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二章 

お花見③

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 十二単の女性が現れると、二階堂さんがコッソリと教えてくれる。

天照大神アマテラスオオカミ様だ。この日は、この方が現世に現れる日だから、妖は下手に動けば怒りを買う。だから、大人しくしているんだよ」
「それは分かりましたけど。金髪なんですね……私、黒髪だと思っていました」

 ヒソヒソと二人で話をしていると、天照大神様は笑みを浮かべた表情のまま、こちらへやってくると、カッパ巻きにむしゃぶりついていた安寿を拾い上げる。

「今年は、そなたに決めたぞ。願いを言うてみよ」

 安寿はシャクシャクと口の中のキュウリを咀嚼そしゃくする。
 ゴックンと飲み込み、天照大神様に「キュウリ―!」と声高らかに宣言し、周りの人々は手で目を押さえて「あちゃー……」と、残念そうな声をあげた。

「良かろう。では、今年は胡瓜きゅうりの豊穣を願おう」
「キュウリ! キュウリ! ハーベスト! ハーベスト!」

 ピョンピョンと安寿が天照大神様の手の平で踊り、安寿は手の中のカッパ巻きが無くなった事で、私の方を見る。

「マノー! キュウリ―!」
「もうカッパ巻きは無いから、キュウリ入りの竹輪で良い?」
「マーノォー!」

 まるでカエルのように安寿が飛んで私の顔に張り付く。
 すぐさま御守さんが安寿を引き剥がしてくれたけど、なんとも言えない感触がした。
 水風船を顔にぶつけられたら、あんな感じかもしれない。

「大丈夫か? 安寿、お前はキュウリ以外頭にないのか?」
「平気です。ビックリしたけど」
「キュウリ―……美味しいよ?」

 もじもじと手を動かして安寿は御守さんの手から逃れると、お重箱のキュウリ入りの竹輪を探して、キョロキョロ顔を動かし、キュウリ入り竹輪を見付けた瞬間、お重箱に張り付いた。
 天照大神様はその様子を見て笑うと、私と目が合う。

「お前は白虎の娘かや? 大きくなったものだの」
「えっと、はい……」
「天照大神様、麻乃は記憶が戻っていませんので、ほぼ初対面になります。許してやってください」
「そうなのかや?」

 御守さんが私を庇う様に前に立ち、天照大神様はうんうんと頷く。
 父と桜の花を採った記憶があるけれど、もしかするとこの桜だったのかもしれない。
 その時に天照大神様に会っているのかも?
 天照大神様は御守さんの前に来ると、目を細める。

「おぬしの何年か前の願いの保留は、どうするのかや?」
「天照大神様に願おうとしていた事は、叶いました。麻乃がオレの所へ戻ってきただけで十分です」
「ならば、今年も保留よのぅ。白虎の娘もいつぞやの願いは叶ったようだしのぅ……何か別の願いはあるかや?」
「願い? 私は何か、お願いをしたのでしょうか?」

 天照大神様は指で唇を押さえて、ニィッと笑う。
 目を伏せて、ふぅーと息を御守さんと私にかけると、桜の花びらが目の前に広がり、小さな私が天照大神様に元気よく願いを喋っていた。
『スイのおよめさんにしてほしーの!』天照大神様が『心を動かすのは自分自身しか出来ぬ事じゃから、無理じゃ』と言い、小さな私は頬を膨らませていた。
 幻のような情景が消え去ると、私は頭を抱えそうになる。

 私、偉い人に何て事をしているのやら……眩暈がしそうだ。
 コホンッと、咳払いを御守さんがして、口元を手で押さえている。

「オレはいつでも嫁にきてもらって、構わない」
「っ!! み、御守さん~っ」

 お互いに頬が赤くなると、頭から湯気が出てしまいそうで、御守さんの背中に顔を埋めて声を出さずに絶叫中である。
 ホホホと天照大神様が笑い、二階堂さんや周りから口笛が鳴らされるのだから、堪ったものじゃない。
 小さい頃の私、恨むからねー!!

「白虎の娘も血の王も、可愛い事よのぅ」
「あまり揶揄からかわないで下さい。麻乃の願いも保留で良いか?」

 私は頷き、願いの保留をしてもらった。
 こうした時は、安寿のキュウリ! と、すぐに答えられる性格が羨ましいところだ。
 天照大神様は笑いながら次の桜の場所へ願いを叶えに行くと言い、桜の中へ消えて行った。
 妖を取り締まる会社は他にもあり、そこへ桜が植えてあるのだという。その桜を媒介ばいかいに移動をしているのだそうだ。
 年に一度の天照大神様のお仕事らしい。

「さて、今日はパアッと騒ぐわよー!」

 狐の尻尾と耳を出した七緒さんが、缶ビールを片手に声高らかに「カンパーイ」と言い、それぞれがお酒を手にお花見の宴会が始まった。
 私がこの願いの保留を使うのは、いつになるかは分からない。
 ただ、こうして楽しい宴をこれから先も続けていければ、願いなどしなくても十分過ぎると思った。
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