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一章

小豆と童

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 朝ご飯の片付けが終わると、それぞれが仕事へと向かう。
そんな中で暇を持て余しているのは、仕事をしていない小さな子達だ。
河童の安寿、狐の妖で双子の紫音くんと紫雨ちゃん。
そして……小豆洗いという、小豆を洗うだけの妖、波知はちちゃん。

 見た目は赤毛をした普通の子供なのだが、ザルを手に持っていて一生懸命に小豆を洗っている。
親御さんは和菓子職人として何代も前から、小豆洗いの特性を生かした職業をしているのだから、今まで有名と言われた和菓子屋さんのほとんどが、彼等の小豆だったのでは? と、疑ってしまう程だ。

 小豆洗いの洗う小豆は水に一晩浸さなくても使えると言うのだから、便利な能力でもある。

「波知ちゃん。おはぎでも作ろうか?」
「そんなもの作ったら、座敷童ざしきわらしが来ちゃう」

 座敷童は家に幸運を運ぶ妖では無かっただろうか? とても悪い妖には思えない。

「座敷童は、家に居る時は良いけど、去ると家が一気に崩れるから、『おおかみ宿舎』が潰れたら、御守がカンカンに怒るよ」
「ああー……成程」

 それは確かに怖いかも?
波知ちゃんは言う「座敷童と小豆洗いは相性が悪い」のだと……
何でも、小豆を使ったお赤飯やおはぎという物は座敷童の好物で、たまに波知ちゃん達小豆洗いのお店に顔を出しては店を潰していくらしい。
店に来た時に修理費として同等のお金が手に入るらしいけれど、建て直すのに時間が掛り、いい迷惑なのだとか。

「あっ、じゃあさ。外でテントやって作ろうよ!」
「賛成! 紫音の意見に賛成~!」

 紫音君と紫雨ちゃんは尻尾をフリフリしながら手を上げて、おはぎ作りを諦めるつもりはないらしい。
安寿はぷるんぷるんした体を弾ませて、「キュウリ―」と騒いでいる。安寿には、おはぎも小豆も関係なく、ただひたすらキュウリを求めて、私にしがみ付くだけだ。
私イコールご飯をくれる人……と、安寿はインプットしたらしい。

「ボク、御守にキャンプ道具借りて来る!」
「アタシも! 御守も誘ってみよ!」
「あっ、こら! 待ちなさいあなた達!」

 私の制止をまるっと無視して、二人は食堂から出て行き階段を上って行く。
仕方なく、私と波知ちゃんは餅米を用意して洗い始めると、波知ちゃんが餅米をシャカシャカと洗う。
つやりと光る餅米はとても美しい。

「波知ちゃん小豆だけじゃなく、お米も洗うと美味しかったりする?」
「どうだろー? 見習いだからわかんないや」

 これは炊いたらとても良い物が出来てしまうかも? ワクワクしつつ餅米を炊飯器に入れてスイッチを押す。
餅米を炊飯器で炊く場合は水に浸け込まなくても大丈夫。

 紫音君と紫雨ちゃんに連れられて、御守さんがキャンプ道具を持って下へと下りてきた。

「今日は餅作りか?」
「はい。波知ちゃんが小豆を洗ってくれたので」
「そうか。庭にテントを張っておくから、庭で小豆を茹でよう」
「はい。お願いします」

 食堂に顔を出した御守さんは、双子と一緒に外へ行き、その後をすねこすりのチャモが付いて行った。
安寿は私の足にしがみ付いてキュウリと連呼している。安寿だけはマイペースに自分の欲する物だけを求めるスタイルを変えないようだ。
冷蔵庫からキュウリを取り出して、安寿に五センチ程に切って渡すと、飛び跳ねてどこかへ消えていった。

「安寿、何処に……」
「安寿は、満足したらお風呂場に居るよ。お風呂場の残り水の中でキュウリかじってると思う」
「それは……どうなんだろう?」

 衛生面的に不安の残る所だ。
しかし、お風呂場には垢舐あかなめという、老廃物を舐める妖が居るらしく、彼等に任せておけばいつでもお風呂場は綺麗なのだとか。掃除要らずと言えば良いのか、妖が垢を舐め取るの? と嫌がれば良いのかが分からない。

 私と波知ちゃんは、大きなお鍋に小豆を入れて、砂糖と塩を持っていく。
庭ではテントとキャンプファイヤー用の木と石で準備がされていて、お鍋をセットして、お水を入れて煮て、3回程、水を入れては捨てて、を繰り返し、最後に砂糖をたっぷり入れて、お塩を少々入れて小豆を水分が無くなるまで煮ていく。
甘い小豆の香りが何とも言えない。

「長テーブルを持ってきたぞ」
「おーっ! 流石、御守」
「御守、気が利いてる!」
「お前等は調子がいいな……まぁいい。餅米も炊けていたようだから、持って来る」
「あ、お願いしますー!」

 長テーブルの上に小豆を置いて、木しゃもじで早く冷めるようによくかき混ぜる。その間に、御守さんが餅米を持って来てくれて、波知ちゃんに小豆を任せると、餅米を擂粉木すりこぎで叩いて潰していく。
それを丸く転がして置いて行き、転がした餅米を紫音君と紫雨ちゃんに小豆で丸めてもらう。

「こういうの、懐かしいよねー」
「昔は一年に一回は何処でもやってたのにねー」

 なにやら双子は昭和を懐かしむ人のような感じだ。
しかし、妖なのだから、昭和以前から生きていたのでは? と、思うと二人の年齢が少しばかり気になるところだ。

「重箱と皿と箸を持ってきたぞ」
「ありがとうございますー!」

 御守さんにお皿を渡されて、重箱におはぎを詰め込み、こちらは今は不在中の大人組に、お皿の上には私達が食べる用を置いていく。

「よし、座敷童が来ても良いように、テントの中で食うぞ」
「はぁーい!」
「これ壊しても大丈夫なテント?」
「あっ、このテント穴が開いてる」

 皆でワイワイ騒ぎつつ、大きめのテントの中へ入り、お皿の上からおはぎを持って食べ始める。
もっちりした餅米と小豆の甘さが、ほっこりさせてくれる一品だ。

「あっ、座敷童」
「え?」

 テントの中にいつの間にか一人増えていて、黒髪のおかっぱ頭の子供が美味しそうに、おはぎを食べていた。
この子が座敷童かぁ……なんだか昔話にそのまま出てきそうな感じだ。

「お土産に、おはぎ持って行く?」

 コクコクと頷く座敷童に、小皿の上におはぎを載せると、カロンカロンと金の粒が私のお皿の中に落ちてきた。

「金塊だ」
「ふぉっ!?」

 驚けば、座敷童は笑って小皿を持ってテントから出て行った。
そして、座敷童が居なくなった途端、テントはメキメキと音を立て、私達は慌ててテントの外へ出る。
ベショッと潰れるテントに「毎回これだもんなぁ」と、波知ちゃんは言い、御守さんも「宿舎でやられなかった分よかったさ」と、肩をすくめた。

 金塊は今度、御守さんが換金してテント代にするそうで、ほぼテントと同等なのではないかという事だ。
小豆を扱う時は気を付けよう……そっと私は心に誓った。
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