ歩いてきてそのまま首に手を回したお嬢がちょっとだけ恥ずかしそうにキスをするその仕草に萌える。
「人前ですけど、いいの?」
「あっ……」
間違えた、とでも言いたそうな赤い顔に周りを盗み見るともう何回も見てる筈なのに落胆する男達に優越感を感じる。
(お前らじゃ一生触れらんねーの、レベルが違うからね)
助手席のドアを開けながらお嬢との信頼関係の深さに浸ってはいるがもちろん頭を打たないように手を添えるのも、シートベルトも膝掛けも忘れない。
「ありがとう、愛慈」
「それも、飲んで。疲れたでしょ?」
「わぁ!これ新作のフラペチーノ!」
お嬢の気になっている新作ドリンクもリサーチ済みだし、最近俺に慣れて来たのか咲ちゃん曰く、
「スパダリ越えてストーカーですね!」らしいが全く問題ない。
だってほら、今ストロー咥えてる綺麗なピンクの唇だって今朝俺が塗ってやったやつなんだもん。
俺が仕事の時は寝惚けて「愛慈?」って部屋から顔を覗かせているらしいお嬢は支度するのにも一苦労で俺の名前を何回も間違って呼んじゃうらしい。
(あー可愛い)
その役目を明日は玲に譲ることになるのだが、それでもまぁアイツにもちゃんと話す機会が必要かと、明日の段取りをお嬢に説明しておく。
「えっ玲が?」
「はい、車違うから間違えねーように」
「わ、分かってるわよ」
玲が来てくれるのは嬉しいけれど、愛慈が来ない不安もあると見て分かる天音に愛慈はきゅんと胸を掴まれた気がした。
翌朝、お嬢の支度をしてするんと手触りのいい髪をひと撫でしてから白い頬に唇を落とした。
(今日も、俺の、ぜんぶ俺色)
「可愛い、天音」
「あ、愛慈っ……愛慈だって正装、素敵だよ」
勇気を出した、そんな顔つきで子供みたいな唇が一瞬触れるだけの口付けをくれたお嬢はまだ恥ずかしいのかパタパタと多分、玲のところへ走って行った。
「玲、今日はお願いします」
(う、悔しいけど愛慈のセンス良いわ)
「天音、今日も可愛い」
「ふふ、ありがとう玲!愛慈のおかげだよきっと」
こう言う時に愛慈には敵わないなって実感するけど、この気持ちに区切りをつける為にもちゃんと今日は言わなきゃならない。
「天音、シートベルト付けるね」
(えっと扉開けたら、シートベルト、んで膝掛け……)
愛慈に念入りに教わった手順で感心しながらも天音を乗せて、送る。
会話の所々に出てくる愛慈の話、勿論自分を幼馴染として好いてくれているのは伝わるが、それはあくまで家族愛のようなものだろう。
「やめた……!」
どうせちゃんと振られたところでそう簡単に諦められないし、
やっぱりそうなったら少なからず気まずくなるだろうし、
何よりずっと愛慈が気を抜かない為のライバルでいるのも悪くないな、なんて。
(臆病なだけかもね)
「離れるつもり無いしね」
「どうしたの?」
「なんでもない」
「天音、好きだよずっと」
「うん、私もよ」
(まぁ今は、愛慈に任せておくよ)
「愛慈に泣かされたら俺んとこおいで」
「そうだね」なんて笑った天音の笑顔を守るんだって、
だから此処で終わらせないのもいいかななんて、
臆病な俺でも今はまだこれでいい気がした。
(やっぱり、愛慈はすごいなぁ)
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