37 / 45
三章
寝不足
しおりを挟む
夏の終わりと共に、お盆の為に駆り出された人達もそれぞれの帰るべきところへ帰っていった。
ほんの少しの寂しさと、それぞれの人生の執着地点を手伝った妖達は、また来年も来るのだろう。
私達、おおかみ宿舎の人々も日常へと戻っていった。
「まののーん。おーい。まののーん?」
ヒラヒラと目の前で手が上下に振られて、私はハッと顔を上げる。
二階堂さんが私の前で手を上げたまま小さく首をかしげていた。
そして、目の前のお鍋はボコボコと噴きこぼれる寸前で、慌てて火を止める。
「わっわっ! あっつ!」
「大丈夫かよ? まののん残暑疲れか?」
「あ、いえ……最近ちょっと寝不足で……あはは」
「寝不足ねぇ」
鍋の中で煮崩れてしまった肉じゃがのジャガイモを、ふぅとため息とともにお玉で掬い取ってボウルの中へと集めていく。
煮崩れてしまっては、煮つけとは言えない。
ここは予定変更で、このまま肉じゃがをマッシュポテト状にして肉じゃが風コロッケに変更してしまおう。
「まののん。大丈夫かよ? 最近、寝不足にしてはボーッとしすぎじゃねぇの?」
「本当に寝不足なだけです。昔から、夢見が悪くて……今回は、それから逃げるわけにはいかないので」
二階堂さんが不思議そうな顔をしているけれど、過去の記憶がめめさんと坂倉さんの一件で思い出してしまった以上、子供の頃の記憶とはいえ、夢がその記憶の不確かなところを正確に見せようとしている。
それも毎日だ。
どういう事かは分からない。それでも、私に掛けられた父からの術の一つなのかもしれないと思う。
だったら、全てを記憶にとどめるまでは向き合うしかない。
「おはよーマノ~」
「おはよう。安寿。キュウリはガラスの器にあるよ」
「わーい。キュウリー」
河童の安寿は今日も元気にキュウリに噛り付き、しゃくしゃくといい音を立てている。
歩く水風船のようなボディの河童は突けばよく弾みそうな気がする。
指でぷにぷにと安寿のお皿を突くと「きゃああああ!」と大声を上げて、安寿は逃げていった。
「あれー?」
「おいおい。まののん、寝ぼけるにしても弱点を触るのはダメだろ?」
「弱点? お皿が?」
「河童の弱点は、昔から頭の皿って決まっているだろ?」
はて? そうだっただろうか? 水が乾くといけないとは聞いたことがあるけど……あとで安寿には謝らないといけない。
それはさておき、私はコロッケを作り、お味噌汁を温めてツナと大根のサラダを小皿へ盛り付けていく。
「麻乃。おはよう」
厨房のカウンターに御守さんが顔を出して、心配そうな顔で笑う。
「おはようございます。夜は心配をかけてしまって……すみません」
「いや、それは気にしなくていい。目の下に隈が出来ているな」
私は自分の目元を押さえたまま御守さんに頭を下げる。
ここ最近、私が夜中にうなされるのを見に来てくれて、御守さんに随分とお世話をかけているのだ。
しかし、優しい彼はその事を責めるでもなく、私が再び寝れるまで傍にいてくれる。
恋人……冥利に尽きると、言うべきなのかもしれない。
御守さんは、夢を忘れさせてくれる術を持ってはいるけれど、私がそれを拒んだために、私が眠るまで手を握っていてくれる。
優しい人なのだ。そう、昔から……
ほんの少しの寂しさと、それぞれの人生の執着地点を手伝った妖達は、また来年も来るのだろう。
私達、おおかみ宿舎の人々も日常へと戻っていった。
「まののーん。おーい。まののーん?」
ヒラヒラと目の前で手が上下に振られて、私はハッと顔を上げる。
二階堂さんが私の前で手を上げたまま小さく首をかしげていた。
そして、目の前のお鍋はボコボコと噴きこぼれる寸前で、慌てて火を止める。
「わっわっ! あっつ!」
「大丈夫かよ? まののん残暑疲れか?」
「あ、いえ……最近ちょっと寝不足で……あはは」
「寝不足ねぇ」
鍋の中で煮崩れてしまった肉じゃがのジャガイモを、ふぅとため息とともにお玉で掬い取ってボウルの中へと集めていく。
煮崩れてしまっては、煮つけとは言えない。
ここは予定変更で、このまま肉じゃがをマッシュポテト状にして肉じゃが風コロッケに変更してしまおう。
「まののん。大丈夫かよ? 最近、寝不足にしてはボーッとしすぎじゃねぇの?」
「本当に寝不足なだけです。昔から、夢見が悪くて……今回は、それから逃げるわけにはいかないので」
二階堂さんが不思議そうな顔をしているけれど、過去の記憶がめめさんと坂倉さんの一件で思い出してしまった以上、子供の頃の記憶とはいえ、夢がその記憶の不確かなところを正確に見せようとしている。
それも毎日だ。
どういう事かは分からない。それでも、私に掛けられた父からの術の一つなのかもしれないと思う。
だったら、全てを記憶にとどめるまでは向き合うしかない。
「おはよーマノ~」
「おはよう。安寿。キュウリはガラスの器にあるよ」
「わーい。キュウリー」
河童の安寿は今日も元気にキュウリに噛り付き、しゃくしゃくといい音を立てている。
歩く水風船のようなボディの河童は突けばよく弾みそうな気がする。
指でぷにぷにと安寿のお皿を突くと「きゃああああ!」と大声を上げて、安寿は逃げていった。
「あれー?」
「おいおい。まののん、寝ぼけるにしても弱点を触るのはダメだろ?」
「弱点? お皿が?」
「河童の弱点は、昔から頭の皿って決まっているだろ?」
はて? そうだっただろうか? 水が乾くといけないとは聞いたことがあるけど……あとで安寿には謝らないといけない。
それはさておき、私はコロッケを作り、お味噌汁を温めてツナと大根のサラダを小皿へ盛り付けていく。
「麻乃。おはよう」
厨房のカウンターに御守さんが顔を出して、心配そうな顔で笑う。
「おはようございます。夜は心配をかけてしまって……すみません」
「いや、それは気にしなくていい。目の下に隈が出来ているな」
私は自分の目元を押さえたまま御守さんに頭を下げる。
ここ最近、私が夜中にうなされるのを見に来てくれて、御守さんに随分とお世話をかけているのだ。
しかし、優しい彼はその事を責めるでもなく、私が再び寝れるまで傍にいてくれる。
恋人……冥利に尽きると、言うべきなのかもしれない。
御守さんは、夢を忘れさせてくれる術を持ってはいるけれど、私がそれを拒んだために、私が眠るまで手を握っていてくれる。
優しい人なのだ。そう、昔から……
0
お気に入りに追加
648
あなたにおすすめの小説
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる