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三章

当時のスイ③ スイ視点

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 マンションに戻り、玄関ホールで見たものは、聖獣の樹が根元から折れて枯れていた事だった。

「星、夜……? そんな、馬鹿な……」

 聖獣の白虎が簡単に死ぬわけはない。
 それでも、目の前に星夜の分身ともいえる樹は枯れて朽ち果てていた。
 一度は落ちそうになったケーキを再び手に持つことができず、床でドサッと軽い音を立ててケーキの箱が落ちた。
 樹に触れて、完全に望みの無い死んだ樹だと解った。
 
「お前は、そんな……弱い奴ではないだろう……?」

 頬を流れた涙に、自分の涙は昔枯れ果てたと思っていただけに、人間らしさが残っていた事に驚いた。
 そして気付く、小さな苗木がまだ枯れ果てていないことを。

「あの子は、生きているー……ッ!!」

 マンションのベランダから身を乗り出し、空を駆ける。
 普段ならば、大きな狼の姿に変化する能力も、星夜の制限のかかったかせが外れていた為に、かつての『血の王』『吸血鬼』としての能力が色濃く出た。
 体の軽さと湧き上がる力に、せめて母子の無事を願わずにはいられなかった。

 おびただしい数の警察車両と消防車両……眼下に広がる燃える遊園地の赤が、ただ事ではないことを告げていた。
 すでにテレビのニュースを見た関係者や、報道陣達で遊園地は想像以上に混雑していた。

「退いて下さい! 通ります!」

 救急隊が運ぶ銀のシートに包まれた火傷を負った怪我人が運ばれるのを横目に、小百合と小さな姫を探す。
 燃える遊園地の中で、微かな妖力を辿たどり、行きついた先で遊園地へ向かうあの子にあげたはずのウサギの人形が落ちていた。
 自分がプレゼントした物だと解るのは、特注で作った物で、世界でただ一つ彼女の為だけのウサギだったからだ。
 赤い目にはピジョットブラッドの最高級ルビーを使った大人げないプレゼント。

 彼女の名を叫ぶように呼び続け、鎮火した後で瓦礫がれきと化した燃えカスから見つけられた物は何もなかった。
 
 生き残った火災の被害者の中に、彼女を見つけきれなかった。
 それでも、彼女の帰りを待っている。

 残った物は、小さな苗木だけだった。
 彼女の苗木なのかどうかも分からない不思議な苗木を抱え、ただ彼女の無事と苗木を守るためだけに『おおかみ宿舎』をマンションを全て買い取って建てた。
 妖だけの聖域のような場所を。
 彼女を守れる場所を、帰る場所を確保しておきたかった。

 十五年の月日を費やして、彼女に掛けられた星夜の術が解け始め、ようやく彼女を見つけ出すことができた。
 
 苗木はあの時のまま小さな苗木だったが、それでも、彼女の無事な姿を見た時、信じて守ってきて良かったと心の底から安堵した。
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