60 / 62
6章 武者首
チャイとアップル
しおりを挟む
千佳を家まで送り届けて、わたし達も家路に着いた。
コゲツが車を停めている間にわたしは一足先にお風呂に入るように言われて、着替えを持ってお風呂に行ったものの……明るいうちに入るから良いけど、夜にお風呂は無理かもしれない。
さっき聞いたり見たりした武者の首が脳裏に焼き付いて離れないから、怖くてどうしようかと思っていたら火車がお風呂の蓋の上で丸まっていた。
「火車~。たまにはお風呂に入ろうねぇ」
「にゃぁ?」
寝ぼけて欠伸をしている火車を手に持ち、お風呂場を締め切る。
そこで火車も察したのかわたしをジトリと睨みつけた。
「火車~怖いから一緒にお風呂入ろ?」
「ぶにゃー……」
仕方がないなぁと言うように、お風呂場の換気窓の上に座りじっとしていてくれる。
少し面倒くさがりだけど人間臭い火車のこういうところが好ましい。
それでも火車から早くしろという圧のようなものが発せられているので、わたしは素早く頭と体を洗う。
湯船に少し浸かって程よく今日は動いたなぁと、手足が疲労を訴えているのを感じた。
「はぁー……明日は筋肉痛じゃないと良いなぁ」
「なうー」
「はーい。火車も付き合ってくれてありがとう。もう出るよー」
お風呂から上がり火車も回収して居間へ行くと、スパイシーな香りが台所からしていた。
甘いようなそれでいて懐かしい……なんだろうと台所を覗くと、コゲツが小さな白い小鍋で茶色い何かを煮だしていて、後ろの調理台ではキョウさんが泡だて器でホイップを作り、ダイさんが大きめのタンブラーを用意していた。
「皆、何を作ってるの?」
「ミカサ、ちょっとしたカフェ気分のやつだ」
「主が店に行かずとも家でくおりてぃーの高い飲み物を作るそうだ!」
人型なのに犬の尻尾でも見えてしまいそうな二人の嬉々とした顔に、こちらも嬉しくなってしまう。
しかし、カフェのような飲み物とはなんなのだろう?
「コゲツ、何作ってるの?」
「今日は体を中から温めた方が良いかと思って、チャイティーラテです」
「チャイティーって、よく耳にするけど、体を温めるの?」
テレビやSNSでは耳や目にはするけど、実際飲んでみたことは無い。
なんだか外国の紅茶なのかな? というあやふやな感じで、よく分からないところだ。
「チャイの本場はインドです。インドと言えばスパイスですからね。チャイはシナモンロールを使うのですが、これはビタミン群が多く含まれていて、血液の循環を良くし発汗や抗菌作用などもあると言われています。他にも年上の女性には嬉しいシミやしわ、たるみなどにも効果があるとされています。まぁ、過剰摂取は禁物ですが」
「へぇーシナモンってアップルパイとか揚げパンの上にかけてあるやつだよね?」
「ええ。ただ、揚げパンのシナモンはニッキかもしれないですけどね」
「シナモンとニッキって違うの?」
同じ物じゃないのだろうか? 味も似た感じがするし……でもニッキというと京都のお土産とかに使われている和風のイメージがする。
コゲツは小鍋を網で越しながら、ダイさんが持ってきたタンブラーに注ぐ。
一見すると普通のミルクティーに見える。
「シナモンはセイロン産地の物で、ニッキは日本産地の物という風に覚えておくと良いかもしれません。まぁ、今はどこの産地というのはわりと曖昧になってきてはいますけどね」
「そっかぁ。なんだか食欲をそそられる感じがする」
「嫁殿は食いしん坊ですね。まぁお昼ご飯もまだですから仕方もありませんか」
そう。今日は体を一杯動かして、お腹はペコペコなのだからこれは普通に仕方がない。
お腹が鳴くのも、このシナモンの香りが誘惑しているからだ。
「主、生クリームが出来たぞ」
「では、チャイティーの上に載せてしまいましょうか」
キョウさんの泡立てたホイップをチャイティーの上に載せ、上から黒蜜を掛け、さらにその上にシナモンパウダーを振りかけて、わたしとキョウさんにダイさんへとタンブラーを持たせてくれる。
本当にお家カフェのようだ。
「おおっ! テレビで見たヤツだ!」
「これはバズれるのではないか!?」
「また二人共、妙な言葉を覚えましたね……」
「ふふっ。わたしもスマホで写真を撮って、千佳に送っちゃお」
「嫁殿まで。それなら、アップルパイも焼きあがりましたから一緒にどうぞ」
「アップルパイも⁉」
わたしがコゲツに飛びつかんばかりに詰め寄ると、流石のコゲツも驚いたのか目を丸くしていた。
だって、アップルパイの焼き立てはサクサクで美味しいのだから、これは仕方がない。
一度味わってしまえば、冷めたアップルパイじゃ満足できないのだから、焼き立てに勝るもの無しなのだ。
「アイスクリームも上に載せましょうか?」
「コゲツ、それって最高!」
「主! 我にも!」
「アイスクリームを所望する!」
詰め寄るわたし達にコゲツはオーブンからアップルパイを取り出し、台所に一気に香ばしくて甘い香りが広がった。
包丁でアップルパイをサクッと切る音がたまらない。
ワクワクと子供のように待つわたし達をコゲツはお母さんのように、微笑ましそうに見て笑う。
熱々のアップルパイの上にバニラアイスが載った。
「はぁぁ~。コゲツは最高のお嫁さんッ!!」
「お嫁さんは嫁殿ですけどね」
コゲツに頬に軽いキスをされて台所から出され、居間でアップルパイの美味しさもチャイティーの味もよく分からなくなってしまったのは、ワザとなのかなんなのか!
ああっ、でもやっぱり好きなものは好き。
それは何を? と聞かれたら困ってしまうけれど。
球技大会の終わったわたしのちょっぴり怖くてちょっぴり甘い、そんなひと時の秋の終わり。
コゲツが車を停めている間にわたしは一足先にお風呂に入るように言われて、着替えを持ってお風呂に行ったものの……明るいうちに入るから良いけど、夜にお風呂は無理かもしれない。
さっき聞いたり見たりした武者の首が脳裏に焼き付いて離れないから、怖くてどうしようかと思っていたら火車がお風呂の蓋の上で丸まっていた。
「火車~。たまにはお風呂に入ろうねぇ」
「にゃぁ?」
寝ぼけて欠伸をしている火車を手に持ち、お風呂場を締め切る。
そこで火車も察したのかわたしをジトリと睨みつけた。
「火車~怖いから一緒にお風呂入ろ?」
「ぶにゃー……」
仕方がないなぁと言うように、お風呂場の換気窓の上に座りじっとしていてくれる。
少し面倒くさがりだけど人間臭い火車のこういうところが好ましい。
それでも火車から早くしろという圧のようなものが発せられているので、わたしは素早く頭と体を洗う。
湯船に少し浸かって程よく今日は動いたなぁと、手足が疲労を訴えているのを感じた。
「はぁー……明日は筋肉痛じゃないと良いなぁ」
「なうー」
「はーい。火車も付き合ってくれてありがとう。もう出るよー」
お風呂から上がり火車も回収して居間へ行くと、スパイシーな香りが台所からしていた。
甘いようなそれでいて懐かしい……なんだろうと台所を覗くと、コゲツが小さな白い小鍋で茶色い何かを煮だしていて、後ろの調理台ではキョウさんが泡だて器でホイップを作り、ダイさんが大きめのタンブラーを用意していた。
「皆、何を作ってるの?」
「ミカサ、ちょっとしたカフェ気分のやつだ」
「主が店に行かずとも家でくおりてぃーの高い飲み物を作るそうだ!」
人型なのに犬の尻尾でも見えてしまいそうな二人の嬉々とした顔に、こちらも嬉しくなってしまう。
しかし、カフェのような飲み物とはなんなのだろう?
「コゲツ、何作ってるの?」
「今日は体を中から温めた方が良いかと思って、チャイティーラテです」
「チャイティーって、よく耳にするけど、体を温めるの?」
テレビやSNSでは耳や目にはするけど、実際飲んでみたことは無い。
なんだか外国の紅茶なのかな? というあやふやな感じで、よく分からないところだ。
「チャイの本場はインドです。インドと言えばスパイスですからね。チャイはシナモンロールを使うのですが、これはビタミン群が多く含まれていて、血液の循環を良くし発汗や抗菌作用などもあると言われています。他にも年上の女性には嬉しいシミやしわ、たるみなどにも効果があるとされています。まぁ、過剰摂取は禁物ですが」
「へぇーシナモンってアップルパイとか揚げパンの上にかけてあるやつだよね?」
「ええ。ただ、揚げパンのシナモンはニッキかもしれないですけどね」
「シナモンとニッキって違うの?」
同じ物じゃないのだろうか? 味も似た感じがするし……でもニッキというと京都のお土産とかに使われている和風のイメージがする。
コゲツは小鍋を網で越しながら、ダイさんが持ってきたタンブラーに注ぐ。
一見すると普通のミルクティーに見える。
「シナモンはセイロン産地の物で、ニッキは日本産地の物という風に覚えておくと良いかもしれません。まぁ、今はどこの産地というのはわりと曖昧になってきてはいますけどね」
「そっかぁ。なんだか食欲をそそられる感じがする」
「嫁殿は食いしん坊ですね。まぁお昼ご飯もまだですから仕方もありませんか」
そう。今日は体を一杯動かして、お腹はペコペコなのだからこれは普通に仕方がない。
お腹が鳴くのも、このシナモンの香りが誘惑しているからだ。
「主、生クリームが出来たぞ」
「では、チャイティーの上に載せてしまいましょうか」
キョウさんの泡立てたホイップをチャイティーの上に載せ、上から黒蜜を掛け、さらにその上にシナモンパウダーを振りかけて、わたしとキョウさんにダイさんへとタンブラーを持たせてくれる。
本当にお家カフェのようだ。
「おおっ! テレビで見たヤツだ!」
「これはバズれるのではないか!?」
「また二人共、妙な言葉を覚えましたね……」
「ふふっ。わたしもスマホで写真を撮って、千佳に送っちゃお」
「嫁殿まで。それなら、アップルパイも焼きあがりましたから一緒にどうぞ」
「アップルパイも⁉」
わたしがコゲツに飛びつかんばかりに詰め寄ると、流石のコゲツも驚いたのか目を丸くしていた。
だって、アップルパイの焼き立てはサクサクで美味しいのだから、これは仕方がない。
一度味わってしまえば、冷めたアップルパイじゃ満足できないのだから、焼き立てに勝るもの無しなのだ。
「アイスクリームも上に載せましょうか?」
「コゲツ、それって最高!」
「主! 我にも!」
「アイスクリームを所望する!」
詰め寄るわたし達にコゲツはオーブンからアップルパイを取り出し、台所に一気に香ばしくて甘い香りが広がった。
包丁でアップルパイをサクッと切る音がたまらない。
ワクワクと子供のように待つわたし達をコゲツはお母さんのように、微笑ましそうに見て笑う。
熱々のアップルパイの上にバニラアイスが載った。
「はぁぁ~。コゲツは最高のお嫁さんッ!!」
「お嫁さんは嫁殿ですけどね」
コゲツに頬に軽いキスをされて台所から出され、居間でアップルパイの美味しさもチャイティーの味もよく分からなくなってしまったのは、ワザとなのかなんなのか!
ああっ、でもやっぱり好きなものは好き。
それは何を? と聞かれたら困ってしまうけれど。
球技大会の終わったわたしのちょっぴり怖くてちょっぴり甘い、そんなひと時の秋の終わり。
1
お気に入りに追加
548
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。