おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず

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二章 

めめさんとアイスを④

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 ビルとビルの合間を飛び駆ける御守さんは、まるで風のようだった。
 私が背中にしがみ付いていなければ、それは素敵な物だっただろう。見るには良いけれど、背中に乗せられて移動するのは、ご勘弁願いたい。

「御守さん、車……は……はぁ、ひぃ……」
「麻乃と空のデートと、洒落込みたかっただけだ」

 ビルとビルの隙間を飛び回る時の、肝の冷え方で胃が何度キュッとなったことか……私は少し恨めしそうに御守さんを見上げて、ひぃひぃ息を整える。
 私達はめめさんの恋人、坂倉さんの病室の前まで来ていた。
 面会時間はとっくに過ぎているし、廊下は電気が消され足元の暖色系の灯りと非常口へ誘導する緑色のランプがあるだけだ。
 それでも病院は完全に暗いという事は無く、ほのかに明かりがある。
 
「入ってみるか」
「はい。行ってみましょう」

 横開きの個室を開けると、そこには透明のビニールにスノーパウダーが入ったような、不思議なベッドに横たわっている包帯を全身に巻いた人が機械に繋がって眠っていた。
 
「見た事が無いベッドですね」
「恐らくこれは、床ずれ防止の医療用ベッドだろうな」

 御守さんと私が近付くと、ベッドのヘッド部分には『坂倉健吾』とプレートが入っていた。
 肌が見える部分も、焼けただれた痕が見えて赤く痛々しい。
 胃の下の方がチリチリと燻ぶるような、喉に何かがまとわりつく感覚……ああ、この状況は似ている。
 記憶の欠片が、私をあの日に戻そうとしていた。

「麻乃、大丈夫か!?」

 喉を両手で押さえてハッハッと浅い息を繰り返す私を、御守さんが腕に抱いて坂倉さんから引き離した。
 御守さんに病室の外に連れ出され、談話室のある場所で椅子に座らせてもらった。

「ごめん、なさい……」
「謝る必要はない。それに、ここには用はもう無いしな」
「そうなんですか?」
「坂倉の体からは、魂が抜け出ている。おそらく、麻乃がメッセージで言っていた蒼井のマンションに出ている怪奇現象、それは十中八九彼に間違いないだろう」
「じゃあ、めめさんのマンションに行かないと……」

 立ち上がると御守さんにまだ座っているように言われ、しばらく座っているとジュースを買って御守さんが戻ってきた。
 百パーセントのオレンジジュースのパックにストローを刺して、口に含むと喉をジュースが通り過ぎた時、ようやくざわざわとする心が落ち着いた。

「御守さん、ありがとう」
「気にする事はない。麻乃の恋人ならば、これぐらいは当然の気遣いだ」
「ふふっ、恋人じゃなくても御守さんはいつも、優しいですよ?」

 目を細めて私の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
 御守さんのこの私を子供扱いする撫でまわしは、とても心地が良い。
 私が落ち着いてくると同時に、病院の廊下をめめさんが歩いていた。足は見えないけれど、幽霊の人達は生前と同じ様に歩いている感覚で動いているのだそうだ。

「めめさん!」
「あっ、麻乃ちゃん……」
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「麻乃ちゃん、こっちは幽霊よ? 顔色は元々悪いの。麻乃ちゃんこそ、幽霊を見た様な顔をしているわよ」

 冗談めかしてめめさんは言い、坂倉さんの病室を覗いて来たのだそうだ。

「あのね。めめさん、めめさんのマンションに坂倉さんは居ると思うの。だから、一緒に坂倉さんを迎えに行こう?」
「アタシ、健吾をあんな風にしちゃって……、アタシを恨んでマンションに来ているのかも……」
「そんな事ありません! だって、炎の中をめめさんを助けに飛び込んだ人ですよ? 絶対、めめさんを探しているんです!」

 炎の中を、助けに……私の目の前で、燃える水色のリボンと、泣いている女性が映った。
 それは、記憶の中の一瞬の幻。
 お母さん……私のお母さんが泣いていた。

「アタシ、許してもらえるかしら?」

 めめさんの声に、私は現実に引き戻される。
 私にとって、炎はあの遊園地を思い出させるものなのかもしれない。
 でも、いつかは思い出して、自分の中で決着をつけるべき問題。そして、何より今は、めめさんを助けてあげたい。このままでは、めめさんも坂倉さんも言葉一つ交わせないままになってしまうかもしれないから。

「行こう。めめさん、坂倉さんに会いに」

 私はめめさんに手を差し出す。
 めめさんは笑って「握れないわ」と、透ける手を私の手の上に乗せた。 
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