黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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27章

成金冒険者と温泉大陸

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 薄桃色のサクラの花弁が今年も温泉大陸の町並みを桜色に変え、春めいた陽気に黒い子竜は小さな欠伸をする。真っ黒な鱗に爪が朱色のその子は、石竜のピスターシュ。
去年の秋に卵から孵ったドラゴンの子供で、ドラゴンで唯一単眼の子。
一つ目の丸い金色の目をパチパチとさせて、小さな手でまぶたこする。

「ピスターシュ、母上はお買い物に行くけど、あなたはどうする?」
「ピピィ」

 私の声に縁側でウトウトしていたピスターシュは跳ねるように起き上がり、私の周りをくるくる回って見上げて来る。どうやら買い物に一緒に付いてくるようだ。

「私も行くよ」
「あら? アルビーが珍しいね」
「たまには私だって、街で買い物くらい付き合いたいもの」
「ピイピピ?」
「ああ、コハルはハガネと一緒に、スーちゃんと虫を捕まえに行っちゃったわよ?」
「ピィー……」

 ションボリしたピスターシュの頭を撫でて、手を繋いで一緒に歩き始める。アルビーが「甘えん坊な子だよねー」と言うけど、子供はこんなものだと思うけどなぁ。
完全にピスターシュは私を母親だと思っているけど、私はそのうち自我がしっかりしてきたらわかる事だから、周りがガミガミ『違う』と否定しなくてもいいんじゃないかな? と、お気楽思考で思っている。
例え、違ったとしても、ピスターシュは我が家の十人目の子供だと思っているしね。

「ピイピ!」
「ええ、そうよ。桜よ。綺麗でしょう?」
「アカリもよくピスターシュの言葉が解るよね」
「なんとなく、目が色々訴えてるから分かる気がするだけ。本当は何を言っているのかは分からないけどね」
「ピピィ」

 全ては子育てでつちかった「なんとなくこんな事だろう」というものである。幼児は言葉がつたない分、親の聞き取りと観察能力が発揮される。
 
 桜の木を指さしてピイピイ言っていれば、なんとなく桜だという事は解るしね。

「あっ、そうだ。桜餅を食べない?」
「良いね。あっ、丁度あそこに売ってるよ。行こうアカリ」
「ピピ!」

 お団子屋さんの桜餅を三個買って、桜の木の下に設置されている黒塗りのベンチに赤い敷物が敷いてある所へ座り、ピスターシュを真ん中に私とアルビーが座って三人で桜見をする。

「んーっ、風流だねぇ」
「お茶が欲しいね。それか花見酒とか」
「アルビーはお酒好きになったよねぇ。昔はお酒を景気づけに飲んで酔っ払ってフラフラになってたのに」
「もぉー、それいつの話さ」
「ふふっ、アルビーとは十代からの付き合いだもの。知らない事の方が少ないよ」

 いやはや、懐かしい思い出でもある。アルビーは少しむくれているけど、この世界でハガネの次に付き合いが長い家族だ。ハガネがお兄さんなら、アルビーは弟である。長い付き合いでお互いに知らない事ってほぼ無いようなものなのだよね。

「ピピィ」
「美味しかった? あら、ピスターシュの頭の上に桜の花弁」
「ピィーピ」

 ピスターシュの上の桜の花弁を指で摘んで手の平に乗せると、フゥと息で吹く。それをピスターシュが追ってくるくると花弁を取ろうと手を広げている。
ハシッと花弁を手に掴み取り、ピスターシュが私にそれを見せにきて尻尾を振る。

「上手に取れたね。偉いよー」
「アカリはすっかりピスターシュのお母さんだね?」
「ふふっ、可愛いうちの十番目の子ですからね」
「ピピィー」

 嬉しそうなピスターシュを前にアルビーと笑って居ると、最近では珍しいタイプの成金冒険者が私達を指さして笑って居た。
 不釣り合いな装備品と装飾品は温泉街では、貴族の人がたまにしているけど、冒険者でこのタイプは完全に貴族のお坊ちゃんが、『金に物言わせて粋がってみたスタイル』と、私は心の中で思っている。
 そんな冒険者がニタニタ笑いながら、ピスターシュを殴る振りをして寸止めで怖がらせて笑ったのだ。

「ピピピィィ~!」
「何をするんですか!」

 私の足にしがみ付いて怖がるピスターシュを抱き上げて、冒険者を睨み上げると、冒険者が楽しそうに笑う。そして後ろに居る少女達にキザッたらしく「見ててよ~」とウィンクしてみせた。が、少女達は、私と目が合った瞬間、愛想笑いの様な顔から、サァーッと青ざめていく。
温泉街育ちの若い子達でうちの子達とは年齢が合っていないから、直接の関わり合いは無いけれど、まぁ、大方成金冒険者を煽てて何か奢ってもらおうとしていたのだろう。

「この温泉大陸に、竜人・・は入っちゃいけないんだぜ?」

 冒険者の男の言葉に、私とアルビーは半目になる。

「はぁ? あなた何を言っているの?」
「なにコイツ、頭おかしいんじゃないの? アカリ、どうする?」

 座っていたアルビーも立ち上がり、目を吊り上げている。
まぁ、ドラゴンと竜人の違いも分からない人が冒険者だなんて、世も末だわ。

「うふふ。嫌だわ。温泉大陸に似つかわしくないお客さんが入り込んでいるなんて、【刻狼亭】の恥になってしまうから、直ぐに叩き出さなきゃっちゃ」
「だよねぇ。こんなおかしいのが入っちゃうなんて、リュエールも少し休暇が必要なんじゃない?」
「そうねぇ。リューちゃん疲れすぎているのかも?」

 きっとリュエールも疲れすぎて手元がくるってしまったに違いない。誰でも疲れる時はあるものね。子供の失敗は親がなんとかしてあげなくっちゃね。

「おい! お前等、この俺、【輝き】のスカイラーン・エクリト様が、温泉大陸から追い払ってやるぜ!」
「あー、それって【輝き】は輝きでも『親の七光り』とかでしょ?」
「アルビー、それは言っちゃ駄目よ。でも、うちのリューちゃんは七光りなんて欠片も無いわね……だとすると、少しは親の力に頼って欲しいかもって、思うわねー……」
「えー。リューが親を頼るって、なんか想像つかない」
「だよねー……うちの子、本当誰に似たのかしら?」

 アルビーと相手のご自慢の通り名を少し意地悪く二人で笑って、これでピスターシュの怖がった分の元は取れただろうか? 大分、周りに人が集まっているし、そろそろ【刻狼亭】の人達が動く前に決着をつけておこう。

「出て行くのはね、あなたの方よ? 温泉大陸に来るのは、初めてなのかしら?」
「きっと田舎から出てきちゃったんだよ。田舎から出てくるとはしゃいじゃう人っているしね」
「なっ! なんと無礼な! この俺、スカイラーン様が何者か分からないお前達、竜人族こそが田舎の……ッ!」

 タシンッとアルビーが尻尾を地面に叩きつけて、「ハァ?」と声がガラの悪い感じの声を出す。
ドラゴンの地雷を踏んづけてはいけない。

「あらあら、こんな綺麗な白金の鱗が竜人な訳ないでしょ? 竜人は角があるし、目の色も金色なんて居ないのよ? そんな事も知らないの? あなた、冒険者カードは持っているのかしら?」
「バカにするな! 見てみろ! この俺様の冒険者カードを!!」

 自信満々に私達に突き出された冒険者カードを見て、私達は金細工でフレームで囲われた成金冒険者カードにうんざりした目を向ける。

「A級冒険者。特に【輝き】以外は特筆するところも無いのに、よくA級だよねぇ?」
「お金で冒険者カードの買収出来たっけ?」
「一緒に居た冒険者が強かったとか? そのおこぼれとか?」
「あー、納得」

 私とアルビーは成金冒険者カードをポイッと彼に返し、私とアルビーも自分の冒険者カードを出して彼につきつける。彼は半笑いで私達の冒険者カードを見る。
私はB級冒険者、アルビーもB級冒険者、ただ、称号が【温泉大陸の黒真珠】【ドラゴン・マスター】【異世界人】【刻を渡る者】【聖者】【命の扉】【竜神】と、多彩なのが私のカード。
アルビーの称号は【聖竜】【知識を司る竜】【癒竜】で、見て欲しいのは種族名がドラゴンとなっている所だ。

「これで、分かったかしら?」
「お帰りは、あちら」

 私とアルビーは、指で出入り門のある大きな橋を指でさして、私達はフンッと鼻を鳴らす。
顔を一気に赤くした成金冒険者がフルフルと震えながら、奇声を発して私達に拳を振り上げた時、私の腕の中に居たピスターシュが「ピイーッ!!」と声を上げて、成金冒険者に石の柱が突き上がり、温泉大陸の大橋の通行門の外へと吹き飛んでいった。

「あっ」
「あ」

 私とアルビーは吹き飛ぶ成金冒険者を、ポカンと口を開けて見て、「ヤバッ」と声を上げる。
アルビーの背中に乗って成金冒険者を追いかけ、空から隣りの大陸へ降りると既に通行門の従業員が成金冒険者を回収していた。

「その人、死んでない!?」
「大丈夫だった!?」
「あ、大女将にアルビー。打撲はしてるようですけど、大丈夫ですよ。防御軽減の装備してたみたいですし」
「良かったー。一瞬、蘇生魔法の出番かと思っちゃったわ」
「ねー。打撲なら良いか」

 従業員に、「その人、温泉大陸に来るにはまだ早いみたい」と言って、また三人で温泉大陸に戻った。

「焦ったねー」
「ねー。でもまぁ、大騒ぎになる前で良かったよね」
「ピピイ」
「【刻狼亭】にバレると、街中で大騒ぎになるもんねぇ」
「ルーファスに見つかる前に買い物行こうかー」
「ほう。また、楽しそうな事をしたらしいな?」

 お腹にズンッとくる静かで透る声が、怒気を孕んで私達の後ろから声を掛けて来た。
アルビーと一緒に後ろを振り返らずにダッシュで逃げ出そうとすると、首根っこを掴まれた私達はルーファスに捕獲された。

「アカリ、アルビー。二人共、何をしているんだ?」
「はぅー……」
「ルーファス、私達はなにもしてないよ」
「ピピィ」

 桜が舞い散る温泉街で、青筋を立てたルーファスに連行される私とアルビーの姿があったのは言うまでもない。
とりあえず、私とアルビーは無罪を訴え、成金冒険者を出入りさせたリュエールが疲れているのが悪いと訴える。

「ああ、アイツ? 冒険者ギルドからチームを組んだら、全然喋るだけで役に立たないのに、経験値や素材だけ持って行くから、温泉大陸でどうにか辛酸を舐めさせてくれって、依頼されてたんだよ。まさか母上とアルビーが絡むとは思って無かったけどね」

 リュエールの楽しそうな顔に「ぐぬぬぅ」と私とアルビーは悔しい顔をする事になる。
リュエールの手の平の上で踊らされ、ルーファスにお説教された私達、反省すべきなのか少し悩む所だけれどね。
今年の春も温泉大陸はこんな感じです。
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