おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず

文字の大きさ
上 下
39 / 45
三章

麻乃の夢②

しおりを挟む
 夢の中で見たものは、実際に起きたことが再現されていて……
 小さなころの私は、ずいぶんとわがままなお姫様だった。
 穴があったら入りたい。これぞ黒歴史……きっと御守さんは、私の黒歴史を覚えているだろうから、どうか忘れてほしい。
 夢の中で大人の私は、ジタバタと恥ずかしがるものの、場面は切り替わる。

 一面のシロツメクサ畑。
 そこに御守さんと小さな私が座っていた。

「スイ。ユビワがあったら、ケッコンなのよ?」
「ほう。ならこれは、結婚指輪ということか?」

 小さな私はシロツメクサで作った指輪を手に、御守さんの指にはめようと膝の上にのぼる。
 御守さんは楽しそうに笑って、小さな私に付き合ってくれている。

 小さな私は他にも必死に、御守さんの昔の奥さんより自分を選んでほしくて試行錯誤を繰り返し……事あるごとに『これはケッコン!』と言っていた。
 本当に、勘弁してほしい。
 御守さんも、よく子供の戯言たわごとに付き合ってくれたものだと思う。
 まぁ……私がこの後、姿を消してから何年も探していてくれて、恋人にまでなってくれたのだから、とても親切な人だ。
 
 本当のことを言ってしまえば、これには理由がある。

 私の母が人魚という妖で、人魚と言えば、失恋して泡になってしまう妖だ。
 実らない恋に身を焦がし、哀れに消えてゆく。
 私が泡にならないように私の想いに応えてくれているだけ、私は人魚の母と白虎の父との間に生まれたせいなのか、悲しみが深すぎても体を維持することができない。
 だから、周りは私を優しく包み込んでくれているのだ。

 なんてはた迷惑な人魚姫なのだろう……

 それでも、幼い私と今の私は、御守さんに恋をしている。
 御守さんの優しさに付け込んではいないだろうか? 御守さんは結婚してもいいとまで言ってくれているのは、父の眷属だからだと分かっているのに、心はつい、踊ってしまうのだ。

 小さな私は、シロツメクサの指輪が枯れるたびに、御守さんを連れてこの花畑に指輪を作りに来た。
 何度も結婚指輪を作るなんて、小さな私はとても心配症だ。
 そして御守さんも、そのたびに小さな私の指先にシロツメクサの指輪を作ってはめてくれて、そして軽く、騎士が姫君の指先に軽くキスをするように、唇を落としてくれた。

 私の幸せな思い出の夢だ。

 けれど、幸せはそう続かなかった。

 私の誕生日。
 その日は朝から遊園地に行こうと約束していた。
 家族三人と御守さんの合わせて四人で、だ。

 けれど、御守さんは小さな私に手を合わせる。

「悪い。仕事なんだ」
「なんで!? スイ、いくっていったもん!!」
「途中までは一緒に行けるから、そんなに機嫌を悪くしないでくれ」

 眉を下げて謝る御守さんに小さな私はぶすっとむすくれて、父も母も「かわいい顔が台無し」と、小さな私の頬を突いて笑っていた。

「今日のお姫様は、『不思議の国のアリス』みたいで、可愛いぞ」

 御守さんは、小さな私のご機嫌取りに水色のワンピースに白いレースのエプロンを褒めちぎった。
 そして小さな私は、少しだけ機嫌を良くしたところで……御守さんは、真っ白なウサギの人形を差し出した。

「可愛いアリスには道案内のウサギが必要だろう?」
「わぁ! くれるの? ありがとう!」
「ふぅ。やっと笑ったな。さぁ、途中まで一緒に行こう」

 ホッとしたように御守さんが肩を落とし、小さな私に手を差し伸べて、手をつないで遊園地へ行くための電車まで一緒に歩いた。
 お店のウィンドウに御守さんと一緒に映るのが嬉しくて、何度も見ていた。

「仕事が片付いたら、一緒に夕飯を食べよう。その時にバースデーケーキの特別な物を用意しておくからな」
「やくそくだよ! これ! やくそくのリボン!」
「ああ。帰ってきたら返すからな。それまでは、大事に預かっておくよ」
 
 小さな私はテレビか何かで見たのか、約束をするのに相手に自分の何かを渡す……と、いうもの憧れていて、自分の両サイドに結ばれた水色のリボンの一本を御守さんに渡した。
 御守さんが、水色のリボンにキスをして、小さな私は幸せいっぱいで手を振って別れた。
 それが髪の短い御守さんを見た、最後の姿だ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

薄幸華族令嬢は、銀色の猫と穢れを祓う

石河 翠
恋愛
文乃は大和の国の華族令嬢だが、家族に虐げられている。 ある日文乃は、「曰くつき」と呼ばれる品から溢れ出た瘴気に襲われそうになる。絶体絶命の危機に文乃の前に現れたのは、美しい銀色の猫だった。 彼は古びた筆を差し出すと、瘴気を墨代わりにして、「曰くつき」の穢れを祓うために、彼らの足跡を辿る書を書くように告げる。なんと「曰くつき」というのは、さまざまな理由で付喪神になりそこねたものたちだというのだ。 猫と清められた古道具と一緒に穏やかに暮らしていたある日、母屋が火事になってしまう。そこへ文乃の姉が、火を消すように訴えてきて……。 穏やかで平凡な暮らしに憧れるヒロインと、付喪神なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:22924341)をお借りしております。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...