上 下
42 / 45
三章

当時のスイ② スイ視点

しおりを挟む
 その日は、小さなお姫様の五歳の誕生日だった。
 前々から『いっしょにゆーえんちにいくのよ! やくそくね!』と、言われていたのに……仕事が入った。
 未知の妖が暴れているらしく、未知ゆえに対処法を手探りしつつの攻防に、ヘルプが休暇中の星夜と自分のところへ回ってきた。

「折角の誕生日だ。片付き次第、追いかけるから先に行っていてくれ」
「悪いね。僕が行けば早いだろうけど、流石に娘の誕生日を見逃せないからね」

 大人同士の話し合いは簡単に済み、問題のお姫様は膨れっ面で非難轟轟ひなんごうごうといった感じだった。
 予約していたケーキを必ず夕飯の時に持ち帰ると約束し、お姫様からは『約束のリボン』を差し出された。
 
 笑顔で別れた。
 小さなお姫様を、自分を眷属にした星夜を、悪友のような小百合を___
 自分はずっと忘れないだろう。
 それが、笑う三人の姿を見た最後だった。

 現場に入り、未知の妖というモノが確かに厄介だった。
 上野駅の構内で百六十センチ程の白い猿のような妖が、長い手足を自由に動かし逃げ回っていた。

「スイ! あいつ全然捕まらねぇんだよ!」

 悲痛な声を上げたのは二階堂で、江島七緒と紫音と紫雨が猿を追いかけ、連携して投網のような網を妖力で作り出しては、猿に投げかけて失敗を繰り返していた。

「もぉー! あいつ何なんだよ!」
「もぉー! ムカつく! 全然ダメ!」
「紫音! 紫雨! 文句言ってるんじゃないわよ! まだやるわよ!」
「「姉さんもう無理ぃぃ!!」」
「おだまり!」

 声を合わせてギブアップする双子を七緒が𠮟りつけ、こちらに気付くと「あんたも早く参加して!」と、怒鳴り声が飛んでくる。
 この状況から、大分、七緒も疲れてきているのだろう。

「妖力の網をどうやってすり抜けてんだよって、話だよな」

 二階堂は顎に手をやって考え込むが、確かにどうやって潜り抜けているのか? と、自分も不思議に思う。

「男共! アタシにいつまで働かせるつもりよ!」
「ヒェッ! おっかねぇ」
「仕方がないな。オレも早めに切り上げたい。素早く捕まえよう」
「おひぃさんの誕生日だっけか? 俺、まだお姫さんに会ったことないんだよなー」
「二階堂は、オレのお姫様は目に毒だからな」
「なんだそりゃ!?」

 可愛い娘を見せびらかしたい気持ちと、大事な娘だからこそ、他の妖から隠したい星夜のせいで、大事なお姫様の姿を知っている妖は両手の数ほどしかいない。
 星夜の信用度の低い者ほど、生まれたことすら知らない。

「行くぞ!」
「へいへい。俺もくたくたなんだけどなー」

 白い猿は人混みの中に潜り込んでしまう。
 人間に危害を加えれば、問答無用で消去されてしまうのが新しく生まれた妖の定めでもある。
 全員に緊張が走る。
 生唾を飲み、この後どうなるのかと最悪の状況を想像して、首の後ろがチリチリとした。
 しかし、人混みから悲鳴が上がることもなく、白い猿はスイスイと所々で見失っては現れる。

「何なのよ。あいつ……ッ!!」
「姉さん、あいつおかしいよ!」
「姉さん、あいつ、消えてない?」

 紫雨の言葉に目を凝らせば、確かに猿は一瞬、かすみがかったような姿で消えているような気がする。
 
「「「アーッ!! あいつ、じゃない!!」」」

 江島姉弟三人の声が重なり、二階堂も「あー!」と声を上げた。
 見れば、猿は人を避ける時、細かい粒子のように別れ、一つにまとまっては姿を現す。
 これでは七緒達が妖力の網を張ったところで、すり抜けてしまうわけだ。

「どうするよ?」
「一匹ずつ確保するのは、ちょっと骨が折れすぎるわね」
「「うげぇー……」」
「仕方ないな。少し広い場所におびき出して、結界で囲い込んで逃げられないようにするか」
「それしかねぇな」

 作戦開始の合図と共に、江島姉弟の三人が追い込みをかけ、二階堂が誘導し、新幹線乗り場の通路へとおびき出す。白い猿が誰もいない空間に来た瞬間に結界を仕掛ける。

「どうだ? スイ」
「何とか捕まえられたな」
「これ、どうする?」

 五人で考えあぐねてから、江島姉弟が催眠術で眠らせ、防弾ガラスで作った箱に詰め込んで封印して会社に持ち帰った。
 残された二階堂と一緒に事後処理をしているうちに、昼を過ぎ……せめて、夕方には間に合うように終わらせたいところだと思っていたところだった。

「あ……」
「どうした? スイ」

 眷属としての繋がりが、プツッと切れ、今まで星夜によって制御されていた力が自分の中に湧き出したのを感じた。
 初めての事に一瞬呆けてしまったが、ただ事ではないと星夜の携帯へ連絡を入れたが、携帯は通じず……

 仕事を終わらせて、予約したケーキを受け取り街を足早に歩いていた時、街の宣伝パネルに映し出された遊園地の火災ニュースに、足が止まる。

 足元から力が抜けていくように、手に持っていたケーキが落ちそうになって「あの子に怒られる」と、持ち直す。
 
「大丈夫、だよな……?」 

 自分でも驚くほど声は震えていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

薄幸華族令嬢は、銀色の猫と穢れを祓う

石河 翠
恋愛
文乃は大和の国の華族令嬢だが、家族に虐げられている。 ある日文乃は、「曰くつき」と呼ばれる品から溢れ出た瘴気に襲われそうになる。絶体絶命の危機に文乃の前に現れたのは、美しい銀色の猫だった。 彼は古びた筆を差し出すと、瘴気を墨代わりにして、「曰くつき」の穢れを祓うために、彼らの足跡を辿る書を書くように告げる。なんと「曰くつき」というのは、さまざまな理由で付喪神になりそこねたものたちだというのだ。 猫と清められた古道具と一緒に穏やかに暮らしていたある日、母屋が火事になってしまう。そこへ文乃の姉が、火を消すように訴えてきて……。 穏やかで平凡な暮らしに憧れるヒロインと、付喪神なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:22924341)をお借りしております。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

『完結』6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...