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忘れられないのはどっち?
しおりを挟む正式に彼の愛人となったあの日、私が彼の愛人を辞めたあの瞬間から数日と数時間が経っているがまだたったのそれだけだ。
カルヴィンの居ない世界は正直、時間が経つのが遅くて彼の為に捧げた全ての時間がどれほど多かったか思い知らされるばかりだ。
それでももう、あの二人の記事や噂に振り回される必要も無いし彼女に後ろめたさを感じる事もない。
身軽になったような、清々しいような気分だった。
思っていたよりも彼との時間は辛かったのかもしれない。
愛しているからこそ幸せだと思っていた時間よりも、考えてみれば辛い事の方が遥かに多かった。
カルヴィン・エスト伯爵、出会った頃彼はまだ伯爵子息だったし私はただ大金持ちなだけの成り上がりの家門の令嬢だった。
元々は男爵家だったうちは金の力で伯爵家の爵位を手に入れただけの成金貴族だ。由緒正しいエスト伯爵家とは釣り合いが取れる筈も無く、彼は爵位を継ぐ為に結果的に彼女を選んだのだ。
「よくある話よね」
そう、よくある話だ。
社交会において不倫なんてものは当たり前に蔓延っている。
カルヴィンも例外では無かっただけ。
それにも関わらず、彼はひどく束縛をする人だった。
そのおかげで幼い頃からずっと私は社交会では他の誰とも踊った事は無いし、公的なもの以外で他の男性と話した事も無い。
限られた友人、限られた行動範囲で過ごしてカルヴィンの好むものを身につけて彼の嫌がる事はしてはいけなかった。
恋は盲目だと言うが、今思えばよく耐えられたなと思う。
カルヴィンに許して貰えずに呑んだことの無いお酒や、行ったことのない所に行ってみるのもいいかもしれない。
なんだか途端にわくわくして、がらりと変わった私の世界が愛おしく思えた。
「やってみたいこと……、お金ならあるものね」
稼ぐ方法はいくらでも教わった。
父も母も商いに長けた人だ、そのおかげで我が家には金が有り余っているのだから。勿論私も学んで来た。
別にカルヴィンが居なくても飢える事は無い。
彼がドレスを贈って来なくても、好きなものを着ればいい。
(あれ、思ったより落ち込んで無い。私)
「ふふっ、今日は何をしようかしら?」
せっかくの良い気分を台無しにするのはメイドのキャシーの声。いや別にキャシーの声が悪いわけでは無いのだが、厳密に言うとその内容が最悪なものなのだ。
「リベルテお嬢様、今朝の贈り物です」
「突き返して頂戴、二度と受けとらないと」
「……カルヴィン様からですが」
「いいの。もう終わったのよ」
私がそう言うや否や、ぱあぁっと顔を明るくして「分かりました!」と勢いよく部屋から駆け出して行ったあたりキャシーにもかなり心配をかけていたようだと苦笑した。
私の赤い髪にはエメラルドグリーンよりももっと似合う色がある筈、そう思ってクローゼットを見るも彼に関連するデザインのものばかりで今日は出かけるのを諦めて仕立て屋を呼ぶ事にした。
「このドレスも宝石も全て現金に換えて来て頂戴」
それからも毎日、毎日、現金と化すだけのドレスや装飾品を贈ってくるカルヴィンはもう意地にでもなっているのか段々とその値段は大きくなっている。
そろそろ新しく仕立てたドレスも出来上がる頃だろうし、仮面舞踏会にでも出掛けて見るのもいいかもしれない。
(もうすぐ社交会シーズンだし、新しい友達も欲しいわね)
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