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二章
お花見①
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チュンチュン……と、雀の声が響く朝。
古びた明治時代と大正時代の遺物のような建物『おおかみ宿舎』の厨房では、妖として人生を歩み始めたばかりの私、雛姫麻乃と、宿舎の管理人の御守スイが横に並んで、厨房の作業台の上に並んだお重箱に、オニギリとおかずを詰め込む作業をしている。
「御守さん、卵は真ん中で斜めに切っている片方を、ひっくり返して入れて下さい」
「おっ、ハートの形になったな」
「ふふっ、可愛いでしょう?」
本日は、お花見があるのだとかで朝食は無しの代わりに、こうしてお弁当作りを頼まれている。
唐揚げにウインナーに卵焼きとオニギリ、タケノコの煮つけ、春巻きと揚げシュウマイ、スコッチエッグと、お花見に合わせた感じのお弁当内容になっている。
「私もお花見に参加して、本当に大丈夫ですか?」
「それは大丈夫だ。ほとんど、ここの宿舎の奴等だしな」
「それなら良かったです」
「小さい頃も参加していたのだから、問題は何も無いさ」
「少しだけ、覚えてます。父に持ち上げて貰って、桜の花を採って御守さんに渡そうとしてたんですよ?」
二人で顔を見合わせて笑い、詰め終わったお重箱に「上出来」と頷く。
私と御守さんが休憩がてら、お茶を淹れていると目の端で、山吹色の三角耳が作業台からはみ出て見えている。
「あっ」と、声を出した時には、お重箱の中に詰め込んでいた桜の葉で包んだ道明寺が持ち逃げされていた。
「コラッ! 紫音! 紫雨!」
御守さんの声に、ピョンと二人は飛び上がり、キャーッと楽しそうに声を上げていた。途中で安寿が「キュウリくれー」と二人にタックルしていたが、二人は素早く避けていった。
「あいつ等……まったく、しょうがないな」
「まぁまぁ、道明寺はいっぱい作りましたから、許してあげましょう」
道明寺は作るのが簡単なので、桜餅を作るよりも時間も掛からない。
桜の葉の塩漬けを水にさらして、塩抜きをするのが少々、水を拭き取ったりするのが手間かな? ぐらいのものだ。
耐熱ボウルに、道明寺粉と砂糖に食紅を入れて、熱湯で混ぜ合わせる。ここでの食紅の入れ過ぎ如何で色がキツクなってしまうので、ほんの少しで良い。
ラップをかけて、十分程放置して馴染ませておく。
十分経ったら、ラップをふんわりかけて、二分程電子レンジで温め、十分間放置して馴染ませる。
あとは、餡子を丸めて、道明寺を丸く広げて包み込んで、桜の葉で包んで出来上がり。
「御守さんも、お茶請けにどうぞ」
「ああ。ありがとう」
道明寺を小皿に載せて御守さんに手渡し、自分の分も口に運ぶ。
このほんのりとした塩気と、波知ちゃんが洗ってくれた小豆のまろやかで歯触りの良いところが、また一層美味しい。
「これは……栗か?」
「あっ、アタリですよ。何個か栗の実を真ん中に入れています」
「うん。美味い」
「御守さんって、外国の人……妖ですよね? 和風の物好きなんですか? 着物とか着ていますし」
いつか聞いてみようと思っていた事を口に出すと、御守さんはダークブルーの瞳を少しだけ細める。
「日本へ来たのは八十年位前だな。だから和食にも慣れたし、着物は趣味のようなものだ」
「御守さんって、実はとってもお年寄り?」
「妖に年齢は、関係ない物と心得よ」
「あっ、痛っ」
おでこを指で弾かれて、手でおでこを押さえて痛がる私に、御守さんは「さて、行くか」と、お重箱を風呂敷に包み、私もエプロンを外してついていく。
途中で安寿に「キュウリ―!」と足にタックルをくらったものの、安寿用のキュウリのお寿司、カッパ巻きを見せて、一緒にお花見に連れて行く。
今回の車は朧車のタキさんに乗っていくので、ジープである。
運転席には御守さん、助手席に私、後部座席に紫音くん、紫雨ちゃん、波知ちゃんが乗っている。
ちなみに安寿は私の膝の上で「キュウリくれー」と騒いで、たまに御守さんに、オニギリの様にギュウギュウと手で握られてしまっている。
「まの。お菓子は?」
「マノ。おやつ! おやつ!」
「お菓子は一応、買って袋に入ってるけどー……って、まだ開けないの!」
お子様達は案外じっとしていないもので、お菓子をバリッと豪快に開けてしまったり、シートに足をぶつけるのでタキさんに怒られたりしていた。
無事にお花見会場に着いた時には、お子様達の頭にたんこぶが出来ていた。
「お花見会場って……ビルの上ですか?」
御守さんは頷き、私はビルを見上げると言うより、仰け反るに近い形で見上げた。
ホテルのような会社のエントランスを潜ると、盾と剣の真ん中に丸があるマークがある。会社のシンボルマークなのだろう。
「妖専門の会社だ。表向きは、警備会社になっている」
「へぇー……会社の人は全員、妖なんですか?」
「ああ。大抵、日本の妖だが、オレの様に海外から来ている者も居る。三年に一度は自国へ帰らなければいけないがな」
「何か理由でもあるんですか?」
「パワーバランスの調整だ」
パワーバランス? 妖の世界も上下関係が厳しいのだろうか?
古びた明治時代と大正時代の遺物のような建物『おおかみ宿舎』の厨房では、妖として人生を歩み始めたばかりの私、雛姫麻乃と、宿舎の管理人の御守スイが横に並んで、厨房の作業台の上に並んだお重箱に、オニギリとおかずを詰め込む作業をしている。
「御守さん、卵は真ん中で斜めに切っている片方を、ひっくり返して入れて下さい」
「おっ、ハートの形になったな」
「ふふっ、可愛いでしょう?」
本日は、お花見があるのだとかで朝食は無しの代わりに、こうしてお弁当作りを頼まれている。
唐揚げにウインナーに卵焼きとオニギリ、タケノコの煮つけ、春巻きと揚げシュウマイ、スコッチエッグと、お花見に合わせた感じのお弁当内容になっている。
「私もお花見に参加して、本当に大丈夫ですか?」
「それは大丈夫だ。ほとんど、ここの宿舎の奴等だしな」
「それなら良かったです」
「小さい頃も参加していたのだから、問題は何も無いさ」
「少しだけ、覚えてます。父に持ち上げて貰って、桜の花を採って御守さんに渡そうとしてたんですよ?」
二人で顔を見合わせて笑い、詰め終わったお重箱に「上出来」と頷く。
私と御守さんが休憩がてら、お茶を淹れていると目の端で、山吹色の三角耳が作業台からはみ出て見えている。
「あっ」と、声を出した時には、お重箱の中に詰め込んでいた桜の葉で包んだ道明寺が持ち逃げされていた。
「コラッ! 紫音! 紫雨!」
御守さんの声に、ピョンと二人は飛び上がり、キャーッと楽しそうに声を上げていた。途中で安寿が「キュウリくれー」と二人にタックルしていたが、二人は素早く避けていった。
「あいつ等……まったく、しょうがないな」
「まぁまぁ、道明寺はいっぱい作りましたから、許してあげましょう」
道明寺は作るのが簡単なので、桜餅を作るよりも時間も掛からない。
桜の葉の塩漬けを水にさらして、塩抜きをするのが少々、水を拭き取ったりするのが手間かな? ぐらいのものだ。
耐熱ボウルに、道明寺粉と砂糖に食紅を入れて、熱湯で混ぜ合わせる。ここでの食紅の入れ過ぎ如何で色がキツクなってしまうので、ほんの少しで良い。
ラップをかけて、十分程放置して馴染ませておく。
十分経ったら、ラップをふんわりかけて、二分程電子レンジで温め、十分間放置して馴染ませる。
あとは、餡子を丸めて、道明寺を丸く広げて包み込んで、桜の葉で包んで出来上がり。
「御守さんも、お茶請けにどうぞ」
「ああ。ありがとう」
道明寺を小皿に載せて御守さんに手渡し、自分の分も口に運ぶ。
このほんのりとした塩気と、波知ちゃんが洗ってくれた小豆のまろやかで歯触りの良いところが、また一層美味しい。
「これは……栗か?」
「あっ、アタリですよ。何個か栗の実を真ん中に入れています」
「うん。美味い」
「御守さんって、外国の人……妖ですよね? 和風の物好きなんですか? 着物とか着ていますし」
いつか聞いてみようと思っていた事を口に出すと、御守さんはダークブルーの瞳を少しだけ細める。
「日本へ来たのは八十年位前だな。だから和食にも慣れたし、着物は趣味のようなものだ」
「御守さんって、実はとってもお年寄り?」
「妖に年齢は、関係ない物と心得よ」
「あっ、痛っ」
おでこを指で弾かれて、手でおでこを押さえて痛がる私に、御守さんは「さて、行くか」と、お重箱を風呂敷に包み、私もエプロンを外してついていく。
途中で安寿に「キュウリ―!」と足にタックルをくらったものの、安寿用のキュウリのお寿司、カッパ巻きを見せて、一緒にお花見に連れて行く。
今回の車は朧車のタキさんに乗っていくので、ジープである。
運転席には御守さん、助手席に私、後部座席に紫音くん、紫雨ちゃん、波知ちゃんが乗っている。
ちなみに安寿は私の膝の上で「キュウリくれー」と騒いで、たまに御守さんに、オニギリの様にギュウギュウと手で握られてしまっている。
「まの。お菓子は?」
「マノ。おやつ! おやつ!」
「お菓子は一応、買って袋に入ってるけどー……って、まだ開けないの!」
お子様達は案外じっとしていないもので、お菓子をバリッと豪快に開けてしまったり、シートに足をぶつけるのでタキさんに怒られたりしていた。
無事にお花見会場に着いた時には、お子様達の頭にたんこぶが出来ていた。
「お花見会場って……ビルの上ですか?」
御守さんは頷き、私はビルを見上げると言うより、仰け反るに近い形で見上げた。
ホテルのような会社のエントランスを潜ると、盾と剣の真ん中に丸があるマークがある。会社のシンボルマークなのだろう。
「妖専門の会社だ。表向きは、警備会社になっている」
「へぇー……会社の人は全員、妖なんですか?」
「ああ。大抵、日本の妖だが、オレの様に海外から来ている者も居る。三年に一度は自国へ帰らなければいけないがな」
「何か理由でもあるんですか?」
「パワーバランスの調整だ」
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