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一章

朝ご飯と曖昧な笑顔

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 朝食をそれぞれの好みのご飯の量を教えてもらい、お茶碗にご飯を盛りつけて、各自が好きに自分のご飯の足しになる缶詰や瓶付けを戸棚から出して、テーブルへと戻って行く。
私も一緒にご飯を食べる様に言われて、自分の分を用意して席に着く。

「一緒に食べるか」
「俺も! まののんと食べよっ!」
「ぼくも!」
「わたしもー! 七ちゃんも!」
「仕方がないわね」

 御守さん、二階堂さん、紫音くんに紫雨ちゃん、そしてお姉さんの七緒さんが私の座っていたテーブルへと移動してきた。
 『透明人間』の私がここまで意識されるなんて、凄く珍しい事だ。
私はいつも誰の記憶からも直ぐに消えてしまうのに……
ぼぅっとしていたら、七緒さんが「大丈夫?」と声を掛けてくれた。

「あ、すみません。朝が早かったので、少しぼーっとしていました」
「あら、じゃあ。後で少し寝ておいた方が良いわよ」

 少しツリ目の七緒さんは、形のいい唇に赤いルージュでなんとも妖艶な美女という感じで……私はつい頬を赤くしてしまう。
御守さんも男性にしては綺麗だし、七緒さんといい……美形に囲まれている。
二階堂さんは人懐っこそうで、気さくだし、私の周りには居ないタイプだ。

「買い物があれば、二階堂が行ってくれるだろうから、麻乃は少し、休んだ方が良いかもな」
「いえ。大丈夫です! 頑張ります!」

 私の横に座っていた御守さんが頬に手を当ててきて、ジッと私を見つめてくる。
随分熱い手だと思う。でも、逆に御守さんは「熱っぽいな。食べ終わったら部屋で休んでいるといい」と言ってきた。
私より、御守さんの方が温度が高いのだけれど、でも、朝の三時半くらいから魚市場に向けて歩いて行っていたので、寝不足で体がホカホカと眠たい感じなのは否めない。

「そういえば、まののんは幾つなんだ?」
「私は二十二歳です」
「へぇ。やっぱ見た目通り若いのか。んじゃ、親御さんは?」
「えーと……わからないです……」
「わからない? どっか行方不明にでもなったのか?」

 私は首を振る。
曖昧あいまいに笑って、私は静かに鰤の照り焼きを口に入れる。
ほっくりとして、少し物足りない。
ああ、生姜を入れたら少しはパンチの利いた味になっただろうか?

「まぁ、詮索はそんなにするもんでもないか」

 二階堂さんに、私はまた少し眉を下げて笑う。
曖昧に誤魔化ごまかすのは駄目だとわかっているけれど、私にはそれしかこの話をかわす術を知らない。

 その後は、少し談笑を交えながらの会話が続き、私は少し物足りない味だと思った鰤の照り焼きを、宿舎の人達は「ご馳走様。美味しかったよ」と言ってくれた。

 そして、食事の後はそれぞれがスーツにビシッと着替えて、出勤していった。
残ったのは御守さんと、眠そうな顔で食堂のテーブルに突っ伏していた椿木さんだった。
椿木さんは午後から仕事に行くそうで、部屋でひと眠りすると言って食堂から出て行った。

「洗い物……あれ? 洗い物が、終わってる?」

 食器類がいつの間にか、綺麗に洗われて棚に戻してあった。
さっきまで山の様にあったはずなのに……いつの間に? むしろ誰がやってくれたのだろう?

「どうした?」
「あ、いえ。食器が……誰が片付けてくれたんだろうと思って」
「ああ、説明していなかったな。この宿舎では掃除や洗濯、洗い物は、出しておけば自動でやって貰えるようになっている」
「え? そう、なんですか?」
「そのうち分かる。今は、便利だな。ぐらいに思っておけばいい」

 御守さんに頷いて、二階にある私の部屋に案内されて部屋を見に行った。
六畳の部屋で、ベッドがあるだけの部屋に私の衣装ケースがポツンと置いてある。
ベッドの下は衣装クローゼットになっているらしい。
襖の中は空っぽ。

「麻乃。カーテンや敷物を後で買いに行こう」
「えっ、充分ですよ?」
「ここの住民になったのだから、遠慮はするな。引っ越し祝いと就職祝いだと思えば良い」
「でも、悪いです! それに……」
「うん? それに?」
「いいえ……では、お言葉に甘えて……」
「ああ。でも、昼過ぎだ。麻乃は少し休んでおく事だ」

 私の頭を撫でてから、御守さんは部屋から出て行き、隣の部屋のドアが閉まる音がした。
御守さんの部屋は私の隣りの様だ。

「はぁー……いつ、ここの人達が私を認識出来なくなるか、分からないのに……」

 先程呑み込んでしまった言葉を口にすると、胸の奥に鉛の様に重い空気が溜まる。
最近は段々と人が私を認識し始めているけれど、私はいつまで『透明人間』のままなのだろう?
優しくされるとされるだけ、忘れられた時の胸の痛みは、私に重くのしかかってくる。
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