33 / 45
二章
めめさんとアイスを④
しおりを挟む
ビルとビルの合間を飛び駆ける御守さんは、まるで風のようだった。
私が背中にしがみ付いていなければ、それは素敵な物だっただろう。見るには良いけれど、背中に乗せられて移動するのは、ご勘弁願いたい。
「御守さん、車……は……はぁ、ひぃ……」
「麻乃と空のデートと、洒落込みたかっただけだ」
ビルとビルの隙間を飛び回る時の、肝の冷え方で胃が何度キュッとなったことか……私は少し恨めしそうに御守さんを見上げて、ひぃひぃ息を整える。
私達はめめさんの恋人、坂倉さんの病室の前まで来ていた。
面会時間はとっくに過ぎているし、廊下は電気が消され足元の暖色系の灯りと非常口へ誘導する緑色のランプがあるだけだ。
それでも病院は完全に暗いという事は無く、ほのかに明かりがある。
「入ってみるか」
「はい。行ってみましょう」
横開きの個室を開けると、そこには透明のビニールにスノーパウダーが入ったような、不思議なベッドに横たわっている包帯を全身に巻いた人が機械に繋がって眠っていた。
「見た事が無いベッドですね」
「恐らくこれは、床ずれ防止の医療用ベッドだろうな」
御守さんと私が近付くと、ベッドのヘッド部分には『坂倉健吾』とプレートが入っていた。
肌が見える部分も、焼けただれた痕が見えて赤く痛々しい。
胃の下の方がチリチリと燻ぶるような、喉に何かがまとわりつく感覚……ああ、この状況は似ている。
記憶の欠片が、私をあの日に戻そうとしていた。
「麻乃、大丈夫か!?」
喉を両手で押さえてハッハッと浅い息を繰り返す私を、御守さんが腕に抱いて坂倉さんから引き離した。
御守さんに病室の外に連れ出され、談話室のある場所で椅子に座らせてもらった。
「ごめん、なさい……」
「謝る必要はない。それに、ここには用はもう無いしな」
「そうなんですか?」
「坂倉の体からは、魂が抜け出ている。おそらく、麻乃がメッセージで言っていた蒼井のマンションに出ている怪奇現象、それは十中八九彼に間違いないだろう」
「じゃあ、めめさんのマンションに行かないと……」
立ち上がると御守さんにまだ座っているように言われ、しばらく座っているとジュースを買って御守さんが戻ってきた。
百パーセントのオレンジジュースのパックにストローを刺して、口に含むと喉をジュースが通り過ぎた時、ようやくざわざわとする心が落ち着いた。
「御守さん、ありがとう」
「気にする事はない。麻乃の恋人ならば、これぐらいは当然の気遣いだ」
「ふふっ、恋人じゃなくても御守さんはいつも、優しいですよ?」
目を細めて私の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
御守さんのこの私を子供扱いする撫でまわしは、とても心地が良い。
私が落ち着いてくると同時に、病院の廊下をめめさんが歩いていた。足は見えないけれど、幽霊の人達は生前と同じ様に歩いている感覚で動いているのだそうだ。
「めめさん!」
「あっ、麻乃ちゃん……」
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「麻乃ちゃん、こっちは幽霊よ? 顔色は元々悪いの。麻乃ちゃんこそ、幽霊を見た様な顔をしているわよ」
冗談めかしてめめさんは言い、坂倉さんの病室を覗いて来たのだそうだ。
「あのね。めめさん、めめさんのマンションに坂倉さんは居ると思うの。だから、一緒に坂倉さんを迎えに行こう?」
「アタシ、健吾をあんな風にしちゃって……、アタシを恨んでマンションに来ているのかも……」
「そんな事ありません! だって、炎の中をめめさんを助けに飛び込んだ人ですよ? 絶対、めめさんを探しているんです!」
炎の中を、助けに……私の目の前で、燃える水色のリボンと、泣いている女性が映った。
それは、記憶の中の一瞬の幻。
お母さん……私のお母さんが泣いていた。
「アタシ、許してもらえるかしら?」
めめさんの声に、私は現実に引き戻される。
私にとって、炎はあの遊園地を思い出させるものなのかもしれない。
でも、いつかは思い出して、自分の中で決着をつけるべき問題。そして、何より今は、めめさんを助けてあげたい。このままでは、めめさんも坂倉さんも言葉一つ交わせないままになってしまうかもしれないから。
「行こう。めめさん、坂倉さんに会いに」
私はめめさんに手を差し出す。
めめさんは笑って「握れないわ」と、透ける手を私の手の上に乗せた。
私が背中にしがみ付いていなければ、それは素敵な物だっただろう。見るには良いけれど、背中に乗せられて移動するのは、ご勘弁願いたい。
「御守さん、車……は……はぁ、ひぃ……」
「麻乃と空のデートと、洒落込みたかっただけだ」
ビルとビルの隙間を飛び回る時の、肝の冷え方で胃が何度キュッとなったことか……私は少し恨めしそうに御守さんを見上げて、ひぃひぃ息を整える。
私達はめめさんの恋人、坂倉さんの病室の前まで来ていた。
面会時間はとっくに過ぎているし、廊下は電気が消され足元の暖色系の灯りと非常口へ誘導する緑色のランプがあるだけだ。
それでも病院は完全に暗いという事は無く、ほのかに明かりがある。
「入ってみるか」
「はい。行ってみましょう」
横開きの個室を開けると、そこには透明のビニールにスノーパウダーが入ったような、不思議なベッドに横たわっている包帯を全身に巻いた人が機械に繋がって眠っていた。
「見た事が無いベッドですね」
「恐らくこれは、床ずれ防止の医療用ベッドだろうな」
御守さんと私が近付くと、ベッドのヘッド部分には『坂倉健吾』とプレートが入っていた。
肌が見える部分も、焼けただれた痕が見えて赤く痛々しい。
胃の下の方がチリチリと燻ぶるような、喉に何かがまとわりつく感覚……ああ、この状況は似ている。
記憶の欠片が、私をあの日に戻そうとしていた。
「麻乃、大丈夫か!?」
喉を両手で押さえてハッハッと浅い息を繰り返す私を、御守さんが腕に抱いて坂倉さんから引き離した。
御守さんに病室の外に連れ出され、談話室のある場所で椅子に座らせてもらった。
「ごめん、なさい……」
「謝る必要はない。それに、ここには用はもう無いしな」
「そうなんですか?」
「坂倉の体からは、魂が抜け出ている。おそらく、麻乃がメッセージで言っていた蒼井のマンションに出ている怪奇現象、それは十中八九彼に間違いないだろう」
「じゃあ、めめさんのマンションに行かないと……」
立ち上がると御守さんにまだ座っているように言われ、しばらく座っているとジュースを買って御守さんが戻ってきた。
百パーセントのオレンジジュースのパックにストローを刺して、口に含むと喉をジュースが通り過ぎた時、ようやくざわざわとする心が落ち着いた。
「御守さん、ありがとう」
「気にする事はない。麻乃の恋人ならば、これぐらいは当然の気遣いだ」
「ふふっ、恋人じゃなくても御守さんはいつも、優しいですよ?」
目を細めて私の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
御守さんのこの私を子供扱いする撫でまわしは、とても心地が良い。
私が落ち着いてくると同時に、病院の廊下をめめさんが歩いていた。足は見えないけれど、幽霊の人達は生前と同じ様に歩いている感覚で動いているのだそうだ。
「めめさん!」
「あっ、麻乃ちゃん……」
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「麻乃ちゃん、こっちは幽霊よ? 顔色は元々悪いの。麻乃ちゃんこそ、幽霊を見た様な顔をしているわよ」
冗談めかしてめめさんは言い、坂倉さんの病室を覗いて来たのだそうだ。
「あのね。めめさん、めめさんのマンションに坂倉さんは居ると思うの。だから、一緒に坂倉さんを迎えに行こう?」
「アタシ、健吾をあんな風にしちゃって……、アタシを恨んでマンションに来ているのかも……」
「そんな事ありません! だって、炎の中をめめさんを助けに飛び込んだ人ですよ? 絶対、めめさんを探しているんです!」
炎の中を、助けに……私の目の前で、燃える水色のリボンと、泣いている女性が映った。
それは、記憶の中の一瞬の幻。
お母さん……私のお母さんが泣いていた。
「アタシ、許してもらえるかしら?」
めめさんの声に、私は現実に引き戻される。
私にとって、炎はあの遊園地を思い出させるものなのかもしれない。
でも、いつかは思い出して、自分の中で決着をつけるべき問題。そして、何より今は、めめさんを助けてあげたい。このままでは、めめさんも坂倉さんも言葉一つ交わせないままになってしまうかもしれないから。
「行こう。めめさん、坂倉さんに会いに」
私はめめさんに手を差し出す。
めめさんは笑って「握れないわ」と、透ける手を私の手の上に乗せた。
0
お気に入りに追加
648
あなたにおすすめの小説
蛇のおよずれ
深山なずな
キャラ文芸
平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。
ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
薄幸華族令嬢は、銀色の猫と穢れを祓う
石河 翠
恋愛
文乃は大和の国の華族令嬢だが、家族に虐げられている。
ある日文乃は、「曰くつき」と呼ばれる品から溢れ出た瘴気に襲われそうになる。絶体絶命の危機に文乃の前に現れたのは、美しい銀色の猫だった。
彼は古びた筆を差し出すと、瘴気を墨代わりにして、「曰くつき」の穢れを祓うために、彼らの足跡を辿る書を書くように告げる。なんと「曰くつき」というのは、さまざまな理由で付喪神になりそこねたものたちだというのだ。
猫と清められた古道具と一緒に穏やかに暮らしていたある日、母屋が火事になってしまう。そこへ文乃の姉が、火を消すように訴えてきて……。
穏やかで平凡な暮らしに憧れるヒロインと、付喪神なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:22924341)をお借りしております。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる