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一章

透明人間

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 部屋のベッドに腰を掛け、そのまま横になると少しだけまぶたが重くなる。
久々に寝心地の良いベッドに横になれた。

「ここの人達は、いつまで……私を覚えてくれているだろう……」

 目が覚めたら、御守さんは私の事を忘れてしまっているかもしれない。
買い物へも行けないかもしれない。過度な期待は、してはいけない。
知っている。私は、いつ『透明人間』になるか、分からないのだから__。


 子供の頃、私には両親がいた。

 記憶には無い。
生き別れてしまった場所が場所だった為に、手がかりも見付からなかった。
両親の名前も、顔も分からない。
私自身の名前も、年齢も、全て分からない。
麻乃という名前は、施設で付けられた仮の名前だからだ。

 ___私の記憶の最初にあるのは、燃え盛る遊園地だけだ。

 テレビや新聞でも報じられた。
酷い火災だった。でも、誰のせいでもない。

 自然災害。そう、あれはよく晴れた日の遊園地で、人が多く賑わっていた。
雲一つない空から、雷が、幾つも落ちてきたのだという。

 私はそれを覚えていないけれど、遊園地内のフランクフルト屋のガスボンベに引火し、爆発が起きた後は……気付けば、炎に全てが包まれていた。

 死者は二十九名。
身元不明者は八人。
その八人のうちの一人が親なのか二人が親なのかも、私には解らない。

 ただ、私は焼け落ちたお化け屋敷の中から救い出された時には、服も何も着ていなかった。
でも、火傷一つ無く、奇跡の様な子供だと言われた。

 そこで話が終われば、まだ良かった……
私は、病院で暫く入院していたけれど、看護師さんもお医者さんも、私をなかなか認識出来なかった。
目の前に居るのに、直ぐに私を忘れてしまうのだ。

 ようやく、施設に預けられた時も、皆が私を無視した。
ワザとではなく、認識できていなかった。施設の職員さんも、私の顔を何度見ても覚えられはしなかった。

 たまに、私の事を意識できる子がいた。
そういった子は、私を不気味がって『透明人間』と呼んだ。
『透明人間』が分からず、図書室で調べたら、誰の目にも映らないものの事だった。
ああ、なるほど……確かに、そうかもしれない。
私は納得した。自分の存在は、まさに『透明人間』の様だと。

 けれど、私を『透明人間』と言った子の方が、他の皆から『何言ってるんだアイツ?』という変な子扱いをされていた。
私の事を『幽霊』と呼ぶ子もいた。
『幽霊』だったら、どんなに良かっただろう。
死んでいるのならば、何か迷いがあって成仏できないのならば……私は、こんなに生き辛くは無かっただろう。

 中途半端に最初の頃は、認識されてしまうから、仲良くなればなるほど、段々と私を忘れていってしまう友達や先生が居るのが悲しかった。

 施設は十八歳になれば出ていかなくてはいけなかった。
幸いな事に、私は養子縁組をしてもらい、『雛姫』という名の夫婦に引き取られた。
お料理教室をしていた養母に、習字教室をしていた養父。
とても優しい夫婦だった。

 大好きな人達だった。
私を認識できた珍しい人達で、とても親切で温かかった。
しかし、養父が脳梗塞で亡くなり、半年ほどして、養母の様子がおかしくなり始めた。
認知症だった。
温和な性格の養母は段々と攻撃的な性格になり、私を忘れていった。
認知症で忘れ去られるのではなく、私を認識できなくなったのだ。
介護施設に入って、二ヶ月、風邪から肺炎を拗らせて養母は亡くなった。

 葬儀が終わって、直ぐに私は、養父母の実子から家を追い出された。
だからこそ、私の荷物は、衣装ケース一個で納まる程しか物が無い。

 私が『おおかみ宿舎』の前任の調理場の人と出会ったのは偶然だった。
道端にしゃがみ込んで居た泉田さんに、声を掛けたのが切っ掛け。
泉田さんは高齢で、腰を悪くしていた事もあり、そろそろ厨房を誰かに任せたかったらしい。
幸いにも、私は養母のススメで料理学校と、養母の料理教室を手伝っていた事もあり、そのまま引き受けた。
なにより、住み込みという待遇が、私には有り難かったからだ。

 出来れば、今のまま、誰もが私を忘れないでいてくれると、凄く有り難いのだけれど___。


「 ……」
「……の」
「麻乃」

 体を優しく揺さぶられて目を開けると、三角の耳が見えた。
銀色の三角の耳……うん? 御守さんの頭に、三角の耳が見える……?

「麻乃。そろそろ買い物に出掛けようか?」
「あー……はい」

 パチパチと目を何度か瞬きして、ジッと御守さんの頭の上を見る。
何故……頭の上に獣耳……ハロウィン……ではないよねぇ?

 先を歩く御守さんは、寝る前に着ていた灰色の着物から、普通の白シャツに黒いスラックスで……お尻から、銀色の尻尾が生えている……
歩く御守さん、揺れる尻尾。
何がどうなっているの???
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